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1.桜の下で【2】

唐突に、その女の子のことを思い出す。

クラスメイトの紀野きのさんだ。

かなり目立つ子なのに、どうして直ぐに名前が思い浮かばなかったのだろうか。

紀野さんの装いはギャル然としたものであって、髪の毛を黒くしなよとかスカートの丈が短いよとかネイルが派手だよと風紀委員のメガネ女子から小言を賜っているのを幾度も目にしたことがある。

賑やかな集団の真ん中にいるような子だから、周囲と距離を取りがちな僕との接点なんて皆無と言って良いだろう。

しかし、何でまた夕暮れの公園で、独りで黙々とタコ焼きを食べているのだろうか。

さっぱり訳が分からない。


瞬く間にタコ焼きを平らげた彼女は、隣に置いてあった白のビニール袋をガサガサさせて何かを引っ張りだす。

それは白いナプキンに包まれたホットドッグだった。

大きく開いた口でガブリと喰らい付く紀野さん。

潔くも気迫溢れる食べっぷりに見とれた僕は、思わず「ほぅ……」と、嘆息してしまう。

その声が耳に入ったのか、紀野さんはこちらに視線を向ける。

モグモグと口を動かす彼女の目には剣呑けんのんの色が宿っていた。

狼狽を覚えた僕は、問いの言葉を投げ掛ける。


「あの……。

ここでさ、その……、何をしてるの?」と。


「ゴクン!」と言わんばかりにホットドッグを呑み下した紀野さんは、ベンチの片側へと身体を滑らせてから再び僕を見遣り、それから小さく頷いて見せる。

多分だけど、隣に座れということなのだろう。

バスの時間が気掛かりだったけど、促されるままに彼女の隣に腰を下ろしてみる。

恐る恐る、まさしく彼女の顔色を窺うようにして。

けれども。

そんな遠慮がちの気持ちは、たちまちのうちに吹き飛ばされてしまう。

座るや否や、僕の口元へホットドッグが突き出されたのだ。

つい今しがた彼女が頬張っていたばかりのホットドッグだ。

囓り切られたソーセージの断面には脂や肉汁がテラテラと光っている。

焼きたてなのだろうか、香ばしいパンの匂いが鼻孔を柔らかに刺激する。

もしかして、これを食べろということなのだろうか。

思わず「えぇぇ……?」と戸惑いの言葉を発する僕。

鼓動は何時に無く高鳴り始めていた。


「お花見してるの。付き合ってよね」と、言葉を返す紀野さん。


それは弾むような声音だった。


「いや、でもさぁ……」と、戸惑い混じりに答える僕。


このホットドッグって紀野さんが口にしていたものじゃないか。

その断面には歯の跡がしっかり刻まれている。

歯の跡は、食べかけであることをこの上も無く雄弁に主張している。

けれども、僕の戸惑いなんて露知らずといった様で、彼女はグイグイとホットドッグを押し付けて来る。

僕を見詰める眼差しが強さを増す。

紀野さんの迫力にあらがい切れなくなった僕は、「もう、どうなってもいいや!」と胸中で呟いてからホットドッグにかぶり付く。

噛み締めたソーセージはブチンと弾け、熱を纏った脂の味が口の中へパッと拡がる。

柔らかなパンの食感やシャキシャキしたキャベツの歯触りは何とも楽しく、ピリッとした辛子の味わいは絶妙な緩急をもたらしているようだった。

渾然一体とした快感に急かされるようにしてモグモグと口を動かし、それからゴクリと呑み下す。

「ふぅ……」と満足の吐息を漏らしたものの、食べ残りのホットドッグは口元に突き付けられたままだった。

チラリと紀野さんの顔を見遣る。その瞳は愉しげな色を湛えていて、残りを平らげるように促しているのは明らかだった。

いまさら躊躇ためらうなんて意味無いよなと思い直した僕は残りのホットドッグをがぶりと咥え込み、それからモグモグと噛みしだく。

鮮烈な味わいが口の中を占め、暖かな幸せがジワリ心を満たし行く。


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