「え?! 何で……、どうしてこんな所に!」
呻くように声を漏らす僕。
笑いを湛えた声音で答えを返す紀野さん。
「そりゃあ、望月くんから変な臭いが漂いまくってたからね。
アレってさぁ、もう本当に露骨だったよ」
そして彼女は和泉さんへと呼び掛ける。
「アンタさぁ~、随分とまた、望月くんにご執心みたいじゃん」と。
和泉さんの表情に陰が射し、黒々とした瞳に熱が宿る。
「執心も何も……。
私はただ、彼の心に安らぎをもたらそうとしただけなの。
何故……。
どうして邪魔立てするのかしら?」
その言葉を耳にした紀野さんは、「フフフッ!」と笑い声を上げる。
「またまたぁ!
アンタ達ってそうやって、隙あらば人を夜へと引き摺り込もうとしてるじゃん」
「それは、元から彼が望んでいたことなの。
この海辺に姿を見せたその時から、彼は只管に願い続けていた。
後悔や贖罪の念に満ちた心を鎮めたいと。
私はその願いの姿を明瞭にしてあげただけ。
その願いを叶えるべく、救いの手を差し伸べていたところだったのに」
それは、今にも舌打ちしそうな口調だった。
「あの……。これってさ、どういうこと?」
ようやく我に返った僕は、二人のどちらに向けてという訳でも無く問いを放つ。
「望月くんさぁ、死にたいなんて思ってたでしょ?」
紀野さんの言葉に血の引くような思いを抱く僕。
彼女は言葉を続ける。
相も変わらず楽しげな調子にて。
「その気持ちを嗅ぎ付けたコイツがね、アンタを真っ暗な夜の彼方に連れ去ろうとしてしてたんだよ」
「いい加減なことを。
言葉を慎みなさい!」
怒気を帯びた声が凜然と響き渡る。
「だってさぁ、それって本当のことじゃん?
しっかり正直に説明しなきゃ駄目だと思うんだけどな~」
僕の胸中は困惑で満たされつつあった。
紀野さんは果たして何の話をしているんだとか、和泉さんはどうしてそんなに怒っているんだろうとか。
そもそもだけど、紀野さんはどうしてこの場に居るのだろうか。
高校近くの停留所からはバスで三十分を要するし、そもそも一時間に一本のペースでしかバスは走っていない。
僕と同じバスに乗らなかった紀野さんが、この場に居合わせることなんて在り得ないのだ。
ふと。
白い花弁がフワリ漂い来る。
思わず左右を見廻した僕の眼差しは、ベンチの傍に釘付けとなる。
そこには如何にも星霜を経たと思しき桜の古樹が聳えていて、グネグネと伸びる黒い枝には白く可憐な花弁が艶やかに咲き乱れていた。
吹き寄せる潮風は梢を揺らし、花弁は儚げに舞い落ちる。
僕の困惑はその度合いを増す。
この公園に植わっていたのは背の低い灌木ばかりだった筈だ。
桜の樹なんて、しかも古色蒼然としたものなんて植わっていなかったのに。
それなのに、一体どうして。
「ほらぁ、見てごらん。
そろそろ本性を出すみたいよ」
紀野さんの声が響く。
我に返った僕は、恐る恐る和泉さんのほうを見遣る。
僕らを見据える彼女の目は怒りの色を湛えていて、その背後には黒々たる海原が押し寄せつつあった。
いや、黒くて大きな何物かが、海の中からズルズルと這い出しつつあったのだ。
生臭い潮の香りが辺りを満たし始める。
「ブウォォォ……」
海鳴りのような重くて低い音が
知らず知らずのうちに身体が
「あれって……、一体何なの?」
紀野さんへと問い掛ける声は、微かな震えを帯びていた。
「うーん、そうだねぇ……。
ヨモツシコメの
『
それって悪魔の手下とかに使う言葉じゃないかよ、何でまたそんなものが海の中から出て来てんだよと、僕の怯えや戸惑いは深まるばかりだった。