桜の下からのっそりと這い出しつつあるもの。
それは巨大な骸骨だった。
濡れたような青白い光を放つ巨大な骸骨が、桜の根を押し退けるようにして地面から這い出しつつあったのだ。
呆然と見守る僕の目の前で、地面から全身を現わした骸骨はユラリと立ち上がる。
軋むような音をギシギシと響かせながら。
その大きさは和泉さんの傍に控える黒い巨人と変わらぬほどだった。
骸骨は全身から青白い光を放っていて、髑髏の眼に当たる部分には赤黒い光がぼんやりと瞬いていた。
頭には一対の角が生えていて、周りには数多の人魂がユラユラと漂っている。
「ギィィィィ……」
耳を塞ぎたくなるような
それに応えるようにして、和泉さんの傍に控えていた黒い巨人も歩みを進める。
「うーん、大丈夫かなぁ……」
紀野さんの呟きが響き来る。
弾かれたようにして彼女を見遣る。
そして、こう問い掛ける。
「あのさぁ……。
その……、『大丈夫かなぁ』ってどういうこと?」と。
歩み行く骸骨の背を見遣りつつ、困惑したような調子にて答えを返す紀野さん。
「あの眷属ってさぁ、だいぶ強いみたいなのよね。
死体だと押し負けちゃうかも知れないのよ」
ゾクリとした感覚が背筋を駆け抜ける。
あんなとんでもない現れ方をしたんだし、妖しく光っていて人魂も引き連れていて随分と強そうに見えるから、たぶん勝てるだろうと思っていたのだ。
いや、そう思い込みたかったのかもしれない。
それなのに、彼女が言う通りに押し負けてしまったら一体どうなるのだろうか。
僕はあの黒い巨人に捕らわれてしまって『夜の奥』なる場所へと連れ去られてしまうのだろうか。
恐れ戦く僕の様を見遣った紀野さんは、「まぁまぁ! そんなに深刻な顔しないでよぉ。
大丈夫だって、大丈夫!
多分だけど大丈夫だから!」と、笑い混じりの声で話し掛けて来る。
その様は、夕方に出くわした時のものとまるで変わらなかった。
チラリと和泉さんの様を見遣る。
黒々とした瞳は冷ややかな色を湛えていて、一分の隙も見逃さぬような鋭い眼差しで僕らを見据えていた。
黒いセーラー服に身を包んだ佇まいは凜然としていて、長い髪が潮風に揺らされる様は夜の水面のようにも感じられた。
そんな和泉さんと、僕の傍に佇む紀野さんの佇まいの様は実に対照的だった。
髪の毛は明るい茶色であってスカートの丈は危ういほどに短く、着こなしも何処かだらしない『ギャル然』とした装いの紀野さんは、漆黒の夜にはまるで不釣り合いだった。
けれども、その爪を彩るネイルの赤は不可思議なまでに鮮やかだった。
それは、彼女が漂わせる得体の知れなさを密やかに主張するようでもあり。