「ブウォォォ……」と、黒い巨人の鳴き声が響き渡る。
まるで
「見たかしら、望月くん。
桜の妖が横槍を入れたところで、まるで力は及ばないのよ。
早く、こちらにいらっしゃい」
和泉さんの声が響き来る。
その声音は嘲りも帯びているようだった。
焦り混じりの眼差しを骸骨へと向ける僕。
何時の間にやら髑髏と左腕を取り戻した骸骨は、ゆっくりとその身を起こしつつあった。
「命など遠き昔に失った身体ゆえ、幾度でも元には戻るけど、所詮は無駄な足掻きなのよ。
力の差など明らかだし、何度向かって来ようとも結果は同じ。
いい加減に諦めなさい」
和泉さんは誇らしげに告げ、それに応ずるようにして「ブウォォォ……」と鳴き声が響き来る。
残念だけど、彼女の言う通りだと思った。
黒い巨人が押し合いで勝っているのは明らかだし、それに加えて水撃だって出せる。
おまけに、その腕は鞭のように伸びたりもするのだ。
組み合うまでも無く、一方的に骸骨を打ちのめすことが出来るのだ。
黒い巨人が地響きを立てながら歩み来る。
漆黒の眼差しが僕を捕らえる。
虚無が心へと忍び入り、冷ややかな思いが込み上げる。
この場から駆け出さなければ、逃げ去らなければとの思いが浮かぶ。
一刻も早く、そして遠くへと。
けれども、脚はまるで動こうとしなかった。
「望月くん……。
逃げようとしたって無駄なのよ。
響く和泉さんの声音は冷ややかで、諦めを強いるかのようだった。
迫り来る黒い巨人が、そのてのひらをグワリと拡げる。
僕の背丈ほどもある大きなてのひらだった。
あれに捕らわれてしまったら、逃げ出すことなんて絶対に叶わないのだろう。
「チッ!」と舌打ちの音が聞こえる。
それに続き、苛立ったような紀野さんの声が響き渡る。
「あ~っ! もう仕方無いなぁ!」
その声音が耳へと飛び込んだ途端、身体の
思わず「フゥ……」と溜息を吐いたものの、状況は全く変わっていないことを改めて悟らされる。
黒い巨人は着々と迫りつつあり、程無くして僕の傍へと辿り着いてしまうだろう。
あの骸骨が立ち向かったとしても、先程の繰り返しになってしまうのは明らかだ。
この状況で、紀野さんには如何なる手立てがあるというのだろうか。
訝しみつつ紀野さんを見遣った僕は戦慄を覚える。
彼女の瞳は、金色の光を爛々と湛えていたのだ。
それのみならず、軽やかな茶色の髪からは一対の角が突き出していた。
漂わせる雰囲気も、先程とはまるで様変わりしていた。
禍々しくも力強くて、それに加えて近寄り難い厳かさすらも醸し出していた。
「えぇっ?」と、驚きの声を漏らす僕。
そんな僕に構う素振りも見せぬままに右の腕をスッと挙げた紀野さんは、浪々とした声にてこう叫ぶ。
「風よ、舞え!」
高々と掲げられた紀野さんの手。
その爪は長く鋭く伸びていて、湛える赤色はゾクリとするほどに鮮やかだった。