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4.桜の鬼、そして妖【3】

浪々とした声が響き渡ったその刹那、突風が「ゴウッ!」と吹き抜ける。

荒々しい風は桜の梢をザワザワと揺らし、花弁を一斉に舞い散らす。

白い花弁は仄かに白く光っているようであって、黒々とした夜が一挙に色付いたよう見えてしまった。

吹き荒れる風や舞い散る花弁に狼狽えの色を浮かべる和泉さん。

黒い巨人も驚いたようにして歩みを止める。


吹き荒れる風は、次第に渦巻きつつあるようだった。

舞い散る白い花弁もまた渦を為しつつあった。

それは、まさしく桜色の竜巻だった。


巨大な骸骨は竜巻の只中に佇んでいた。

骨が放っていた朧気な光は桜の嵐に遮られ、ゆるやかに薄れつつあった。

驚きの声を発することすら忘れた僕の目の前で、紀野さんは悠然と佇んでいた。

茶色の髪や制服が吹き荒れる風に煽られてバサバサと揺れる。

それは慌ただしげながらも躍動的な眺めだった。

まるで、暗く静かな夜を覆すかのような。


桜の竜巻は次第にその色を薄れさせつつあったものの、佇んでいた筈の骸骨の姿はまるで見えなかった。

一体、何処に行ってしまったのだろうか。

訝しみつつ見詰める僕の目は、黒々とした何者かの姿を見出す。

渦巻いていた風はすっかりと止み、佇む何者かの姿が明らかとなる。

それは筋骨も隆々とした巨体だった。

黒々とした四肢からは湯気が仄かに漂い出ているようで、眼には禍々しい赤い光が宿っていて、その頭には一対の角が堂々と聳えていた。

『鬼』という単語が脳裏を過ぎる。

その佇まいは、まさしく『鬼』と呼ぶに相応しいものだったのだ。


「あの……、あれって……」


狼狽え混じりの声にて紀野さんへと呼び掛ける僕。


「ま、これなら何とかなるでしょ!」


一仕事終えたように「フゥ……」と息を吐いた紀野さんは、誇らしげにそう呟く。

瞳が帯びる金の光が、その強さを増したように感じられた。


「グゥォォォォ!」


 野太い唸り声が夜の空気を震わせる。

『鬼』が発した唸り声は、怒気をふんだんに孕んだおどろおどろしいものだった。

その声に答えるようにして黒い巨人が水撃を迸らせる。

水撃は『鬼』の顔面へ見事に命中し、飛沫しぶきを辺りに飛び散らせる。

けれども。『鬼』の様には何の変化も無かった。眼に宿る赤い輝きがグンと増す。

その様はまるで、黒い巨人を挑発するようでもあり。


「ブウォォォ……」と叫びが響き来る。

先程よりも甲高いその叫びは、怒り或いは狼狽えを孕んでいるように思えてしまった。

黒い巨人は振り翳した右の腕を、一閃と言わんばかりに振り抜いた。

風切り音を伴いながら『鬼』へと迫り来る右の腕はスルスルと伸びつつあって、黒く太い鞭の姿を為しつつあった。

けれども。

その鞭が、『鬼』の身体を捉えることは叶わなかった。

『鬼』は逞しい左腕を横合いへと伸ばしていて、その掌は黒い鞭をガシリと掴んでいたのだ。

そして『鬼』は左の腕をグンと引く。

腕を急に引っ張られ、体勢を崩した黒い巨人は地面へと倒れ伏してしまう。

「ズンッ!」と地面が響き揺れる。

呆然と見守る僕の目の前で、『鬼』は猛然と駆け出しつつあった。

瞬く間に黒い巨人の傍へと駆け寄った『鬼』は、地面に倒れ伏したままの巨人を勢いそのままに蹴り飛ばす。

「ブルォォォォォ……」と叫びを迸らせつつ、その身を転がせる黒い巨人。

辛うじて身を起こした巨人は、反撃とばかりに『鬼』へと詰め寄る。


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