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4.桜の鬼、そして妖【4】

「ドォーン!」

地を震わす轟音が響き来る。

それは『鬼』と黒い巨人とが同時に突き出した腕同士がぶつかり合う音だった。

湯気を漂わせる筋骨隆々とした腕と、黒々とぬらつく太い腕。

その二つが軋みを上げんばかりにガッチリと組み合っていた。


形成は瞬く間に判明する。

『鬼』は猛然たる勢いで黒い巨人をグイグイと押しつつあったのだ。

狼狽した様の巨人は、立て続けに水撃を迸らせる。

けれども、『鬼』を怯ませようとしたであろう試みは全く以て効果を為さなかった。

『鬼』は怯む素振りなど露ほども見せず、悠々たる様にて巨人を波打ち際へと押し返しつつあったのだ。


「グゥォォォォ!」


野太い雄叫びと共に、「ブチン!」と何かが引き裂かれるような鈍い音が響き来る。

果たして何事かと見遣る僕。

胸中に戦慄が拡がり行く。

黒い巨人の両腕は、その肩口からすっかり喪われていた。

『鬼』が力任せに引き千切ってしまったのだ。

『鬼』が握り締める巨人の腕は、端のほうからボトボトと海水を滴らせていて、たちまちの内に消え失せてしまった。

それは、水風船から中身が漏れ出してしまい、瞬く間に萎れ行く様を思い起こさせるものだった。


一際大きな水撃が『鬼』の顔面を直撃する。

僕らの傍まで飛沫しぶきが降り掛るほどの強烈な水撃だった。

きっと、起死回生を狙った懸命の反撃だったのだろう。

けれども、それを喰らった『鬼』の様子に露ほども変わるところは無かった。

両目に宿る赤い光が瞬いたように思えた。

まるで、巨人の懸命の抗いを嘲るようでもあり。


『鬼』の右腕が横凪ぎに一閃し、「バァン!」と鈍い音が響き渡る。

怖々と見遣ると、黒い巨人はその頭部すらも喪って棒立ちとなっていた。

『鬼』がその両腕を差し伸ばす。

力を漲らせた両の手が、頭も腕をも失ってしまった巨人の両脇をしたたかに掴む。

そして『鬼』は、あらがう術を失った巨人の身体をグイッと持ち上げた。

巨人の身体を頭上まで高々と持ち上げた『鬼』は、「グォッ!」と気合いを迸らせながら海原へと勢い良く放り投げてしまう。


巨人の身体は相当な遠くまで投げられてしまったのだろう。

「バシャン!」と海原を叩く音が響き来たのは、随分と時間が過ぎ去った後だったように思う。

そして、夜の海原は静けさを取り戻した。



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