和泉さんが溜息を漏らすのが分かった。
俯き気味なためか、その表情を確かめることは出来なかった。
「ほら、もう終わったんだからさぁ……」
呼び掛ける紀野さんの声は、微かながらも労りを孕んでいるようにも感じられてしまった。その顔を上げた和泉さんは、僕に向き直ってから問いを放つ。
「望月くん……。
念のために聞くけど、それでいいの?」と。
「分からない……。
まだ、はっきりは分からないんだ。
でも、まだそっちには行きたくない」と、答えを返す僕。
その顔に怒りの影を過ぎらせた和泉さんは、僕にその背を向けてから波打ち際へと歩み始める。
彼女と過ごした幾つもの夜の思い出が脳裏を過ぎる。
「ありがとう! 今までありがとう!」
知らず知らずのうちに口をついて出た言葉が耳へと届いたのだろうか、和泉さんは小さく肩を揺らす。
「望月くん……。
あなたって、随分とお人好しなのね。
私って、あなたの魂を常闇に溶け込ませようとしていたのに」
「そりゃ、そうだけど。
確かに、そうなんだけど……。
でも、色々と話を聞いて貰えて嬉しかった。
ホントに助かった!」
その言葉には噓も偽りも無かった。
彼女が漂わせていた怒りの気配がスッと鎮まったように思えた。
「生きる
でも、そんな具合にあからさまに礼を言われてしまったら、悪い気もしないものね」
その声音は、苦笑交じりのようにも聞こえてしまった。
歩みを止めた和泉さんは大きく溜息を吐いてから、独り言のように告げる。
「もしも生き続けたいのだったら、夜の海には独りで近付かないことね。
今みたいに月も無い夜は尚のこと」
どう言葉を返せば良いのか戸惑う僕の耳に、淡々とした声音が響き入る。
「それじゃ、さよなら。
もう逢うことなんて無いと思うけど」
そして和泉さんは、振り向くことも無いままに海原へと歩み出す。
闇に溶け込むように、その姿は消え失せて行った。
ただ、潮騒だけがひっそりと響き来ていた。