「偉いじゃん、しっかりお礼が言えるなんてさ。
あんなに怖い目に遭わされたって言うのに」
紀野さんの声に我に返った僕は、狼狽え気味に辺りを見廻す。
彼女は、そしてあの『鬼』は、果たして何をしているのだろうか。
件の『鬼』は波打ち際を離れ、桜の樹へと歩み寄りつつあった。
黒々たる逞しい身体からは、数多の桜の花弁がハラハラと漂い出ていた。
一歩、そしてまた一歩と足を進める度に、夥しい花弁がその身体から零れ出る。
筋骨隆々とした身体は、何時しか青白い光を漂わせる骸骨へと変貌しつつあった。
桜の樹の傍に辿り着いた頃には、すっかり骸骨の姿と成り果てていた。
「お疲れさん、ありがとね!」
労るような紀野さんの声に応えるように、その目が湛える赤い光が瞬いた。
僕は思わすお辞儀をする。
『助かった、ありがとう……』と、心の中で呟きながら。
その次の瞬間、ガラガラと大きな音を立てながら骸骨は崩れ落ちる。
そうして桜の樹の下に散らばった大小様々の骨は、地面に吸い込まれるようにして消え失せて行った。
一礼した僕は、紀野さんのほうへと向き直る。
彼女はベンチに腰掛けていて、スクールバッグから取り出したと思しき白い紙袋から何かを口に運んでいた。
頭の角は姿を消し、その瞳は焦茶であり、夕方に出くわした時の姿に戻っていた。
ベンチに歩み寄った僕は、紀野さんの隣へと腰を下ろす。
彼女は無言のままで紙袋を差し出して来る。その中身はポップコーンだった。
ポップコーンを口へと運びつつ、悶々たる思いに苛まれていた。
僕の隣で嬉しげにポップコーンを食べている紀野さん。
その彼女に聞いてみたいことは幾らでも在った。
和泉さんは何者なのか、あの『鬼』は何なのか。
そもそも紀野さん自身、果たして何者なのだろう。
そして、先程に起きた騒動は何だったのだろうか。
とは言え、どうやって会話の口火を切ったものかと悩ましく思えていた。
悩みに悶えた僕は、高校での紀野さんの様を思い返してみる。
普段の装いやクラスメイトと語らう様子。
あるいは授業中の態度など。
そんな紀野さんの様に、何となくだけど違和感を抱き始める。
記憶の中に在る紀野さんの姿。
その精彩は鮮やかであるものの、どうも現実感を欠くように思えつつあったのだ。
それはまるで、漫画やアニメの登場人物であるかのような。
そもそもだけど、彼女の名は『紀野さん』で正しかったのだろうか。
それすらも不確かなものとして感じられつつあった。
「ふふっ……」と、隣に座る彼女が笑い声を上げる。
つられるようにして声のほうを見遣る。
彼女の佇まいや装いは夕方から変わらぬ『ギャル然』としたものであって、さも嬉しげにポップコーンを頬張り続けていた。
「あのさぁ……」
呼び掛けの声が口をついて出る。
けれども、そこで言葉は途切れてしまう。
ほんのりと恐ろしく思えつつあった。
僕の隣に座るこの彼女は一体何者なのだろうとの怖れめいた思いが心に湧き上がりつつあったのだ。
「さっきさ、あの子から聞いたでしょ?
私が何者かって」
淡々とした声音が響き来る。
その声に促されるようにして、先程の騒動のことを思い返す。
騒動の最中、和泉さんが何かを口走っていたような気がする。
果たして何と言っていたんだっけ?
「桜の
呟くように告げる『紀野さん』。
そうだった、『桜の
それは、和泉さんが幾度か口にしていた言葉だった。