「あの……、そのさぁ。
『桜の
恐る恐るといった調子にて問い掛ける僕。
その時の僕は、『紀野さん』が何かの聞き違いだよなどと答えてくれるのを心の何処かで期待していたのだと思う。
彼女の頭に角が聳えていた様も何かの見間違いだと思い込みたかったのかもしれない。
けれども。
「そうだねぇ……。
その言葉の通り、咲き誇る桜の樹の下に現れる妖怪変化の類なんだろうねぇ」
絶句する僕に構うことも無いまま、『紀野さん』は言葉を続ける。
「この国の人達ってさぁ、もう随分と昔から桜の花に浮かれているでしょ?
何時になったら咲くのだろうと散々に気を揉んでみたり、いざ咲いた花の下で浮かれて騒いでみたり、或いは誰かを思う気持ちに擬えてみたり。
それが散る頃になったら儚む涙を流してみたり」
口に放り込んだポップコーンをシャクシャクと噛み締めてから、彼女はこう告げる。
「桜の花を愛で、桜の花に惑わされる人の心。
桜の下で繰り広げられる刹那の交歓。
長い歳月の中で繰り返され、積み重ねられて来たその思いは、何時しか『妖』の姿を為すに至った。
それが、私たちなんだろうねぇ」
すっかり平らげたポップコーンの紙袋を手早く畳んでバッグへと仕舞い、そしてベンチから立ち上がった彼女は桜の古樹へと歩み寄る。
僕もその後を追う。
白い花弁の大半は、その梢から喪われていた。
「さっきの騒ぎで、もう殆ど散っちゃったねぇ……」
溜息交じりにそう告げる『紀野さん』へと問い掛ける僕。
「あのさぁ……。
どうして僕を助けてくれたの?」と。
それが不思議でならなかった。
たぶん、この彼女は僕のクラスメイトなどでは無いのだろうし、偶然に桜の樹の下で出くわしただけの関係性なのだろう。
それなのに、一体どうして助けてくれたのだろう。
わざわざこんな場所までやって来て。
「う~ん、何だろ?
まぁ、いわゆる『ご縁』って奴なんだろうね」
楽しげにそう告げた彼女は言葉を続ける。
「それにさぁ、君って私が勧めたものをちゃんと食べたでしょ?
喜んでくれたでしょ?」
「しっかり何かを食べて、ちゃんと美味しいって感じる人は、こっちの世に留まったほうがいいんだろうなって思ったの」
僕は思わず俯いてしまう。
夕方に桜の樹の下で感じた様々な思い。
それらが脳裏をグルグルと巡りつつあった。
ホットドッグの鮮烈な味わいに今川焼きの懐かしい味わい。
そして、身を寄せてきた彼女に抱いた胸の高鳴り。
それらはとても瑞々しくて、和泉さんと静かに語らっていた最中であっても、ふとした弾みに思い返されたものだった。
とても鮮やかなものとして。