『御前試合は少し遅れて観に行くのよ! その時のドレスは、血を厭う騎士様の御心を和ませるシーグリーンが良いわ。熱狂する座席の間の通路をゆっくり歩いていけば、騎士団長令息様があなたを見初めるから』
12歳では、自ら剣を取り、御前試合に参加した。二年前の男装以降、貴族の中でも立場の弱い男爵家を盛り立てるには、女といえど跡継ぎである以上強くあらねばならないと実感したから。それだけじゃない。わたしの人生に指図して、高位貴族の令息に擦り寄らせようとする「夢の少女」の理想からも遠のきたくて、令嬢らしさと真逆の「剣の道」に邁進した。今では、年齢別の縛りの中では、御前試合への参加が許されるほどの腕前になっている。
剣技に自信を持ち始めたわたしは、ローズピンクのジャケットに、深紅のクラバットを纏った女剣士として堂々と会場に立った。わたしの登場に、観客席の令嬢令息から「トリ様ぁーー!」「いっけー! トリの降臨を見せ付けてくれ」「素敵ですわ! トリ様」「麗しのトリ!」と、歓声が上がり続ける。決勝のこの場の対戦相手は、武芸のサラブレッドである騎士団長令息なのにね。剣の英才教育を受けてきた彼は強いけれど、傲慢で融通の利かない性格が災いして周囲から疎まれている。
「貴方の持つ剣の才と、人知れず積み重ねてこられた努力が素晴らしいのには敬意を表しますわ。けれど、貴方には思い遣りの心が乏しい……それがこの歓声にも表れていますわ。人の心は力になります。一人きりの力では、乗り越えられない高き
わたしの一挙手一投足ごとにあがる歓声。それに力を与えられる。彼は歓声に気圧されて、本来の力を充分に発揮することが出来ない。精彩に欠ける彼を、声援の後押しを受けたわたしが下した。辛勝ではあったけれど。
彼は悔しがることもなく、憑き物の落ちた表情で、わたしの手を取って跪いた。そんな彼の行動に、会場中から歓声と悲鳴が上がった。……夢の女の思い通りに、見染められるのは嫌だけど、今の彼になら悪い気はしないかも、ね?