「いいか、学院が初等科の
翌朝、まだ暗いうちに起こされ、宿の庭に出た。
眠い目をしばたかせながらクリングヴァル先生の講義を拝聴する。
しかし、何でこんな時間なんだ。
「幸い、お前は
本当の使い方?
そんなものがあるのか。
ちょっと興味を惹かれて、真面目に聞くことにする。
「いいか、人間の魔力ってのは、そんなに膨大なもんじゃない。高い威力を出すために大きな魔力を注ぎ込んでいたら、すぐに魔力が尽きてしまう。だが、
そう言うと、クリングヴァル先生はぼくに背中を向けた。
「お前の
言われるままに、クリングヴァル先生の背中に手を当ててみる。
うわ、小さいのに凄い筋肉だな。
でも、硬い筋肉じゃない。
しなやかな猛獣のような筋肉だ。
「いいか、いまは
宣言とともに、いきなりクリングヴァル先生の魔力が膨れ上がった。
同時に、今まで感じたことのない圧力を受け、思わず一歩下がる。
何だこれ、こんな圧倒的な
「どうだ、わかったか?」
「魔力に当てられて……よくわかりませんでしたが……腹で魔力が爆発したかのように膨れ上がりました」
「そうだ。それが、
おお、凄いな。
そういうことか。
それなら、ハーフェズみたいな化け物じゃなくても、常時高い効果の
「今まで何人もおれに師事したいと言ってきたやつがいたが、誰もこの
そう言って、クリングヴァル先生は隣で自分の鍛練を始める。
また
「
「ああ?
すると、槍術はクリングヴァル先生の工夫ということか。
しかし、飽きずに基本の三型を繰り返すものだ。
継続は力と言うが、クリングヴァル先生の槍にも膨大な積み重ねを感じる。
「慌てるな。槍もそのうち教えてやる。だが、まずは
そうですね。
よし、ぼくもやってみるか。
えーと、まずは
次にそれを解放し、その勢いを持って……あ、勢いよすぎて体内から出ていったぞ。
「
早速厳しいご指摘が飛んでくる。
ええ、その通りです。
まさかこんな魔力の流れが速いなんて。
予想してなかったです。
仕方ないから、もう少し圧縮を弱めてやってみる。
お、今度は巧く循環させることができた。
しかし、圧縮を弱めると、強化も大したことないな。
「まあ、基本はそれでいい。わかったと思うが、
簡単な原理だけれど、実際にやるのは難しいや。
これを平気な顔でこなすクリングヴァル先生は、本物の達人だな。
高等科の先生より強いんじゃないか?
夜が明けるまで繰り返し練習し、夜明けともに講義は終わった。
ふう、結構魔力を使うものだな。
「……で、一人で朝食かい、アンヴァル」
「ま、待つのです! アンヴァルは起こしに行ったのです! いなかったのはアラナンの方なのです!」
ぼくが朝から講義を受けている間に、アンヴァルはのんびりとハムとチーズを挟んだパンを頬張っていた。
まあ、講義にアンヴァルは関係ないから好きにしていて構わないんだが、何となく釈然としないものがあるよね。
「ああ、それはアンヴァルのソーセージ! お楽しみで残しておいたのに!」
「……嘘を付くな。何皿積み上げているんだよ」
昨日気付いたことだが、この娘は滅茶苦茶食う。
元が馬だから胃袋が大きいのか、平気で五、六人前くらいは平らげているのだ。
ソーセージの一個くらいは大した問題ではない。
「いいですか、アラナン・ドゥリスコル。人には踏み越えてはいけない境界線があるんですよ。あんたはいま、それを越えてきやがりました。そうなったらもう、戦争ですよ。アンヴァルの力を見せてやるですよ!」
そう宣言すると、アンヴァルはぼくの皿からソーセージをかっさらっていった。
発言の割りにせこい攻撃だ。
「すみませーん、
ぼくは落ち着いて問題に対処した。
なに、最終的にぼくの腹に入ればいいのだ。
どのソーセージだろうと変わりはない。
「おい、アラナン。
にやにや笑いながら、クリングヴァル先生が指摘する。
はっとして隣を見ると、アンヴァルは顔を隠して横を向いていた。
「──いや、全然隠れてないから」
「そこは隠れていることにするのが男の優しさですよ! もっと心を広く持たないと!」
「昨日から幾ら食べていたっけ……。げ、
「待って! アンヴァルは眷属だから! アラナンはご飯を食べさせる義務があるのです!」
「でも戦争中だしなあ」
「もう戦いは終結したんです! 戦士たちもご飯を食べるときですよ!」
まあ、いいか。
うるさい眷属だけれど、賑やかなのは悪くない。
少々出費が
「ははは! 冗談に決まっているだろ。此処の払いなんか、市長が持ってくれるさ。後で、学院に請求が行くに決まっているだろ」
ぼくとアンヴァルの掛け合いを見ていたクリングヴァル先生が、腹を抱えて笑っていた。
え、本当?
じゃあ、今のやり取りは何だったの?
呆気に取られていたぼくは、冷静さを取り戻すのに数瞬を要した。
そして、それから横を向くと、アンヴァルと視線を合わせ、頷いた。
よし、開戦だ!
あのソーセージはぼくが奪ってやる!