ふかふかのベッド最高!!!
俺は豪華なシーツに包まれながら、思わず心の中で快哉を叫んだ。
昨晩はあの極上風呂で心身ともに癒やされ、ぐっすり眠れたおかげで、朝の目覚めは最高に気分がいい。
「おはようございます、姫様」
俺がもぞもぞと身じろぎすると、控えていた女官たちがそろって頭を下げ、優雅な手つきで分厚いカーテンを開ける。
窓の外には、朝日を浴びてキラキラと輝く王宮の庭園。
どこからか鳥のさえずりまで聞こえてくる。
(うん、俺、これもう王族でよくない? いやマジで)
完全に異世界ライフに順応しかけている自分に苦笑しつつ、ベッドから起き上がる。
女官たちが手際よく身支度を手伝ってくれるが、その手際の良さにもはや驚きもしなくなっていた。
案内されたダイニングは、朝から晩餐会でも開くのかと見紛うほどの広さだった。
長いテーブルの上には、これまた豪華な朝食がずらりと並んでいる。
焼きたてのパンからは香ばしい匂いが立ち上り、黄金色のスープは見るからに濃厚そうだ。
完璧な半熟具合の卵料理に、彩り豊かなサラダ。
そして、俺の目を引いたのは、朝食とは思えないボリュームの肉料理――もちろん、骨付きだ!
「うおお~! 朝飯もこれかよ! この国、食に対する情熱が半端ねぇな!」
「姫様、ご満足いただければ幸いです」
微笑みながら給仕してくれるメイドたち。
俺はその笑顔の中に、昨日の王女様の顔をふと思い出した。
(黒髪白肌の清楚系美少女……いい子だったな。俺が腹減ってるって言ったら、すぐに食事を用意させてくれた。飯と風呂の世話になったし、後でお礼言っとくか)
そんなことを考えながら、目の前の骨付き肉にかぶりつく。
昨晩のディナーに負けず劣らず、絶妙な焼き加減だ。
「……うんまっ!!!」
カリッとした表面を噛み破ると、中から熱々の肉汁がじゅわっと溢れ出す。
じっくり煮込まれたであろう濃厚なソースが肉の旨味を引き立て、口の中でとろけるようだ。
夢中で肉を食らい、骨に残ったわずかな肉片までしゃぶり尽くす。
(くぅ~~!! この国の飯、最高だな!!)
骨をバリバリと噛み砕く音をBGMに、俺は次々と料理を平らげていく。
メイドたちがクスクス笑いながら(呆れ半分かもしれないが)給仕してくれるのも、もはや日常の光景だ。
結局俺は、朝から腹がはちきれんばかりに食べ尽くし、満腹感と幸福感に満たされていた。
食後の紅茶を楽しんでいると、一人の女官が恭しく近づいてきた。
「姫様、国王陛下が謁見の間でお待ちです」
「おっ、なんか正式な感じだな」
昨日の今日で呼び出しか。
まあ、あれだけの騒ぎを起こした(?)のだから当然か。
俺はのっそりと立ち上がり、女官の案内に従って謁見の間へと向かった。
通されたのは、昨日も見た荘厳な雰囲気の謁見の間だった。
天井は高く、壁には豪華な装飾が施され、奥には立派な玉座が鎮座している。
玉座には、昨日会った王女様の父親であろう国王が、威厳ある姿で座っていた。
その顔立ちは王女様とどことなく似ているが、長年の統治者としての経験が刻まれた深い皺と、鋭い眼光が印象的だ。
左右には大臣や重臣らしき者たちが控え、警護の騎士たちが隙間なく周囲を固めている。
(うわ、なんか昨日より警備厳重じゃね? 俺、なんかやらかしたと思われてる?)
内心冷や汗をかきつつ、俺が広間の中央に進み出ると、国王がゆっくりと口を開いた。
その声は低く、落ち着いている。
「竜の姫君よ。昨日は災難であったな。我が国の不手際で危険な目に遭わせたこと、改めて謝罪する」
おっと、いきなり謝罪とは。この王様、見た目はいかついが、なかなか話が分かる人じゃないか?
「いや、別に俺は気にしてないぜ? 飯うまかったし、風呂も最高だったし」
俺が軽く返すと、国王は俺の言葉に軽く頷きつつも、すぐに本題へと入った。
「その力、我が国のために役立ててはくれぬか……君にお願いしたいことが――」
国王が何かを言いかけた、その瞬間だった。
ドォン!!!
凄まじい破壊音と共に、謁見の間の巨大な扉が内側から吹き飛んだ!
木っ端微塵になった扉の破片が飛び散り、騎士たちが咄嗟に身構える。
粉塵が舞う中、そこに立っていたのは、明らかにこの世の者とは思えない異形の存在だった。
漆黒のマントを翻し、鋭い爪と捻じくれた角を持つ。
背中には大きなコウモリのような翼が生え、その瞳は爬虫類のように縦に裂けて、冷たい光を放っていた。
「これは……魔王の使者!?」
誰かが震える声で叫んだ。
騎士たちは剣を抜き放ち、国王を守るように陣形を組む。
大臣たちは恐怖に顔を引きつらせていた。
乱入してきた悪魔は、そんな彼らの様子をせせら笑うかのように、鋭い目で周囲を睥睨した。
「この王国の者どもよ、聞け!!」
その声は金属的で、聞く者の神経を逆撫でするような不快な響きを持っていた。
「我が主、魔王様よりの勅命である! 貴様らはただちに無条件降伏し、そこにいる王女の身柄を差し出すのだ! さもなくば、この国を灰燼に帰すであろう!!」
(は?)
俺は思わず目を瞬かせた。
いきなり現れて、降伏しろ? 王女を差し出せ?
(おいおい、交渉とか脅しとか、そういう前段階はなしかよ。随分と強気な悪魔だな)
悪魔の傲慢な態度に、俺は眉をひそめた。
ちらりと横を見ると、護衛の騎士たちの後ろで、王女様が恐怖を押し殺し、真っ青な顔で唇を強く噛みしめている。
その小さな拳が、怒りと悔しさで白くなっているのが見えた。
(あ……)
昨日のことを思い出す。
あの美味しい食事、最高の風呂。
それを用意してくれたのは、目の前で怯えているこの王女様だった。
(世話になった相手が困ってるのに、黙って見てるわけにはいかねぇよな)
それに、と俺は考える。
(こいつがここで暴れたら、今後の俺の美味い飯と快適な風呂が危うくなるかもしれん!)
俺にとって、それは何よりも重大な問題だった。
俺の異世界でのささやかな(?)楽しみを守るためにも、この悪魔は排除しなければならない。
俺は、騎士たちが動くよりも早く、静かに一歩前に出た。
「悪いけど……その要求、俺が却下する」
俺の言葉と同時に、その姿が謁見の間から掻き消えた――ように見えた。
次の瞬間、悪魔の顔面に、見えない壁が激突したかのような凄まじい衝撃が走る。
バキィッ!!!!
「ぶごああああああ!!!!」
悪魔は奇妙な悲鳴を上げ、まるでボールのように謁見の間の壁をぶち破り、隣の廊下まで派手に吹っ飛んでいった。
轟音と共に壁の破片が飛び散り、謁見の間は一瞬にして静まり返る。
国王も大臣も騎士たちも、何が起こったのか理解できず、呆然と俺を見ていた。
(ん? なんか思ったより軽かったな。悪魔ってこんなもんか? 見た目だけか?)
俺は軽く拳を振る。
別に力を込めたわけじゃない。
ただ、邪魔だからどかそうと思っただけなのに、この威力。
ガタガタと瓦礫を掻き分ける音が聞こえ、廊下の向こうから悪魔がよろめきながら姿を現した。
顔は歪み、鼻からは黒い血のようなものが流れている。
その目は、怒りと、それ以上の驚愕に染まっていた。
「……ほう、やるではないか、小娘。まさか不意打ちとはいえ、この私に一撃を入れるとは……」
悪魔は憎々しげに俺を睨みつけ、歪んだ口元で笑う。
「だが無駄だ! 我ら高位の悪魔に物理攻撃など効かぬわ!! その程度の力で私を倒せると思うなよ!」
「じゃあ遠慮なくもっと殴れるな!」
俺の思考は単純だった。
物理が効かないなら、効くまで殴ればいい。
バギッ!!
今度は悪魔の鳩尾あたりに、俺の強烈な蹴りがめり込んだ。
空気の破裂するような音が響く。
「ぐぼぉ!!?」
悪魔は「く」の字に体を折り曲げ、再び廊下の壁に叩きつけられる。
今度は床の大理石が衝撃でひび割れ、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。
「ほら、反撃してこいよ? 物理効かないんだろ?」
俺が挑発するように言うと、悪魔は床に手をつき、苦しげに咳き込みながら歯を食いしばった。
「き、貴様……!! この私を……侮辱するか……!!」
しかし、悪魔が何か反撃をしようと身を起こしかけた瞬間――
バキィッ!! ズガッ!! ドゴッ!!
俺の爪、拳、蹴りが、まるで嵐のように悪魔に叩き込まれる。
「ぎゃあああああ!!??」
「い、痛い! なぜだ!? なぜ物理が効くのだ!?」
「や、やめろぉぉぉ!! た、助け――」
悪魔はもはや悲鳴を上げることしかできず、なすすべなく俺の猛攻を受け続ける。
その体は見るも無残に変形し、もはや元の姿を留めていなかった。
しばらく一方的に殴り続けた後、俺はふと手を止めた。
悪魔はピクピクと痙攣しながら床に転がっている。
「なあ、こいつ、どうやって完全に倒せるんだ? 悪霊退散みたいなの、誰か知らねぇ?」
俺が振り返って尋ねると、謁見の間の後方に控えていた宗教関係者らしき数人が、ビクビクしながら顔を見合わせている。
「えっ、えっと……そ、それは……聖なる力が必要で……」
どうやら、即座に対応できるような手段はないらしい。
「……ないなら、くしゃみで――」
俺がそう呟いた瞬間だった。
「待てぇぇぇぇぇ!!!!!」
騎士団長レオナルドが、血相を変えて国王に駆け寄った。その顔は恐怖で引きつっている。
「陛下!! くしゃみは!! くしゃみだけはまずいです!! あの威力でブレスを放たれたら、この王宮が跡形もなく吹き飛びますぞ!!!」
レオナルドの必死の叫びに、国王もサッと顔面蒼白になる。
「よし、総力を挙げて悪魔を消滅させろ!!! 宗教班、祈祷を! 宝物庫から聖剣を持ってこい!!!」
国王の号令一下、謁見の間はにわかに活気づいた。
それまで縮こまっていた宗教関係者たちが、まるでスイッチが入ったかのように前に飛び出し、必死の形相で祈祷を始める。金色の光を放つ聖水が悪魔に振りかけられる。
ジュウウウウウウウ……
「ぎゃあああ!!! あつい! 溶ける!!」
悪魔が床を転げ回り、悶絶する。
おっ、ダメージ入ってる。
そこへ、数人の騎士が厳重な箱を運び込み、中から神々しい輝きを放つ剣が現れた。
聖剣、というやつだろう。
国王は自らその聖剣を抜き放つと、悪魔に向かって振りかぶった。
「我が国の誇り、受けてみよ!! 食らえぇぇぇ!!!」
普段の威厳はどこへやら、国王は半ばヤケクソ気味に叫びながら、渾身の力で聖剣を振り下ろした。
ザシュゥゥゥ!!!
聖なる光が悪魔の体を貫く。
「ぎゃあああああ!!?? な、なぜだぁぁぁ……!!」
悪魔は断末魔の悲鳴を上げ、その体が光の粒子となって霧散し始めた。
レオナルドが、念のため悪魔の足を押さえつけている。
ボシュゥゥゥ……!!!
やがて、悪魔は完全に消滅し、後には焼け焦げた床と、静寂だけが残った。
「……終わったな」
俺がそう呟くと、王女様が護衛の騎士たちの間をすり抜けて駆け寄ってきた。
「ありがとうございます! 姫様!」
その顔には安堵と、俺への感謝の色が浮かんでいる。
満面の笑顔が眩しい。
「あ、あぁ、どういたしまして」
俺が少し照れながら応えていると――
バタン!!
後ろで大きな音がした。
振り返ると、国王と宗教関係者たちが、燃え尽きたように床に倒れ伏し、すぐに担架で運び出されていくところだった。
どうやら、聖剣の使用と必死の祈祷で、完全に消耗しきってしまったらしい。
(……人間ってすげぇな)
悪魔本体よりも、それを倒すために全力を出し切った人間たちの姿の方が、なぜか俺の心には強く残った。