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第4話:悪魔襲来! くしゃみ回避攻防戦

ふかふかのベッド最高!!!


俺は豪華なシーツに包まれながら、思わず心の中で快哉を叫んだ。


昨晩はあの極上風呂で心身ともに癒やされ、ぐっすり眠れたおかげで、朝の目覚めは最高に気分がいい。


「おはようございます、姫様」


俺がもぞもぞと身じろぎすると、控えていた女官たちがそろって頭を下げ、優雅な手つきで分厚いカーテンを開ける。


窓の外には、朝日を浴びてキラキラと輝く王宮の庭園。


どこからか鳥のさえずりまで聞こえてくる。


(うん、俺、これもう王族でよくない? いやマジで)


完全に異世界ライフに順応しかけている自分に苦笑しつつ、ベッドから起き上がる。


女官たちが手際よく身支度を手伝ってくれるが、その手際の良さにもはや驚きもしなくなっていた。


案内されたダイニングは、朝から晩餐会でも開くのかと見紛うほどの広さだった。


長いテーブルの上には、これまた豪華な朝食がずらりと並んでいる。


焼きたてのパンからは香ばしい匂いが立ち上り、黄金色のスープは見るからに濃厚そうだ。


完璧な半熟具合の卵料理に、彩り豊かなサラダ。


そして、俺の目を引いたのは、朝食とは思えないボリュームの肉料理――もちろん、骨付きだ!


「うおお~! 朝飯もこれかよ! この国、食に対する情熱が半端ねぇな!」


「姫様、ご満足いただければ幸いです」


微笑みながら給仕してくれるメイドたち。


俺はその笑顔の中に、昨日の王女様の顔をふと思い出した。


(黒髪白肌の清楚系美少女……いい子だったな。俺が腹減ってるって言ったら、すぐに食事を用意させてくれた。飯と風呂の世話になったし、後でお礼言っとくか)


そんなことを考えながら、目の前の骨付き肉にかぶりつく。


昨晩のディナーに負けず劣らず、絶妙な焼き加減だ。


「……うんまっ!!!」


カリッとした表面を噛み破ると、中から熱々の肉汁がじゅわっと溢れ出す。


じっくり煮込まれたであろう濃厚なソースが肉の旨味を引き立て、口の中でとろけるようだ。


夢中で肉を食らい、骨に残ったわずかな肉片までしゃぶり尽くす。


(くぅ~~!! この国の飯、最高だな!!)


骨をバリバリと噛み砕く音をBGMに、俺は次々と料理を平らげていく。


メイドたちがクスクス笑いながら(呆れ半分かもしれないが)給仕してくれるのも、もはや日常の光景だ。


結局俺は、朝から腹がはちきれんばかりに食べ尽くし、満腹感と幸福感に満たされていた。


食後の紅茶を楽しんでいると、一人の女官が恭しく近づいてきた。


「姫様、国王陛下が謁見の間でお待ちです」


「おっ、なんか正式な感じだな」


昨日の今日で呼び出しか。


まあ、あれだけの騒ぎを起こした(?)のだから当然か。


俺はのっそりと立ち上がり、女官の案内に従って謁見の間へと向かった。


通されたのは、昨日も見た荘厳な雰囲気の謁見の間だった。


天井は高く、壁には豪華な装飾が施され、奥には立派な玉座が鎮座している。


玉座には、昨日会った王女様の父親であろう国王が、威厳ある姿で座っていた。


その顔立ちは王女様とどことなく似ているが、長年の統治者としての経験が刻まれた深い皺と、鋭い眼光が印象的だ。


左右には大臣や重臣らしき者たちが控え、警護の騎士たちが隙間なく周囲を固めている。


(うわ、なんか昨日より警備厳重じゃね? 俺、なんかやらかしたと思われてる?)


内心冷や汗をかきつつ、俺が広間の中央に進み出ると、国王がゆっくりと口を開いた。


その声は低く、落ち着いている。


「竜の姫君よ。昨日は災難であったな。我が国の不手際で危険な目に遭わせたこと、改めて謝罪する」


おっと、いきなり謝罪とは。この王様、見た目はいかついが、なかなか話が分かる人じゃないか?


「いや、別に俺は気にしてないぜ? 飯うまかったし、風呂も最高だったし」


俺が軽く返すと、国王は俺の言葉に軽く頷きつつも、すぐに本題へと入った。


「その力、我が国のために役立ててはくれぬか……君にお願いしたいことが――」


国王が何かを言いかけた、その瞬間だった。


ドォン!!!


凄まじい破壊音と共に、謁見の間の巨大な扉が内側から吹き飛んだ!


木っ端微塵になった扉の破片が飛び散り、騎士たちが咄嗟に身構える。


粉塵が舞う中、そこに立っていたのは、明らかにこの世の者とは思えない異形の存在だった。


漆黒のマントを翻し、鋭い爪と捻じくれた角を持つ。


背中には大きなコウモリのような翼が生え、その瞳は爬虫類のように縦に裂けて、冷たい光を放っていた。


「これは……魔王の使者!?」


誰かが震える声で叫んだ。


騎士たちは剣を抜き放ち、国王を守るように陣形を組む。


大臣たちは恐怖に顔を引きつらせていた。


乱入してきた悪魔は、そんな彼らの様子をせせら笑うかのように、鋭い目で周囲を睥睨した。


「この王国の者どもよ、聞け!!」


その声は金属的で、聞く者の神経を逆撫でするような不快な響きを持っていた。


「我が主、魔王様よりの勅命である! 貴様らはただちに無条件降伏し、そこにいる王女の身柄を差し出すのだ! さもなくば、この国を灰燼に帰すであろう!!」


(は?)


俺は思わず目を瞬かせた。


いきなり現れて、降伏しろ? 王女を差し出せ?


(おいおい、交渉とか脅しとか、そういう前段階はなしかよ。随分と強気な悪魔だな)


悪魔の傲慢な態度に、俺は眉をひそめた。


ちらりと横を見ると、護衛の騎士たちの後ろで、王女様が恐怖を押し殺し、真っ青な顔で唇を強く噛みしめている。


その小さな拳が、怒りと悔しさで白くなっているのが見えた。


(あ……)


昨日のことを思い出す。


あの美味しい食事、最高の風呂。


それを用意してくれたのは、目の前で怯えているこの王女様だった。


(世話になった相手が困ってるのに、黙って見てるわけにはいかねぇよな)


それに、と俺は考える。


(こいつがここで暴れたら、今後の俺の美味い飯と快適な風呂が危うくなるかもしれん!)


俺にとって、それは何よりも重大な問題だった。


俺の異世界でのささやかな(?)楽しみを守るためにも、この悪魔は排除しなければならない。


俺は、騎士たちが動くよりも早く、静かに一歩前に出た。


「悪いけど……その要求、俺が却下する」


俺の言葉と同時に、その姿が謁見の間から掻き消えた――ように見えた。


次の瞬間、悪魔の顔面に、見えない壁が激突したかのような凄まじい衝撃が走る。


バキィッ!!!!


「ぶごああああああ!!!!」


悪魔は奇妙な悲鳴を上げ、まるでボールのように謁見の間の壁をぶち破り、隣の廊下まで派手に吹っ飛んでいった。


轟音と共に壁の破片が飛び散り、謁見の間は一瞬にして静まり返る。


国王も大臣も騎士たちも、何が起こったのか理解できず、呆然と俺を見ていた。


(ん? なんか思ったより軽かったな。悪魔ってこんなもんか? 見た目だけか?)


俺は軽く拳を振る。


別に力を込めたわけじゃない。


ただ、邪魔だからどかそうと思っただけなのに、この威力。


ガタガタと瓦礫を掻き分ける音が聞こえ、廊下の向こうから悪魔がよろめきながら姿を現した。


顔は歪み、鼻からは黒い血のようなものが流れている。


その目は、怒りと、それ以上の驚愕に染まっていた。


「……ほう、やるではないか、小娘。まさか不意打ちとはいえ、この私に一撃を入れるとは……」


悪魔は憎々しげに俺を睨みつけ、歪んだ口元で笑う。


「だが無駄だ! 我ら高位の悪魔に物理攻撃など効かぬわ!! その程度の力で私を倒せると思うなよ!」


「じゃあ遠慮なくもっと殴れるな!」


俺の思考は単純だった。


物理が効かないなら、効くまで殴ればいい。


バギッ!!


今度は悪魔の鳩尾あたりに、俺の強烈な蹴りがめり込んだ。


空気の破裂するような音が響く。


「ぐぼぉ!!?」


悪魔は「く」の字に体を折り曲げ、再び廊下の壁に叩きつけられる。


今度は床の大理石が衝撃でひび割れ、蜘蛛の巣状の亀裂が走った。


「ほら、反撃してこいよ? 物理効かないんだろ?」


俺が挑発するように言うと、悪魔は床に手をつき、苦しげに咳き込みながら歯を食いしばった。


「き、貴様……!! この私を……侮辱するか……!!」


しかし、悪魔が何か反撃をしようと身を起こしかけた瞬間――


バキィッ!! ズガッ!! ドゴッ!!


俺の爪、拳、蹴りが、まるで嵐のように悪魔に叩き込まれる。


「ぎゃあああああ!!??」


「い、痛い! なぜだ!? なぜ物理が効くのだ!?」


「や、やめろぉぉぉ!! た、助け――」


悪魔はもはや悲鳴を上げることしかできず、なすすべなく俺の猛攻を受け続ける。


その体は見るも無残に変形し、もはや元の姿を留めていなかった。


しばらく一方的に殴り続けた後、俺はふと手を止めた。


悪魔はピクピクと痙攣しながら床に転がっている。


「なあ、こいつ、どうやって完全に倒せるんだ? 悪霊退散みたいなの、誰か知らねぇ?」


俺が振り返って尋ねると、謁見の間の後方に控えていた宗教関係者らしき数人が、ビクビクしながら顔を見合わせている。


「えっ、えっと……そ、それは……聖なる力が必要で……」


どうやら、即座に対応できるような手段はないらしい。


「……ないなら、くしゃみで――」


俺がそう呟いた瞬間だった。


「待てぇぇぇぇぇ!!!!!」


騎士団長レオナルドが、血相を変えて国王に駆け寄った。その顔は恐怖で引きつっている。


「陛下!! くしゃみは!! くしゃみだけはまずいです!! あの威力でブレスを放たれたら、この王宮が跡形もなく吹き飛びますぞ!!!」


レオナルドの必死の叫びに、国王もサッと顔面蒼白になる。


「よし、総力を挙げて悪魔を消滅させろ!!! 宗教班、祈祷を! 宝物庫から聖剣を持ってこい!!!」


国王の号令一下、謁見の間はにわかに活気づいた。


それまで縮こまっていた宗教関係者たちが、まるでスイッチが入ったかのように前に飛び出し、必死の形相で祈祷を始める。金色の光を放つ聖水が悪魔に振りかけられる。


ジュウウウウウウウ……


「ぎゃあああ!!! あつい! 溶ける!!」


悪魔が床を転げ回り、悶絶する。


おっ、ダメージ入ってる。


そこへ、数人の騎士が厳重な箱を運び込み、中から神々しい輝きを放つ剣が現れた。


聖剣、というやつだろう。


国王は自らその聖剣を抜き放つと、悪魔に向かって振りかぶった。


「我が国の誇り、受けてみよ!! 食らえぇぇぇ!!!」


普段の威厳はどこへやら、国王は半ばヤケクソ気味に叫びながら、渾身の力で聖剣を振り下ろした。


ザシュゥゥゥ!!!


聖なる光が悪魔の体を貫く。


「ぎゃあああああ!!?? な、なぜだぁぁぁ……!!」


悪魔は断末魔の悲鳴を上げ、その体が光の粒子となって霧散し始めた。


レオナルドが、念のため悪魔の足を押さえつけている。


ボシュゥゥゥ……!!!


やがて、悪魔は完全に消滅し、後には焼け焦げた床と、静寂だけが残った。


「……終わったな」


俺がそう呟くと、王女様が護衛の騎士たちの間をすり抜けて駆け寄ってきた。


「ありがとうございます! 姫様!」


その顔には安堵と、俺への感謝の色が浮かんでいる。


満面の笑顔が眩しい。


「あ、あぁ、どういたしまして」


俺が少し照れながら応えていると――


バタン!!


後ろで大きな音がした。


振り返ると、国王と宗教関係者たちが、燃え尽きたように床に倒れ伏し、すぐに担架で運び出されていくところだった。


どうやら、聖剣の使用と必死の祈祷で、完全に消耗しきってしまったらしい。


(……人間ってすげぇな)


悪魔本体よりも、それを倒すために全力を出し切った人間たちの姿の方が、なぜか俺の心には強く残った。

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