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第6話:鉄資源と絶品ジュース

俺は王宮の門の前に立っていた。


右肩には、あの巨大ゴーレムの片腕を軽々と担いでいる。


周囲の騎士たちの視線が突き刺さるが、気にするつもりはない。


「……姫様、それは?」


門番の騎士が、目を丸くして俺を見つめてくる。


まあ、無理もない。


成人男性数人分の重さはありそうな岩石と金属の塊を、見た目華奢な少女(中身は俺)が担いでいるのだから。


「ん? さっき倒したやつの腕だよ。王女様にプレゼントしようと思ってな!」


俺がニッと笑って言うと、門番は一瞬、何か言いかけたが、深く息を吐いて諦めたような顔をした。


「……姫様は相変わらず規格外でいらっしゃいますね。どうぞ、お通りください」


どうやら俺の奇行には慣れ始めてくれたらしい。


俺は「サンキュ!」と軽く手を上げ、そのまま王宮の中へと進んだ。


目指すは庭園だ。


あそこなら、このデカい腕を置いても邪魔にならないだろう。


美しい花々が咲き乱れる庭園の一角に、俺はゴーレムの腕を「ドン!」と無造作に置いた。


芝生が少しへこんだが、まあ気にするな。


「よし、これでよし!」


達成感に満たされ、俺は満足げに頷いた。


我ながら、気の利いたプレゼントだ。


そこへ、噂をすれば影。


王女様が侍女を伴って現れた。


「姫様、お帰りなさいませ。……これは?」


王女様は、庭に置かれた巨大なゴーレムの腕を見て、不思議そうに首を傾げる。


「おう、ただいま! この前世話になったし、これからも世話になるだろうからお礼だ! あと、俺にマントくれた騎士にもなんかよろしく言っといてくれ!」


俺が胸を張って言うと、王女様はぱちくりと目を瞬かせた後、嬉しそうに微笑んだ。


「まあ、姫様……! そのようなお気遣い、感謝いたします。騎士にも必ず伝えておきましょう」


深々と優雅にお辞儀をする王女様。


しかし、彼女は改めてゴーレムの腕を見つめ、再び首を傾げた。


「ですが姫様、これは一体どのような素材でできているのでしょう? 見たことのない金属のようですが……」


「うーん、俺もよく分かんねぇな。硬かったけど」


俺は腕を組んで考える。


確かに、殴ったり蹴ったりした感触は、ただの岩とは少し違った気がする。


鉄っぽい匂いもしたような……?


「だったら、詳しい人に聞きに行こう!」


俺があっさり言うと、王女様は少し考え、「それもそうですね」と頷いた。


「では、内務大臣をお呼びしましょう。彼ならば、鉱物資源にも詳しいはずです」


「え、そんなガチの人を呼ぶの?」


俺は少し驚いたが、王女様はすぐに侍女に指示を出し、ほどなくして一人の男性が庭園に現れた。


年は五十代くらいだろうか。


立派な髭をたくわえ、いかにも切れ者といった雰囲気の貴族だ。


彼が内務大臣らしい。


「これはこれは、姫様。そして王女殿下。お呼びと伺い参上いたしました」


内務大臣は丁寧にお辞儀をすると、俺が持ち帰ったゴーレムの腕に視線を向けた。


「詳しく聞かせていただけますか?」


俺と王女様から事情を聞いた内務大臣は、真剣な顔つきでゴーレムの腕の検分を始めた。


表面を叩いたり、削り取った破片をルーペで観察したり。


その目は専門家のものだ。


しばらくして、内務大臣は深い溜息をつき、頭を抱えた。


「……これほどの……これほどの質と量の鉄鉱石が……。姫様、これはとんでもない代物ですぞ!」


「へぇ~」


「へぇ~、では済みません! これほどの資源が一度に市場に出回れば、我が国の鉄の市場価格が大暴落しかねません! 下手すれば経済が混乱いたしますぞ!」


どうやら俺は、とんでもない戦略物資(?)をお土産として持ち帰ってしまったらしい。


(ふーん、そんなにすごいやつだったのか。まあ、俺が倒したんだから当然か!)


経済的な影響とかはよく分からないが、とりあえずすごい物だということは理解した。


俺は「おっちゃん、頭いいんだな」と素直に感心する。


内務大臣は、そんな俺の能天気さには気づかず、別のことで悩み始めたようだった。


ちらりと俺と王女様を見比べている。


(……これだけの功績。並の貴族なら一気に成り上がれる。ましてや姫君の覚えもめでたいとなれば、王女殿下との縁談すら……いや、この姫君にそのような俗な欲はなさそうだが……しかし、王女殿下との距離が妙に近いような気もする……うぅむ……)


一人で勝手に苦悩している内務大臣をよそに、俺は別のことに気を取られていた。


「姫様、お疲れでしょう。こちらでお休みになってください」


王女様が、庭園に設えられたテーブルへと俺を誘ってくれた。


そこにはすでに、冷えた飲み物が用意されている。


美しいカットグラスに注がれているのは、宝石のように輝く深紅色の液体だ。


「おお! ありがとう!! ちょうど喉渇いてたんだ!」


俺は礼を言い、迷わずグラスを受け取ると、一気に呷った。


ゴクゴク……。


ひんやりとした液体が喉を通る。


そして――


「……うっま!!!!!」


思わず叫んでしまった。


口の中に広がるのは、今まで味わったことのない、濃厚で芳醇な甘み。


それでいて、くどさはなく、爽やかな酸味が後を追いかけてくる。


鼻腔をくすぐる、まるで花のような華やかな香り。


後味は驚くほどすっきりとしていて、もう一口、もう一口と、止まらなくなる。


「なんだこれ!? こんな美味い飲み物、初めて飲んだぞ!?」


俺は感動のあまり、目を輝かせて王女様を見た。


王女様は、俺の反応を見て嬉しそうに微笑む。


「ふふ、お口に合いましたか? それは、隣国から輸入している特別な葡萄で作られたものでして。本来は果実酒なのですが、姫様のために、アルコール分を極力取り除いた特別な品をご用意いたしました。ほんの少しだけ……香りが残っておりますけれど」


「ほぼ?」


「ええ。完全に飛ばしてしまうと、この芳醇な香りが損なわれてしまいますので」


(なるほど、微量のアルコールが残ってるってことか。だからか、なんかちょっとフワフワするような……?)


ほんの少しだけ、体が温かくなるような、心地よい感覚がある。


これが酔いというやつか? だとしても、それ以上にこの味が素晴らしい。


「いや、でもこれ、めちゃくちゃうまいな! クセになりそう……もう一杯もらっていいか!?」


俺は空になったグラスを差し出しながら、うっとりとした表情で味の余韻を楽しんでいた。


頬がほんのり赤くなり、目も少しとろんとしてきているかもしれない。


王女様はそんな俺の様子をじっと見つめ、


(……これは、良いものを見ましたわね)


と、どこか満足げな笑みを浮かべていた。


そんな和やかな(?)雰囲気を破ったのは、突然の闖入者だった。


「殿下! 大変です!!!」


ドォンッ!!!


息を切らせ、慌てふためいた様子の貴族――外務大臣らしい――が、庭園に駆け込んできた。


その表情は深刻そのものだ。


「どうしました? そんなに慌てて」


王女様が落ち着いた声で尋ねる。


内務大臣も驚いた顔で外務大臣を見ていた。


俺はというと、まだジュースの感動に浸っていて、事態の深刻さに気づいていなかった。


(はぁ……なんか、すごい……幸せ……。このジュース、無限に飲める……)


ゴクゴク……。


追加で注いでもらったジュースを味わいながら、俺はうっとりと目を閉じる。


「……姫様?」


王女様の声で我に返る。


「ん……? ああ、悪い。で、何が大変なんだ?」


俺がようやく尋ねると、外務大臣は切迫した声で報告を始めた。


「姫様が悪魔を撃退されたように、魔王軍は他国にも降伏勧告を行っており……! それを拒否した国々が現在、魔王軍による激しい攻撃を受けております!」


(ふーん、世界中で戦争か。大変だなー)


俺はまだ他人事のように聞いていた。


魔王軍が強いのは聞いたことがあるが、この国に直接被害が及んでいるわけではない。


(まあ、俺の国じゃないし、関係ないか……)


そう思った、次の瞬間。


外務大臣の言葉が、俺の思考を停止させた。


「現在、特に激しい攻撃を受けているのは――かの有名な葡萄の産地である国です。先日姫様が『一度行ってみたい』と仰っていた『グランデル高原牛』の産地でもあります!」


……え?


あの忘れられない極上の肉。


その産地が、今まさに攻撃を受けている……?


「……このジュースの原料って、どこ産……?」


俺は震える声で、この天にも昇るような美味さのジュースについて尋ねる。


「……まさに、今攻撃を受けている国の、まさにその地方のものです。現地の農地が破壊されれば、しばらくは入手困難になるかと……」


「それは困る!!!!!!」


俺の至高のジュースが飲めなくなる可能性がある!? あの絶品高原牛も食べられなくなるかもしれない!?


(ふざけんなああああああ!!!!!!)


俺の中で、何かがブチッと切れる音がした。


さっきまでの幸福感は一瞬で消え去り、猛烈な怒りが込み上げてくる。


「ちょっと行ってくるわ!!!!」


俺は勢いよく立ち上がり、叫んだ。


「姫様!? どちらへ!?」


近くにいた騎士たちが慌てて止めようとする。


だが、今の俺に彼らの声は届かない。


大事なジュースと肉が危機に瀕している。


俺の食欲を、俺の楽しみを邪魔する奴らは、誰であろうと許さない!!!


「俺の食い物を邪魔する奴は許さん!!!! いくぞおおおおおお!!!!!!」


バサァァァッ!!!!


俺の背中の竜翼が、感情の高ぶりに呼応するかのように大きく広がる。


そして、地面を強く蹴り、王宮の庭から一直線に空へと飛び上がった!


初めて意識的に使う飛行能力。


風を切り裂き、ぐんぐんと高度を上げていく。


眼下で驚き叫ぶ人々の声も、もはや耳には入らない。


俺はただ、怒りに燃えながら、大切な食料の産地へと全速力で向かっていた。

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