目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

第7話:音速(?)の蹂躙と全裸

怒りに翼を任せ、俺は全速力で飛んでいた。


眼下には見慣れぬ大地が広がっている。


これが、あの絶品ジュースと極上肉の故郷か。


(待ってろよ、俺のジュース! 俺の肉! 今、助けに行くからな!)


食い意地が張っていると言われようが構わない。


美味いものは正義であり、それを脅かす存在は悪だ。


俺の中では、そういうことになっている。


やがて、目的地上空に到達した。


高度を下げて眼下を見下ろすと、そこは想像以上に悲惨な戦場だった。


黒煙が立ち上り、剣と剣がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。


明らかに魔王軍のものと思われる黒い鎧を纏った騎士たちが、粗末な装備の兵士たち――おそらくはこの地の防衛隊だろう――を一方的に蹂躙していた。


防衛隊の兵士たちは必死に抵抗しているが、練度も装備も違いすぎる。


次々と倒され、あるいは捕虜にされているようだ。


遠くでは、葡萄畑らしき場所や、牧場の柵のようなものが燃えているのが見える。


(間に合った……いや、ギリギリか? あれが俺のジュース(の原料)や肉を脅かす奴らか! 許さん!)


腹の底から怒りがこみ上げてくる。


こんな奴らに、俺の至福の時間を奪わせてたまるか。


「よし、さっさと蹴散らしてやる!」


俺は戦場に介入すべく、雄叫びを上げながら魔王軍のど真ん中めがけて急降下を開始した。


圧倒的な力で一瞬にして終わらせてやる!


と、思ったのだが。


ビュンビュンビュンビュン!!


俺の接近に気づいた魔王軍の弓兵たちが、一斉に矢を放ってきた。


空を黒く埋め尽くすほどの矢の雨だ。


「おっと!」


咄嗟に空中で身を捻り、回避しようと試みる。


だが、数が多すぎる。


避けきれなかった十数本の矢が、俺の体に吸い込まれるように命中した。


パスンッ! パスンッ!


鈍い音が響く。


被弾した感触はある。


(……ん? 痛くないぞ? デコピンされた程度か)


どうやら俺の体は、矢程度では傷一つつかないらしい。


ドラゴンの鱗(あるいは皮膚?)は想像以上に頑丈なようだ。


(よし、矢は効かねぇ! ならば、このまま突っ込む!)


俺は矢の雨を無視し、魔王軍の中心部で指揮を執っている、一際禍々しいオーラを放つ黒騎士――指揮官だろう――を狙って、さらに加速した。


「まずは頭を潰す!」


指揮官は俺の接近に気づき、冷静に黒い剣を構えた。


その動きには一切の無駄がない。


明らかに手練れだ。


シャキン!!


俺が拳を叩き込もうとした瞬間、指揮官の剣が一閃した。


それは、単なる剣技ではない。


魔力か何かを纏った、鋭く重い一撃。


「ぐぉっ!?」


完全に動きを読まれていた。


回避しようとしたが、間に合わない。


ズバッ! バキィッ!!


剣閃が俺の胴を掠め、さらに返す刀で腕を浅く切り裂いた。


(痛くはないが、鬱陶しい!)


致命傷には程遠いが、確かに斬られたという感触がある。


くしゃみブレスや落下衝撃には無傷だったのに、こいつの剣は俺の防御を貫通するのか。


(こいつ、強い!? さっきの悪魔より全然やるじゃん!)


予想外の抵抗に、俺は一瞬怯んだ。


単純なパワーやスピードだけでは押しきれない相手だ。


真正面から殴り合うのは、どうやら相手の土俵らしい。


(一旦引くか!)


俺は強引に翼を羽ばたかせ、指揮官から距離を取る。


指揮官は追撃してこない。


代わりに、周囲の黒騎士たちに指示を飛ばしている。


「逃げるか、小賢しい竜め……! 全軍、囲んで仕留めよ!」


(逃げる? 違うね)


俺は上空で態勢を立て直しながら、ニヤリと笑った。


(人間風情が……いや、違うな。人間だって強い奴は強い。それは認める。なら、こっちはこっちの得意分野で勝負させてもらうぜ!)


ドラゴンといえば、その圧倒的な巨躯とパワー、そして――空を翔るスピードだ!


俺は後退するフリをして高度を下げ、地上の黒騎士たちが追撃してくるのを確認する。


騎馬兵たちが槍を構え、一斉にこちらへ向かってくる。


よし、かかった!


俺は一気に翼を羽ばたかせ、地面スレスレの低空を猛スピードで飛行開始した!


ドォォォォォォン!!!!


空気が爆ぜるような轟音が戦場に響き渡った。


俺の体が音速を超えたのかどうかは分からないが、少なくともそれに近い速度が出ているのは確かだ。


音速の壁をぶち抜き、俺の周囲に衝撃波が発生する。


俺が通過しただけで、その衝撃波が津波のように魔王軍の兵士たちを薙ぎ払っていく。


「な、なんだ……!?」


「竜が……速すぎる!!」


「ぐわあああ!!」


兵士たちが次々と吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


弓兵が慌てて矢を放つが、もはや俺の速度に追いつけるはずもない。


魔法使いが何かを詠唱しようとするが、その前に衝撃波に巻き込まれて詠唱が中断される。


さらに、騎馬兵たちの馬が、轟音と衝撃波に驚き、パニックを起こして暴れ始めた。


「う、馬が! 制御できない!」


「落とされる!」


統率を失った騎馬隊は互いにぶつかり合い、落馬する者が続出する。


後方にいた荷馬車も衝撃で次々と横転し、戦線は完全に崩壊、大混乱に陥っていた。


「卑怯者め!! まともに戦え!!!」


指揮官が怒り狂いながら叫んでいるのが聞こえる。


だが、どうすることもできないだろう。


俺に傷一つつけられず、逆にこちらの起こす衝撃波だけで部隊が壊滅していくのだから。


やがて、生き残った兵士たちは完全に戦意を喪失し、震えながら俺を見上げていた。


「ば、化け物だ……」


「勝てるわけがない……! 逃げろ!」


指揮官はギリッと歯ぎしりしながらも、現実を認めざるを得なかったのだろう。


拳を握りしめ、苦渋の表情で叫んだ。


「……撤退だ!! 全軍、撤退!!」


その号令を合図に、魔王軍の残存兵力は、略奪品も何もかも放置して、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。


あっという間に、戦場には静寂が戻る。


(勝った)


俺はゆっくりと降下しながら、ほっと息をついた。


思ったより苦戦したが、結果的には圧勝だ。


これで俺のジュースと肉は守られた。


勝利の余韻に浸っていた、その時。


(……ん?)


妙な感覚があった。


風が、やけに肌に直接当たる気がするのだ。


俺はふと、自分の姿を見下ろした。


そして――愕然とした。


(あ)


服がない。


さっきまで着ていたはずの、王宮で用意されたばかりの美しいドレスも、騎士にもらったマントも、跡形もなく消え去っていた。


おそらく、先ほどの超高速飛行による猛烈な風圧で、全て吹き飛んでしまったのだろう。


つまり、今の俺は――


「全裸じゃん俺!!!!!」


俺はその場で頭を抱え、羞恥と焦りでしゃがみ込んだ。


ヤバい。


これはヤバい。


戦闘に勝ったのはいいが、この格好はまずすぎる。


戦場だから今は誰も気にしていないかもしれないが、このままの姿で生き残った防衛隊の兵士たちや、ましてや村人なんかに会ったら、とんでもないことになる。


変態ドラゴン姫(♂)として噂が広まるかもしれない!


(どうする!? なんか布! 落ちてるマントとか、ボロ布でもいいから何か着るものを!)


必死で周囲を見回すが、都合よく服や布が落ちているはずもない。


焦れば焦るほど、どうしようもない状況に絶望感が募る。


途方に暮れて、うずくまっていた、その時。


ドドドドド……!


遠くから、必死な馬蹄の音が聞こえてきた。


それも一騎だけ。


顔を上げると、地平線の向こうから、見覚えのある騎士がこちらに向かってくるのが見えた。


「姫様ーーー!!!!」


その声は、騎士団長レオナルドのものだった。


彼が乗っている愛馬は泡を吹き、限界ギリギリの様子だ。


レオナルド自身も鎧は汚れ、息も絶え絶え。


おそらく、俺が飛び出した後、必死で追いかけてきたのだろう。


人間としては驚異的な速さだが、それでも俺の飛行速度には遠く及ばなかったはずだ。


「はぁ……はぁ……姫様……ご無事……では、ないようですね……」


ようやく俺のそばまでたどり着いたレオナルドは、馬上で肩で息をしながら、俺の全裸姿を見て絶句した。


その顔には疲労と、若干の呆れの色が見て取れる。


彼はそれでも騎士としての務めを果たそうと、震える手で鞍に括り付けていた包みを差し出した。


「お、王女様より……お届けものです……。もしもの時のためにと……予備のドレスを……」


「おお!! レオナルド! あんた最高だ!! 助かる!!!」


俺は涙目でその包みを受け取った。


まさに地獄に仏、いや、全裸にドレスだ!


レオナルドとその愛馬の、限界を超えた頑張りに感心しつつ、俺は彼が見ている前で着替えるわけにもいかず、少し離れた岩陰へと駆け出した。


「……姫様、こちらでお着替えを……いや、もう何も申しません……ごゆっくり……」


レオナルドは何か言いかけて、力尽きたように馬上からずり落ちそうになりながら、静かに目を伏せた。


こうして、俺の初めての(?)本格的な空中戦は、想定外の苦戦と、さらに想定外の全裸という結末を迎え、とりあえずは勝利に終わった。


……代償は、ドレス一着と、レオナルドの体力だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?