魔王軍の残党が潜むという廃墟での戦いと、その後の遺体埋葬作業を終えた俺と生意気勇者は、王宮へと帰還した。
正直、戦闘自体はそれほど疲れなかったが、死者を弔うという行為は、精神的に妙な疲労感をもたらした。
「いやぁ、やっぱ王宮は落ち着くな!!!」
俺は真っ先に、王宮自慢の超豪華風呂へと飛び込んだ。
どっぼーん! と盛大な水音を立てて湯船に体を沈める。
「はぁ~~~……やっぱ王宮の風呂が最高だな……五臓六腑に染み渡るぜ……」
戦いの汚れも汗も、そして心の澱のようなものも、全てがお湯に溶けていくようだ。
これがあるから、少々面倒な仕事も引き受けられるというものだ。
生意気勇者は、最初は「私はいいわ」などと遠慮していたが、「この風呂に入らないと、今後の遠征でどんな汚い水場で体を拭くことになるかわからんぞ?」と俺が脅し……いや、優しく勧めると、顔を引きつらせながらも、結局は一緒に入浴することになった。
まあ、この極楽を知れば、もう普通の水浴びには戻れまい。
風呂でさっぱりした後は、もちろん食事だ。
王女様も同席してくれ、いつものように豪華な料理がテーブルを彩る。
「姫様、どうぞ。今日は特別に、高原牛の骨付きリブロースをご用意いたしました」
王女様は優雅な仕草でナイフとフォークを使い、完璧なテーブルマナーで食事を進める。
その動きには一切の無駄がなく、それでいて押しつけがましさが全くない。
育ちの良さというものをまざまざと見せつけられるようだ。
(すげぇ……王侯貴族の食事って、こんなに自然にできるもんなのか? 俺も少しは見習うべきか……?)
俺は、できる限り王女様の動きを真似しようと試みる。
ナイフとフォークを使い、ゆっくりと肉を切り分け、静かに口へ運ぶ――
が、無理だった。
目の前の極上の肉の誘惑に、俺の理性は数秒しか持たなかった。
「……うん、やっぱこれだろ!」
ガブリッ! バリバリッ!
結局、俺は骨付き肉を手づかみで頬張り、骨までしゃぶり尽くすいつものスタイルに戻っていた。
周りの侍女たちが(またですか……)という顔をしているが、気にしない。
美味いものは美味いのだ!
そんな俺の食べっぷりを見て、生意気勇者は深くため息をついた。
「……あなたねぇ。少しは学習したらどうなの? 王女殿下の前なのよ?」
「んー? いや、王女様も別に気にしてないだろ?」
俺が言うと、王女様はクスリと微笑んで頷いた。
「ええ、姫様が美味しそうに召し上がってくださるのが、一番嬉しいですわ」
「ほらな!」
「そういう問題じゃないと思うんだけど……」
生意気勇者はまだ何か言いたげだったが、諦めたように自分の皿に視線を戻した。
彼女も王宮の食事にはすっかり慣れたようで、以前よりは落ち着いて食べている。
食事が進む中、ふと、先ほどの戦闘のことを思い出した。
「そういや、あの黒騎士の指揮官、結構強かったよな。勇者、よくやったじゃん」
俺が褒めると、生意気勇者は少し意外そうな顔をしたが、すぐに「まあね」と得意げに鼻を鳴らした。
「あなたほどじゃないけど、私も勇者のはしくれよ。あれくらいは当然……って言いたいけど、正直ギリギリだったわ。1人だったら負けてたかも」
生意気勇者が、少しだけ照れたように視線を逸らす。
(お、なんか素直じゃん)
俺はニヤリと笑った。こいつとの関係も、最初の頃の険悪なものから、だいぶ変わってきた気がする。
そんなことを考えていると、ふと疑問が湧いた。
「なあ、勇者って、お前一人だけなのか? 他にも仲間とかいるんじゃないのか? パーティー組んだりとか」
俺が何気なく尋ねた瞬間、生意気勇者の表情がピクリと動き、そして露骨に「チッ」と舌打ちをした。
「あ? なんで舌打ち?」
「……そういうこと言われると……」
勇者は気まずそうに俯く。
「仲間がまだ見つかってないことを、責められた気分になるんだよ!!」
「え? いや、俺は単純に疑問に思っただけだけど? 責めてねーよ」
俺が驚いて言うと、勇者は「分かってるわよ!」と顔を赤くしながらも、どこか寂しそうな表情を浮かべた。
「勇者の仲間探しって、結構大変なのよ……。相性とか、目的とか、いろいろあるし……」
「へぇー、そうなんだ」
(じゃあ、俺が仲間になってやろうか? いや、それもなんか違うか……)
俺がそんなことを考えていると、ふと、近くを通りかかった一人の侍女が目に入った。
王妃付きの侍女の一人で、年の頃は十代半ばくらい。
黒髪で、大きな瞳が印象的な、どちらかというとかわいらしい系の少女だ。
しかし、その身のこなしや魔力の気配から、彼女がただの侍女ではない――魔女であることは、俺には分かっていた。
(そうだ!)
俺は妙案を思いつき、その侍女を指差した。
「だったら、あいつを仲間にすればいいじゃん!」
「はぁ!?」
生意気勇者が素っ頓狂な声を上げる。
「ほら、あの子、見た目年齢的には魔法少女って感じだろ? 勇者パーティーに魔法少女、王道じゃん! あいつを勧誘して仲間にすれば、バランスもいいんじゃねーの?」
俺が自信満々に言うと、指差された侍女(魔女)は顔面蒼白になり、その場でガタガタと震え始めた。
「お、お願いです!! 命だけは……!!!」
突然の指名に完全にパニックを起こし、命乞いを始めてしまった。
(え? なんでそんなに怯えてんの?)
「あなたねぇ……」
生意気勇者が呆れ果てた顔で俺を見る。
「今さらその子たちが魔女――蔑称としての魔女じゃない本物だって気づいたの? それに、いきなり魔法少女扱いって……」
「え? 魔女だって知ってたぞ? 王妃様も魔女っぽいし、その侍女なら当然そうだろ。だから魔法『少女』だろ? 別に間違ってねぇじゃん」
俺が当然のように言うと、侍女(魔女)はさらに顔を青くして震えている。
「だったら話は早いよな?」
俺は侍女(魔女)の反応などお構いなしに、あくどい笑みを浮かべた。そして、近くに控えていた、俺付きの(?)ドレス担当の女官に目配せを送る。
女官は心得たとばかりにニヤリと笑うと、他のメイド数人を呼び寄せ、怯える侍女(魔女)を有無を言わさず近くの個室へと連行していった。
「ちょ、あなたたち、何を――!?」
生意気勇者が止めようとするが、すでに遅い。
数分後。
個室から引きずり出されるようにして現れたのは――フリルとリボンが満載の、ピンクと白を基調とした、いかにも「魔法少女」な衣装を(無理やり)着せられた、涙目の侍女(魔女)だった。
その手には、先端が星形のステッキまで握らされている。
「ほぉ~~~~……」
俺は思わず感嘆の声を漏らした。
「うん、なかなか似合ってるじゃん! やっぱり魔法少女はこうでないとな! このステッキもいい感じだ!」
俺は満足げに、様々な角度から魔法少女(侍女)をじっくりと鑑賞する。本人は羞恥と恐怖で死にそうな顔をしているが、それはそれ、これはこれだ。
そんな俺を見て、生意気勇者が冷ややかな目で尋ねてきた。
「……あなた、いつからこんな服を用意してたの? しかも、なんでサイズがぴったりなのよ……」
「……」
図星だった。
俺は露骨に目を逸らす。
「……あなた、もしかして……これ……」
勇者は全てを察したように、俺を指差して叫んだ。
「もともと自分(主人公)に着せるつもりで、女官たちに作らせてた服なんじゃないの!!!? 体格もほぼ同じじゃない!!」
勇者の鋭い指摘が、王宮の廊下に響き渡った。
ちょうどその時、廊下の向こうから、例の新王妃がゆったりとした足取りで歩いてくるのが見えた。
相変わらずの妖艶さと威圧感だ。
そして、彼女の目に映ったのは――自分の忠実な部下であるはずの侍女が、奇妙な魔法少女のコスチュームを着せられ、涙目で立ち尽くしている姿。
そして、その隣で満足げに頷いている俺の姿だった。
王妃の表情が、一瞬で凍りついた。
その顔からサッと血の気が引き、美しい顔が蒼白になる。
(……!? まさか、私の数少ない腹心の部下が、この短期間でドラゴンの軍門に下ったというの!? あのふざけた衣装は一体!? これでは、私の計画が……いや、それ以前に、この国での私の立場は……!)
王妃が内心で戦慄し、その場でよろめきかけた、その時。
俺は、そんな王妃の心労など全く気付かず、軽いノリで声をかけた。
「あ、王妃様! いいところに! 見てくださいよ、この魔法少女! なかなか似合ってると思いません? 王妃様も魔法少女衣装、どうです? きっと似合いますよ?」
もちろん、冗談のつもりだった。
王妃がこんなフリフリの衣装を着るはずがない。
だが――俺の(悪意なき)言葉は、王妃にとって最後の一押しとなったらしい。
王妃の顔が一層青ざめ、フラッとよろめいて、隣にいた別の侍女に支えられる。
侍女(魔法少女)は絶望的な顔で俯き、生意気勇者は「あんたねぇ……」と頭を抱えている。
俺だけが「あれ? なんか反応悪くない? 冗談だって」と不思議そうに首を傾げる。
王妃の心労と胃痛が、また一つ確実に増えた瞬間だった。