ひっでぇ光景だな、ったく。
さっきまで巨人どもが暴れまわっていた神殿前の広場は、今は静まり返っていた。
いや、静まり返ってると言うよりは、異常な静寂、か。
地面は俺の超々弩級のくしゃみブレスで抉れて焦げ付き、そこら中に巨人のデカい死体がゴロゴロ転がっている。
戦いの爪痕が生々しすぎて、正直ちょっと引くレベルだ。
「はぁ……」
俺はブレスをぶっ放した反動――いや、どっちかっていうと精神的な疲労感で、その場にへたり込みたい気分だった。
空を飛ぶのは慣れてきたけど、気を付けてブレスを使うのは結構きつい。
おまけに、戦いが終わった途端、生き残ったこの国の兵士やら神官やらがわらわらと寄ってきて、俺の周りでひれ伏し始めた。
「おお、神竜様!」
「我らをお救いいただき、なんと感謝すればよいか……!」
「この御恩、末代まで語り継ぎますぞ!」
口々に、なんか大げさな感謝の言葉が飛んでくる。
その視線には、恐怖と、それを上回る畏敬の念がごちゃ混ぜになっているのが見えた。
(いや、だから俺、神様じゃねぇし……つーか、半分事故みてぇなもんだっての……)
内心で全力でツッコミを入れるが、口に出せる雰囲気じゃない。
拝まれるってのは、どうにもこうにも居心地が悪い。
早く王宮に帰って、あのデカい風呂に飛び込みたい。切実に。
そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、ひときわキラキラした瞳が俺を捉えた。
「神竜様!」
駆け寄ってきたのは、あの美ショタ勇者だった。
顔は煤で汚れ、鎧もところどころ凹んでいるが、その瞳はさっきまでの絶望感が嘘のように輝いている。
「本当に、本当にありがとうございました! あなた様がいなければ、この国は、僕たちは……!」
感動で言葉が続かないらしい。
うるうると涙まで浮かべてやがる。
……まあ、助かったんだから嬉しいのは分かるけどさ。
(顔はマジで良いんだよな、顔は……)
俺は内心の残念感――こいつが男であるという事実への――を頑張って隠しながら、努めてぶっきらぼうに返した。
「おう、まあ、気にするな。結果オーライってやつだろ」
「そんな……! 結果だけではありません! あなた様のあの神々しいお姿、そして圧倒的なお力! まさに伝説の……!」
美ショタ勇者のキラキラお目目が止まらない。
こいつ、俺のこと本気で神か英雄か何かだと思い込んでやがる。
「あんたねぇ……」
呆れた声が横から飛んできた。
見れば、生意気勇者が腕を組んで立っている。
彼女も砂埃で汚れてはいるが、その瞳にはいつもの勝気な光が戻っていた。
「もう少し神様……じゃなくて、救世主らしい威厳とか見せたらどうなのよ。せっかく感謝されてるんだから」
「うるせぇ。俺は俺だ」
俺がそっぽを向くと、生意気勇者はやれやれといった風に肩をすくめた。
まあ、こいつの言うことにも一理あるかもしれんが、今さらキャラを変えるのも面倒だ。
それよりも問題は――
「……で、これ、どうすんだ?」
俺は広場に転がる巨人どもの死体の山を指差した。
ゆうに数十体はいるだろうか。
どれもデカいし、重そうだ。
俺の言葉に、兵士や神官たちがハッと我に返り、途方に暮れた顔で死体の山を見つめる。
「こ、これを片付けるとなりますと……我々だけでは何日かかるか……」
「それに、このまま放置すれば疫病の原因にも……」
口々に不安の声が上がる。
そりゃそうだ。
普通の人間には、この量の巨大な死体を処理するのは不可能に近いだろう。
「はぁ……めんどくせぇ……」
俺は頭をガシガシ掻きながら、大きく息を吐いた。
こうなったら仕方ない。
俺がやるしかないか。
「くしゃみでまとめて吹き飛ばすか?」
一瞬、本気でそう考えたが、さすがにそれはマズいと思い直す。
(いや、死体をそこら中に撒き散らすのは衛生的にヤバすぎるし、後で絶対文句言われるやつだ……)
俺は渋々、地面に向かっておもむろに拳を構えた。
「しゃーねぇ、穴掘って埋めるか!」
ドゴォォォン!
俺が拳を地面に叩きつけると、轟音と共に巨大なクレーターが出現した。
土砂が派手に舞い上がり、近くにいた兵士たちが「ひっ!」と悲鳴を上げる。
「えっ……?」
「い、一撃でこんな大穴を……!?」
周囲の驚愕など気にも留めず、俺は次に近くに転がっていた巨人の死体に歩み寄った。
「よいしょっと」
まるで大きなゴミ袋でも持ち上げるかのように、軽々と巨人の亡骸を担ぎ上げる。
成人男性が十人がかりでも動かせるかどうか怪しい巨体を、俺は片手でひょいと持ち上げてみせた。
「おらぁ!」
そのまま、ポイッと大穴めがけて投げ捨てる。
ドサッという鈍い音と共に、巨人の体が穴の底に転がった。
「次!」
俺は同じ要領で、次から次へと巨人の死体を穴に放り込んでいく。
その動きには、死者への敬意など微塵もない。
ただひたすらに、面倒な作業を早く終わらせたいという感情だけが見て取れた。
「す、すごい……! なんて効率的な……!」
美ショタ勇者が、またも目を輝かせて感嘆の声を上げている。
こいつ、ちょっとズレてるな。
「もう少し丁寧に扱いなさいよ! 敵の死体とはいえ!」
生意気勇者が呆れ顔で怒鳴るが、俺は聞く耳を持たない。
「早く終わらせたいんだよ。腹減ったし、風呂入りたいし」
一方、神殿の神官たちは、俺の規格外の行動に顔を引きつらせながらも、何故か手を合わせて拝み始めていた。
「おお……これもまた、神の御業……」
「我々では何日、いや何週間かかるか分からぬ作業を、こうも容易く……!」
もはや俺が何をしても「神の御業」で片付けられるらしい。
まあ、楽だからいいけどさ。
そんなこんなで、小一時間も経たないうちに、広場に転がっていた巨人どもの死体は、すべて巨大な穴の中に収まった。
俺が最後にドカッと土を被せて、簡易的な埋葬は完了だ。
「ふぅ、終わった終わった」
俺が額の汗(ほとんどかいてないが)を拭うと、美ショタ勇者が改めて深々と頭を下げてきた。
「神竜様、本当にありがとうございました。この御恩は決して忘れません。……つきましては、厚かましいお願いとは存じますが、今回の戦いで大きな被害を受けた我が国に、何かご支援をいただけないでしょうか……?」
来たか。
まあ、予想はしてたけど。
健気な顔で、しかしその瞳の奥にはしっかりとした計算が見える。
こいつ、見かけによらずやるな。
「えー、めんどくさい……」
俺が顔をしかめると、すかさず生意気勇者が俺の脇腹を肘で小突いた。
「あんたが派手に暴れたせいでもあるんだから、少しは責任取りなさいよ!」
「いっ……! わーったよ! 王女様に相談してみる!」
俺は渋々頷いた。
まあ、地母神様への恩返しも兼ねてからな。
それに、この美ショタの頼みを無碍にするのも、なんか寝覚めが悪い。
俺が1人で王女様のもとへ飛んで戻ると、食料や医薬品、そして俺への「ご褒美」として最高級の葡萄ジュース(これは俺が要求した)などが「復興支援物資」としてすぐに手配された。
戻ってくるのは簡単だ。
荷物がすげー重いからうっかり上空に行く心配がないからな!!
久々の安全な飛行を、俺は心ゆくまで楽しんだ。