支援と後片付けを終えた俺は、「復興支援物資」と比べると軽すぎる生意気勇者と共に王宮の中庭に着地した。
まあ、着陸っていうか、ほとんど落下に近い勢いを無理やり減速させただけなんだが。
俺自身はピンピンしてるけど、問題は――
「さむい……はやすぎ……」
地面に降り立った瞬間、生意気勇者は膝から崩れ落ちていた。
「ただいまー! いやー、やっぱ空飛ぶのは最高だな!」
俺は悪びれる様子もなくブンブンと手を振る。
出迎えてくれた王宮の女官やメイドたちは、その光景を見て(ああ、ドレスが……)と言わんばかりの苦笑いを浮かべていた。
まったく、失礼な奴らだ。
せっかく俺が最速で帰ってきてやったってのに。
「姫様、お疲れ様でした。すぐにお風呂の準備を整えさせます」
「勇者様、こちらへ控えの間へどうぞ。お飲み物をご用意いたします」
さすがは王宮の使用人、手際がいい。
俺の「まず風呂!」という欲求を完全に理解してくれている。
俺は意気揚々と風呂場へと直行した。
「ぷはーっ! やっぱ王宮の風呂が一番だぜ! 五臓六腑に染み渡るわー!」
広い湯船に体を沈め、俺は至福の声を上げた。
乳白色の滑らかなお湯が、戦い(と、ちょっとした飛行の疲労?)で凝り固まった体を芯から解きほぐしていく。
これだよ、これ! このために俺は頑張ってるんだ!
「姫様、お背中をお流ししますね」
「髪のお手入れもさせていただきます」
数人のメイドたちが、慣れた手つきで俺の体を洗い、長い銀髪を丁寧に梳かしてくれる。
まさに極楽。
うっかり寝落ちしそうになるのを必死で堪えていると、湯気の向こうから不機嫌そうな声が聞こえた。
「……あんたねぇ、少しは反省しなさいよ。私がどれだけ怖い思いしたと思ってるの!」
見れば、生意気勇者が頬を膨らませながら湯船の隅に浸かっていた。
最初は「あんたと一緒に入るなんて!」とか言ってた癖に、結局この風呂の魔力には逆らえなかったらしい。
「えー、楽しかっただろ? スリル満点で」
「どこがよ! 本気で寿命が縮んだわ!」
まあ、確かにちょっと速度出しすぎたかもしれん。
反省は……まあ、気が向いたらするかな。
風呂でさっぱりした後は、お待ちかねの食事タイムだ。
豪華な食堂には、俺と王女様、そして(まだ少し顔色が悪い)生意気勇者の席が用意されていた。
テーブルの上には、見た目も美しい料理がずらりと並んでいる。
「んー! うまい!」
俺は早速、一番美味そうな骨付き肉にかぶりつく。
香ばしく焼かれた表面、滴る肉汁、そして噛むほどに旨味が広がる柔らかい肉質! 最高だ!
当然のように、俺は骨までバリバリと音を立ててしゃぶり尽くす。
「……あなた、本当にそれやめなさいよね……」
生意気勇者が呆れた目を向けてくるが、隣の王女様は優雅に微笑んでいた。
「ふふ、姫様が美味しそうに召し上がっているのを見ると、こちらまで嬉しくなりますわ」
「ほらな!」
「そういう問題じゃ……!」
生意気勇者が何か言いかけるが、俺は気にせず次の料理に手を伸ばす。
そういえば、と俺は巨人族との戦いを思い出した。
「やっぱ、くしゃみはヤベェよな……威力の調整とかできねぇのかな? 下手に街中で暴発させたら、洒落にならん」
俺が真面目な顔で呟くと、生意気勇者も少し真剣な表情になった。
「今さら気づいたの? あんたの力、便利だけど危険すぎるのよ。その破壊力、自分でも制御できてないでしょ? 少しくらい制御できるようになりなさいよね」
うぐっ、正論。
確かに、いつまでも「くしゃみしたら街が半壊しました」じゃ済まされないよな。
「姫様のお力は素晴らしいですが、確かに制御できるに越したことはありませんわね」
王女様が、優しくも的確な助言をくれる。
「もしよろしければ、騎士団の訓練なども参考にされてはいかがでしょう? 力の制御に特化した訓練もあると聞いておりますわ」
「うーん、訓練かぁ……めんどくせぇけど、やるしかないか……」
俺は渋々ながらも頷いた。
いつまでも本能任せじゃダメだってことか。
……まあ、気が向いたら、だけどな!
食後のお茶の時間。
王女様の私室で、俺たちは優雅に(俺以外は)紅茶を楽しんでいた。
最高級の茶葉の香りが鼻腔をくすぐる。
「そういえば姫様、実は……」
王女様が、ふと真剣な面持ちで口を開いた。
「エルフの国から、正式な使者がお見えになっているのです」
「エルフ?」
俺は首を傾げる。
ファンタジー世界の定番種族だが、直接会うのは初めてかもしれない。
「はい。先ほど、姫様にもお会いしたいと控えの間でお待ちです」
俺が「へぇ」と相槌を打つと、タイミングよく侍従が部屋に入ってきて告げた。
「王女殿下、姫様。エルフの国の特使、エルウィン様がお見えです」
やがて、厳かな雰囲気と共に、長い耳と美しい緑色の瞳を持つ、壮年のエルフが部屋に入ってきた。
その佇まいは高貴で、纏うローブも上質なものだと一目で分かる。
「拝謁の栄誉、誠に忝く存じます。竜の姫君、そして王女殿下」
エルウィンと名乗るエルフは、深々と優雅に礼をした。
その表情には、深い憂いと、切実な何かが浮かんでいる。
「我が国は今、森を蝕む深刻な異変に悩まされております。
魔物の凶暴化、原因不明の森の汚染、そして精霊たちの力の減退……我々の力だけでは、もはや対処しきれぬ状況なのです」
使者は一呼吸置き、俺を真っ直ぐに見据えた。
「つきましては、強大なお力を持つと伺っております竜の姫君に、どうか、どうかお力をお貸しいただけないでしょうか?」
その声は震えていた。
国の存亡がかかっているのだろう。
必死さがひしひしと伝わってくる。
「えー、また仕事かよ……俺、休みたいんだけど」
俺は思わず本音を漏らした。
だって、ついさっき帰ってきたばかりだぞ?
しかし、俺の言葉を聞いた王女様が、静かに、だが有無を言わせぬ響きで口を開いた。
「姫様、困っている方々を見過ごしにはできませんわ。それに、エルフの国は古くからの友好国でもあります。どうか、お力をお貸しくださいませんか?」
王女様の真っ直ぐな瞳に見つめられると、俺は弱い。
それに、エルフの使者の必死な様子も、なんだか放っておけない気がしてきた。
「……はぁ、わーったよ」
俺は大きくため息をつきながら、降参するように両手を上げた。
「王女様が言うなら仕方ねぇな。美味いもん食わせてくれるなら、行ってやるよ。エルフの国の料理って美味いのか?」
俺の現金な返答に、エルフの使者は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに顔を輝かせた。
「は、はい! もちろんです! 最高のおもてなしをお約束いたします!」
「よっしゃ! なら決まりだな!」
「仕方ないわね」
隣で生意気勇者がやれやれといった顔で呟いた。
「あんた一人じゃ心配だし、私も行くわよ。エルフの森って、ちょっと興味あるし」
こうして、俺たちの次なる行き先は、エルフの国に決定した。
まったく、休む暇もねぇな! まあ、美味い飯と新しい冒険が待ってるなら、それも悪くないか!