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第19話:エルフの姫と森の異変

ガタンゴトン、ガタンゴトン……。


揺れる馬車の中、俺は窓の外をぼーっと眺めていた。


王宮を出発して半日。


エルフの国とやらは、王女様の国から見ると結構な距離があるらしい。


「えー、馬車かよ、遅ぇな……飛んだら一瞬だろ」


俺が不満を漏らすと、向かいの席に座る生意気勇者が地図から顔を上げた。


「今回ばかりは仕方ないでしょ。あんたみたいに目立たず、静かに状況を探る必要があるんだから」


「それに、街道沿いの村で情報収集もできるかもしれません」


隣に座るレオナルド騎士団長も、真面目な顔で付け加える。


うーん、正論。


正論だけど、こののんびりした移動は性に合わねぇ。


俺はドラゴンなんだぞ? 音速(近く)で空を駆け抜けるのがデフォなんだよ。


「なあ、エルフの国の飯って美味いのか?」


退屈しのぎに、俺は一番気になることを聞いてみた。


「やっぱ森の幸とか? 木の実とか? まさか草だけとか言わねぇよな?」


「あんたは本当に食べ物のことばっかりね……」


生意気勇者が呆れたように溜息をつく。


「それより森の異変よ。魔物が凶暴化してるって話じゃない。相当危険かもしれないわよ」


「ふーん、まあ、俺が行けばなんとかなるだろ!」


俺が根拠のない自信と共に言い放つと、レオナルドが静かに口を開いた。


「エルフの国は古来より精霊との繋がりが深い土地。その森に異変となれば、ただ事ではありませんな。我々も気を引き締めて臨まねば」


真面目だなぁ、この騎士団長は。まあ、それがこいつの良いところなんだろうけど。


そんな会話を続けているうちに、馬車は速度を落とし、やがて森の入り口近くにある集落へと到着した。


だが、その集落の雰囲気は、活気があるとは言い難かった。


家々は古びており、道行くエルフたちの表情もどこか暗い。


俺たちが乗ってきた立派な王宮の馬車を見ても、遠巻きに見るだけで、歓迎するような空気は感じられない。


「……思ったより、状況は深刻そうだな」


レオナルドが眉を寄せる。


俺もなんとなく、ただの魔物騒ぎじゃない嫌な予感を感じていた。


馬車を降りると、数人のエルフが俺たちを出迎えた。


昨日王宮で会った特使のエルウィンもいる。


彼らは深々と頭を下げ、俺たちを代表者の元へと案内した。


集落の中央にある、ひときわ大きな木の家。その前に、他のエルフたちとは違う、特別な気配を纏った少女が静かに立っていた。


「こちらが我が国の姫、エリアーヌ様にございます」


エルウィンが恭しく紹介する。


俺は思わず、その少女に見入ってしまった。


陽の光を浴びてキラキラと輝く、柔らかな銀色の長い髪。


俺の、月光のような鋭い銀髪とは違う、優しい光沢だ。


雪のように白い肌に、尖った耳。


そして何より印象的なのは、深い森の色を映したような、大きく澄んだ翠色の瞳だった。


服装は質素な緑色のドレスだが、その立ち姿には紛れもない気品が漂っている。


美しい。


だが、その表情は国の状況を憂いているのか、どこか儚げで、物憂げな影を落としていた。


(おっ……)


俺好みの派手さや色気はない。


ないが、これはこれで……うん、アリだな。


守ってやりたくなるタイプ、ってやつか?


「ふーん、こいつが姫か」


俺がいつも通りの軽い口調で言うと、生意気勇者が肘で俺の脇腹を軽く小突いた。


失礼だろ、ってことか。


まあ、今のはちょっとデリカシーがなかったかもしれん。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました、竜の姫君様、勇者様」


エリアーヌ姫は、静かに、しかし芯のある声で話し始めた。


その声は鈴を転がすように美しかったが、どこか力がなかった。


「我が国の窮状、お聞き及びのことと存じます。森の異変は、日増しに深刻さを増しております……」


彼女の説明は、エルウィン特使から聞いた話よりもさらに具体的だった。


森の広範囲で魔物が凶暴化し、時には集落近くまで現れること。


森の植物が急速に枯れ、命の源であるはずの泉の水が濁り始めていること。


そして、森と共に生きてきたエルフにとって最も深刻なのは、森を満たしていた精霊たちの力が弱まり、彼らの声がほとんど聞こえなくなってしまっていることだった。


「森の精霊たちが……力を失っている?」


生意気勇者が息を呑む。


エルフにとって精霊との繋がりは生命線のはずだ。


それが失われつつあるというのは、国の存亡に関わる一大事だろう。


「はい……。調査に向かった兵士や狩人の多くも、戻ってはまいりません……」


エリアーヌ姫は唇を噛み、俯いた。


その姿は、見ているこっちまで胸が締め付けられるようだ。


「……なるほどな。状況は分かった」


俺は腕を組む。


「よし、さっさとその異変の森とやらに案内しろ。俺が原因をぶっ飛ばしてやる」


「し、しかし、森は危険です……!」


エルウィンが慌てて制止しようとするが、エリアーヌ姫は静かに首を振った。


「いいえ、エルウィン。もはや、この方々のお力に頼るしか道はないのかもしれません。……竜の姫君様、勇者様、どうか、わたくしたちをお助けください」


彼女は深々と頭を下げた。


その必死な想いが伝わってくる。


「へいへい、任せとけって」


俺は軽く肩をすくめ、森の奥へと視線を向けた。


エリアーヌ姫の案内で、俺たちは異変が起きているという森へと足を踏み入れた。


護衛として、数人のエルフ兵士も同行している。


森に入った途端、空気が一変した。


ひんやりと湿ってはいるが、生気を感じられない、重く淀んだ空気。


木々は枝を不気味に捻じ曲げ、葉は色褪せて枯れ落ちている。


地面を踏む音以外、鳥の声も虫の音もほとんど聞こえない。


不気味な静寂が、森全体を支配していた。


「うわ……これはひでぇな」


俺も思わず眉をひそめる。


これはただ事じゃない。


「精霊たちの嘆きが聞こえるようです……」


エリアーヌ姫が、悲しげに呟いた。


その時だった。


ガサガサッ!と茂みが激しく揺れ、そこから何かが飛び出してきた!


「グルァァァ!!」


それは、通常の倍近くまで巨大化した狼だった。


目は赤く充血し、口からは涎を垂らし、明らかに凶暴化している。


しかも一匹じゃない。


次々と茂みから姿を現し、俺たちを取り囲むように威嚇してきた。


レオナルドが鋭く指示を飛ばし、騎士たちが盾を構える。


エルフ兵士たちも弓に矢をつがえた。


「うおっ、思ったよりやるじゃん!」


俺はちょっと面白くなってきた。


「まずは小手調べだ!」


俺は一番近くにいた狼に向かって、軽く拳を振るった。


手加減はしたつもりだが、それでも狼は「キャン!」という情けない悲鳴を上げて、木の幹に叩きつけられて動かなくなった。


「やりすぎよ!」


生意気勇者が新調した剣を抜き放ち、別の狼に斬りかかる。


鋭い剣閃が、凶暴化した魔物を切り裂く。


「風よ、彼の者を打ち砕け!」


エリアーヌ姫も杖を構え、精霊魔法を放つ。


鋭い風の刃が狼を襲うが、その威力は普段よりも明らかに落ちているようだった。


姫の表情が悔しそうに歪む。


「こいつら、なんか変な力で無理やり強化されてるみてぇだな……」


俺は狼の死骸を蹴り飛ばしながら呟いた。


単純な凶暴化だけじゃない。


何か、不自然な力が働いている気がする。


数分の戦闘の後、狼の群れはなんとか退けた。


だが、一行の表情は晴れない。


森の異変は、予想以上に根が深いようだ。


「この先に、かつて……わたくしの祖先が守っていた聖なる泉がございます」


エリアーヌ姫が、森のさらに奥を指差しながら言った。


その瞳には、不安と、わずかな希望が揺れている。


「もしや、その泉が汚染されているのでは……それが、この異変の原因なのかもしれません」


「よし、行ってみるか」


俺はニヤリと笑った。「原因が何であれ、俺がぶっ飛ばせば解決だろ!」


俺たちは、異変の中心地と思われる聖なる泉を目指し、さらに森の奥深くへと進むことを決意した。


不気味な気配は、ますます色濃くなっていく。


一体何がいるのか、楽しみだぜ。

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