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第20話:エルフの森へ! 過去の勇者の影

エルフの姫、エリアーヌの案内で、俺たちは異変が起きているという森のさらに奥深くへと足を踏み入れていた。


一歩進むごとに、空気が重くなっていくのが分かる。


昨日までの青々とした緑は色褪せ、代わりに地面には不気味な紫色の苔が広がり、木々の幹には黒いシミのようなものが浮かんでいた。


「うへぇ……なんかジメジメして気持ち悪ぃな。こんなとこに美味いキノコとか生えてねぇのか?」


俺がいつも通り不謹慎なことを呟くと、隣を歩く生意気勇者が即座に肘で突いてきた。


「真面目に歩きなさいよ! 見てわからないの、この森、普通じゃないわよ!」


「わかってるって。だからこそ、美味いレア食材とかワンチャンあるかと思ってな」


「どこまでも食い意地が張ってるんだから……」


やれやれと肩をすくめる生意気勇者。


まあ、実際、この森の異常さは俺でも感じ取れるレベルだ。


木々の間を吹き抜ける風は生暖かく、淀んでいて、時折、獣の苦しむような、あるいは怒り狂うような遠吠えが聞こえてくる。


「森が……泣いています……」


先頭を歩くエリアーヌ姫が、悲痛な表情で呟いた。


彼女の翠色の瞳には深い憂いが浮かんでいる。


「精霊たちの声が、どんどん小さくなって……もう、ほとんど……」


声が震えている。


エルフにとって精霊の声が聞こえなくなるってのは、俺たち人間で言えば、空気の一部がなくなるようなもんなのかもしれない。


「姫様、足元にお気をつけください。この瘴気、ただ事ではありません」


レオナルド騎士団長が、剣の柄に手をかけながら周囲を警戒する。


彼の言葉通り、地面から立ち昇る瘴気は密度を増し、視界も悪くなってきた。


その時だった。


「グルオオオォォォ!!!」


前方の茂みが激しく揺れ、そこから巨大な影が飛び出してきた!


それは、猪と熊を混ぜたような、異形の魔獣だった。


体毛はところどころ抜け落ち、代わりに紫色の硬い甲殻のようなものが体を覆っている。


目は赤く爛々と輝き、口からは毒々しい色の涎を垂らしていた。


しかも一匹じゃない。


同じような魔獣が、次々と姿を現し、俺たちを取り囲む!


「ちっ、数が多いわね!」


生意気勇者が舌打ちし、剣を構える。


「姫様、下がっていてください!」


レオナルドがエリアーヌ姫を庇うように前に出る。


エルフ兵士たちも弓を構えた。


「うおっ、思ったよりやるじゃん!」


俺はちょっとワクワクしてきた。


昨日戦った狼より、こいつらは明らかに手強い。


力のセーブは必要だが、多少は楽しめるかもしれない。


「まずは様子見だ!」


俺は一番近くにいた魔獣に向かって、拳を叩き込んだ。


ドゴン!と鈍い音がして魔獣がよろめくが、倒れない。


硬ぇな、こいつ!


「風よ!」


エリアーヌ姫が杖を掲げ、風の刃を放つ。


しかし、瘴気の影響か、魔法の威力が普段より格段に落ちている。


風の刃は魔獣の硬い甲殻に弾かれ、効果がない。


「くっ……精霊の力が……!」


「姫様、無理はなさらないでください!」


レオナルドが叫びながら、大剣で魔獣の突進を受け止める。


「こいつら、再生能力もあるみたいよ!」


生意気勇者が叫ぶ。


彼女の剣が魔獣に傷をつけても、すぐに黒い煙のようなものが傷口を覆い、塞がっていく。


「ちっ、キリがねぇな! めんどくせぇ!」


俺は本気でイラついてきた。


こうなったら――


「ちょっと道開けろ!」


俺は仲間たちに叫ぶと、魔獣の群れに向かって突進した。


力をセーブしつつも、そのスピードとパワーは尋常じゃない。


ドガッ! バキッ! ゴシャッ!


俺の拳と蹴りが、魔獣たちの硬い甲殻を砕き、肉を抉る。


さっきまでの苦戦が嘘のように、魔獣たちは次々と吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていく。


「……すごい」


エリアーヌ姫が、呆然と俺の戦いぶりを見つめていた。


数分後。


魔獣の群れは、俺の手によってほぼ壊滅状態となっていた。


「ふぅ、まあこんなもんか」


俺が手をパンパンと叩いていると、エリアーヌ姫がおずおずと近づいてきた。


「ありがとうございます、竜の姫君様……。ですが、このままでは……」


彼女の言う通りだ。


いくら俺が強くても、森全体の異変を解決しない限り、魔物は次から次へと現れるだろう。


「なあ、姫さん。この森の奥にあるっていう『聖なる泉』ってのは、一体なんなんだ?」


俺が尋ねると、エリアーヌ姫は少し考え込むように俯き、そして静かに語り始めた。


「この森の最奥には、古よりエルフの民を守ってきた『清浄の泉』があります。そこは強大な精霊力が満ちる聖域でした。あらゆる傷を癒し、森に恵みをもたらす、命の泉……」


彼女の声には、どこか誇らしげな響きがあった。


だが、すぐにその表情は曇る。


「そして、その泉は、わたくしの祖先が代々守護してきた場所でもあります。特に……リリアーナ様は」


「リリアーナ?」


「はい。わたくしの高祖母の妹にあたる方です。彼女は、歴代の巫女の中でも特に強い精霊の力を持ち、人々からは勇者、あるいは聖女と称えられておりました」


エリアーヌ姫は、自分の首にかかったペンダントにそっと触れた。


それは、翠色の美しい宝石――精霊石で作られているようだった。


「しかし、数百年前に、この森を大いなる邪悪が襲いました。強大な悪魔だったとも、古の呪いが具現化したものだったとも言われています。リリアーナ様は、民と森を守るため、その邪悪とたった一人で戦い……そして、泉の力を解放して邪悪を封じ込めたと伝えられています」


彼女の声が震える。


「ですが、その代償は大きく……リリアーナ様は、そのまま泉の畔で行方不明となりました。遺されたのは、このペンダントだけ……。以来、泉の力は徐々に弱まり、そして今、このような異変が……」


なるほどな。


過去の英雄譚と、現在の危機。


いかにもファンタジーって感じの話だが、エリアーヌ姫にとっては切実な現実だ。


「その泉に行けば、原因がわかるかもしれねぇってことか」


俺が言うと、エリアーヌ姫は力なく頷いた。


「はい……ですが、泉に近づくほど、森の汚染は酷くなり、魔物も強力になります。リリアーナ様が封じた邪悪が、再び目覚めようとしているのかもしれません」


面白くなってきたじゃねぇか。


俺はニヤリと笑った。


「上等だ。その邪悪とやらが原因なら、俺がもう一回ぶっ飛ばしてやるよ」


俺の言葉に、エリアーヌ姫は驚いたように顔を上げた。


そして、その瞳に、かすかな希望の光が宿る。


「……! ありがとうございます……!」


よし、決まりだ。


目指すは聖なる泉!


俺たちは、エリアーヌ姫の持つペンダントが放つ微かな光を頼りに、さらに森の奥深くへと進んでいく。


瘴気はますます濃くなり、木々の枝はまるで亡者の腕のように、俺たちに絡みつこうとしてくる。


道が瘴気や枯れ木で塞がれている場所もあったが、ペンダントの光が差すと、不思議と道が開けた。


エリアーヌ姫の血筋か、それともペンダント自体の力か。


いずれにせよ、俺たちは確実に泉へと近づいているようだった。


そして、ついに視界が開けた。


だが、そこに広がっていたのは、聖域とは程遠い、絶望的な光景だった。


「ああ……!」


エリアーヌ姫が息を呑む。


かつて清らかな水を湛えていたはずの泉は、ヘドロのようにどす黒く濁り、不気味な紫色の泡をぶくぶくと立てている。


周囲の木々は根元から腐り落ち、地面はひび割れ、そこから禍々しい瘴気が噴き出していた。


泉全体から、吐き気を催すような邪悪なオーラが立ち昇っている。


「なんて酷い……! これが……聖なる泉……!?」


エリアーヌ姫は膝から崩れ落ち、絶望に顔を歪ませた。


「おいおい、マジかよ……」


俺も目の前の光景に顔をしかめる。


「こりゃ相当ヤベェのが、泉の底かどっかに巣食ってるな」


俺が泉の中心を睨みつけた、その瞬間。


黒く濁った水面が、ゴボゴボと激しく泡立ち始めた。


そして、その中から、ゆっくりと……巨大で異様な影が姿を現そうとしていた。


「……来るわよ!」


生意気勇者が剣を強く握りしめる。


レオナルドも、エリアーヌ姫も、他の兵士たちも、息を詰めてその影を見守る。


森の異変の元凶。


そして、エルフの姫の祖先の因縁。


ついに、俺たちはその核心と対峙する時が来たのだ。

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