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第23話:地母神

「……姫様」


大神官の声は、いつになく重かった。


普段の穏やかで落ち着いた口調とは違い、そこには僅かながらも、切迫したものが感じられる。


「近いうちに、もう一度、地母神様の神殿へお参りに行っていただけないでしょうか」


「へ?」


思わず間の抜けた声が出た。


目の前に立つ聖職者は、王宮でも指折りの権力者だ。


「地母神様の神殿ならいつでも行くけど……。何かあったのか?」


俺が尋ねると、大神官は少し言い淀んだ。


「いえ、特に差し迫った事情があるわけではありません。ただ……」


彼は言葉を選びながら、ゆっくりと続ける。


「この度の戦いで、姫様が発揮された力……。それは、やはり只ならぬものでした」


「……まあな」


俺は、当然だ、と言わんばかりに肩をすくめた。


力をセーブしてもあれだ。気になる奴がいるのは仕方ない。


「その力……その源泉には、まだ我々が知りえぬ、深淵なる何かが秘められているのかもしれません」


大神官は、遠い目をするように、神殿の方向を見つめる。


「そして、その答えは……もしかしたら、地母神様がお持ちかもしれません」


「……マジ?」


俺は、少しだけ興味を惹かれた。


自分の力の秘密、か。


正直、よく分からんが、ちょっと気になる。


でもちょっとだけなんだよな。


「よく考えたら最近こっちの神殿では祈ってないし、久しぶりに全力でお祈りするぜ。何か反応あるかもしれないし」


俺がそう言うと、大神官は安堵の息を吐き出した。


「ありがとうございます、姫様。時期はいつでも構いません。姫様の、ご都合の良い時に……」


「おう、分かってるって」


俺は軽く手を上げ、大神官の部屋を後にした。


自室に戻り、ベッドに大の字になる。


(地母神様か……)


以前、あの神殿で感じた気配は、想像していたよりもずっとフランクで、親しみやすかった。


神様って言うから、もっとこう、堅苦しい感じなのかと思ってたんだけど。


(……まあ、悪くはなかったな)


あの時の、不思議な感覚。


俺の力が、地母神様の力と共鳴したような、あの感覚。


あれは、一体何だったのだろうか。


少しだけ、気になった。


(……行ってみるか)


結局、俺は、自分の好奇心に抗えなかった。


翌日。


俺は、再び、あの白亜の神殿へと足を運んだ。


以前来た時とは違い、もはや緊張はない。


むしろ、どこか懐かしい場所に帰ってきたような、不思議な感覚すらあった。


「……ただいま、って感じか?」


思わず、そんな言葉が口をついて出る。


神殿の中は、相変わらず静まり返っていた。


薄暗い空間に、長い廊下が奥へと伸びている。


壁には、見たこともないような動植物が描かれた壁画が飾られていた。


その光景は、以前と全く変わらないはずなのに、なぜだろう。


今日は、どこか温かいものに感じられる。


(……気のせい、か?)


首を傾げながらも、俺は足を進めた。


やがて、廊下の突き当たりに、巨大な扉が現れる。


初めて見る扉だ。


でも、あの扉の向こうにいるという確信がある。


(戦闘よりもどきどきするな!)


俺は深呼吸してから、傷つけないよう注意しながら扉を開けた。


ギィィ……という重々しい音が、静寂を切り裂く。


扉の向こうは、以前と同じ、巨大なドーム状の空間だった。


天井は、無数の光が瞬く、星空のような光景。


そして、その中心に鎮座するのは――


「神竜じゃない! 直接会うのは初めてね!」


明るく、そして、どこか気の抜けたような、それでいて親しみを込めた声。


「……地母神様」


気づけば、俺は、自然と笑みを浮かべていた。


「元気してた? って、あんたのことだから、いつも通り食うか寝るか暴れるか、ってとこでしょうけど」


「……よく分かってんじゃん」


「ふふっ、まあね。……で、今日は何の用? また何かやらかした?」


「いや、地母神様に会いに……いや直接会えるとは思えなかったんだけど」


俺がそう言うと、地母神は得意げに頷いた。


「それで何か用? 何か聞きたいことでも?」


「え? あ、いや、別に……」


「ないなら帰んなさい」


「ちょ、待てって!」


俺は慌てて地母神様を引き留めた。


せっかく来たんだ。


最近の俺の力とか……。


いやちょっと待て。


「地母神様、俺のことなんて呼んだっけ?」


「神竜(しんりゅう)でしょ? 魂の名前の方で読んだ方がいい?」


「そう! それ!」


俺が勢いよく身を乗り出すと、地母神様は、少しだけ目を細めた。


「ま、いいわ。どうせ、いつか話さなきゃいけないことだし」


地母神様は、何かを決意したように、ゆっくりと口を開いた。


「あんたは――」


そこで、言葉を切る。


そして、俺の目を、じっと見つめ、確信するような口調で言った。


「あんたは、この世界のイレギュラーよ」


「……は?」


俺は、思考回路がショートしかけた。


「イレギュラーって、何?」


「そのままの意味よ。……あんたは、この世界の住人だけど、同時に、そうじゃない。……大体99パーセントくらいは、この世界の存在だけど、残りの1パーセントが、完全に異質なの」


「……意味分かんねぇんだけど?」


「ふふっ、分からなくて当然よ。……ま、要するに、あんたの力は、規格外ってこと。……神竜ってのは、その力を制御するための、仮の器、みたいなもんよ」


「……仮の器?」


「そう。だから、神竜として生きるか、今まで通り好き勝手やるかは、あんたの自由。……ただね」


地母神様の声が、少しだけ、低くなった。


「……あんたの力は、強すぎる。下手をすれば、守りたいものを、うっかり壊してしまうかもしれない。……それだけは、覚えておきなさい」


その言葉には、強い警告と、ほんの少しの哀愁が込められていた――気がした。

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