「……そういうこと」
怒りを露わにしていないのに、地母神様が恐ろしい。
「事情、聞いてもいいか?」
俺がそう尋ねると、地母神様は、少しだけ、言葉を濁した。
「……魔剣の材料よ」
「材料?」
俺が聞き返すと、地母神様は、目を伏せ、静かに語り始めた。
「……魔剣は、悪魔が、神に対抗するために生み出した武器。……その製法は、あまりにも残酷で、おぞましいものだった」
「……おぞましい?」
「ええ。……魔剣の材料には、強大な力を持つ者の……エネルギーや、強い感情が使われたの」
「……強大な力を持つ者?」
「そう。……かつて、悪魔に捕らえられ、囚われた……勇者や、聖女たちのね」
「……!」
俺は、思わず息を呑んだ。
勇者や聖女。
聖女はよく知らないけど、生意気勇者や美ショタ勇者のような連中が、攫われて?
「……まさか、魔剣の材料にするために、勇者や聖女を……?」
俺が震える声で尋ねると、地母神様は、小さく首を横に振った。
「直接、材料そのものにしたわけじゃないわ。……でも、結果的に、そうなってしまったのは事実」
「……どういうことだよ?」
「……悪魔は、勇者や聖女を、生きたまま、永遠に近い時間、監禁し続けているの」
「……!」
「彼らの力と、彼らの絶望を、少しずつ、少しずつ、搾り取るためにね」
「……」
言葉が出なかった。
想像を絶する、悪魔の所業。
怒りよりも先に、深い吐き気がこみ上げてくる。
「……そんな……そんなことが……」
「ええ。……数百年前から、つい数年前まで。……多くの勇者や聖女が、悪魔の実験台にされ、その命と尊厳を、弄ばれ続けているの」
現神剣、元魔剣から情報を読み取った地母神様は、穏やかに見えて実際は激怒している。
「そして、その結果生まれたのが、あの魔剣。……絶望と憎悪の塊のような、呪われた武器」
「……」
「……それが、あの剣の、本当の姿よ」
地母神様の声は、震えていた。
怒り。
悲しみ。
そして、深い罪悪感。
様々な感情が、彼女の中で渦巻いているのが分かる。
「殺すだけで済ますべきじゃなかったな」
悪魔への怒りが、全身を駆け巡る。
生意気や美ショタの先輩たちをなんて目に遭わせやがる。
「地母神様!! 今すぐ、魔界に乗り込もう! 奴らを全員ぶっ殺して、勇者と聖女を救い出すんだ!」
俺がそう叫ぶと、地母神様は、静かに首を横に振った。
「……無理なの」
「なんでだよ!?」
「神々が魔界へ直接乗り込めば、世界の均衡が崩れ、地上に甚大な被害が出る可能性があるわ」
「……まさか俺も!?」
地母神様は深刻な表情のまま頷き……なんでそこで何か思いついた顔になってにやりと笑うんだ?
「そういえば、あんたは神竜だけどまだ見習いなのよね。力の規模を考えると脱法じみてるけど、あんたなら魔界に行ける」
「……マジで!?」
俺の瞳に、再び、希望の光が灯る。
「ええ、マジよ。……だから、お願い。……私に代わって、魔界へ行って、勇者と聖女たちを救い出してきてくれる?」
地母神様の言葉は、命令ではなかった。
懇願だった。
そして、その懇願には、深い悲しみと、強い決意が込められていた。
「……分かった。行ってやるよ」
俺は、迷うことなく、頷いた。
「……ただし、そのためには、あんたの力を貸してほしい。……魔界で、俺が迷子にならないように」
何が相手でも負ける気はしないけど、行き先と帰り道が分からないなら遭難しそうだって自覚はある。
「……ふふっ、分かってるわよ」
地母神様は、少しだけ微笑む。
「……エリアーヌ姫と、彼女の祖先の妹……リリアーナ。……あの二人は、血縁関係にある。……だから、エリアーヌ姫のペンダントは、リリアーナの居場所を示す道標になるはずよ」
「……なるほどな」
「……頼んだわよ、神竜。……あんたなら、きっと、できる」
地母神様の言葉が、俺の背中を押す。
魔界。
そこがどんな場所だろうと、関係ない。
俺は、俺のやり方で、必ず、みんなを助け出してやる。
そう、心に誓い、俺は、新たな戦いへの決意を固めた。