魔界の空は相変わらず血のような赤黒さで、巨大な悪魔の城塞が俺たちの眼前に不気味にそびえ立っていた。
美ショタ勇者の肩の傷は、エリアーヌ姫が持っていたエルフの秘薬でなんとか塞がったが、顔色はまだ悪い。
「これより城塞内部へ突入する」
レオナルド騎士団長が、低い声で最終確認を始めた。
その顔はいつになく険しい。
まあ、無理もない。
ここは魔界の、それも見るからにヤバそうな悪魔の拠点だ。
何が待ち受けているか、想像もつかない。
「目的は囚われた勇者・聖女たちの救出、および魔界の脅威に関する情報収集だ。各自、役割を再確認し、決して単独行動は取るな。エリアーヌ姫様のペンダントの導きを頼りに進むが、常に警戒を怠らないように」
レオナルドの言葉に、全員が神妙な顔で頷く。
「神剣の力、どこまで通用するか分からないけど、全力で道を切り開くわ」
生意気勇者は、黄金色に輝く神剣の柄を強く握りしめる。
その瞳には、不安よりも強い決意が宿っていた。
「わたくしも、精一杯ナビゲートします……! リリアーナ様のためにも……!」
エリアーヌ姫も、涙を堪え、首にかけたペンダントを握りしめる。
「足手まといにならないよう、頑張ります!」
美ショタ勇者も、まだ少し震えているが、必死に自分を奮い立たせているようだ。
「めんどくせぇけど、まあやるしかねぇな」
俺は肩をすくめる。
正直、潜入とか隠密行動とか、俺の性に合わない。
正面から突っ込んで全部ぶっ壊した方が早いし楽だ。
「おい、俺が正面から派手に暴れて、お前らがその隙に……」
「却下!」
「駄目です!」
俺が提案し終わる前に、生意気勇者とレオナルドから、同時にツッコミが入った。
ちぇっ。
「囚われている人質がいるかもしれないんでしょ!」
「無用な戦闘は避けるべきです!」
「被害が拡大します!」
わーってるよ、言われなくても。
「はいはい、じゃあ大人しく潜入しますよーだ」
俺は不貞腐れたように返事をして、レオナルドの指示に従うことにした。
レオナルドの斥候としての能力は、さすが騎士団長というべきものだった。
彼は巧みに気配を消し、城壁の構造や見張りの配置を短時間で把握すると、城塞の側面にある、比較的手薄な通用門のような場所を発見した。
エリアーヌ姫のペンダントも、その方向で微かに反応しているらしい。
「よし、ここから行くぞ。俺と勇者(生意気)、神竜様で先行し、通路を確保する」
俺たちは息を潜め、通用門へと近づく。
門には見張りの悪魔が二人立っていたが、俺と生意気勇者が音もなく接近し、一瞬で無力化した。
俺は首の骨をへし折り、生意気勇者は神剣で心臓を一突き。
血も流れず、声も上げさせずに仕留める。
……うん、こういう地味な作業、やっぱり性に合わねぇ。
重い鉄の扉を静かに押し開け、俺たちはついに悪魔の城塞内部へと足を踏み入れた。
中は、外観以上に禍々しい雰囲気に満ちていた。
通路は薄暗く、壁には不気味な生物の骨や、意味不明な紋様がびっしりと刻まれている。
床には粘つく液体が溜まり、天井からは時折、気味の悪い鳴き声のようなものが響いてくる。
空気は淀み、邪気が肌を刺すようだ。
「うへぇ……趣味悪ぃ内装だな。こんなとこに住んでる奴の気が知れねぇ」
俺が小声で悪態をつくと、生意気勇者が「静かに!」と肘で突いてきた。
エリアーヌ姫のペンダントの導きに従い、俺たちは迷宮のように入り組んだ通路を進んでいく。
時折、見張りの悪魔とすれ違いそうになるが、隠蔽の魔法と、俺たちの気配遮断でなんとかやり過ごす。
しかし、そう簡単に進ませてくれるはずもなかった。
ある広間に出た途端、床に描かれた魔法陣が怪しく光り、周囲の景色がぐにゃりと歪んだ!
「幻覚魔法!?」
目の前に、存在しないはずの壁が現れたり、足元が突然深い穴になったように見えたりする。
同時に、壁の影からは、影でできたような、実体のない暗殺者タイプの悪魔が複数、音もなく襲いかかってきた!
「ちっ、罠か!」
俺は舌打ちし、幻覚だろうがなんだろうが関係ねぇ!とばかりに、目の前の壁(に見えるもの)に向かって拳を叩き込む!
ドゴン!という衝撃音と共に、幻覚の壁が砕け散る! やっぱり幻か!
「聖なる光よ!」
生意気勇者が神剣を掲げると、剣から放たれた浄化の光が幻覚の霧を払い、同時に影の悪魔たちを焼き払う!
「きゃああ!?」
実体がないはずの悪魔が、悲鳴を上げて消滅していく。
どうやら神剣の光は、こういうタイプの敵にも有効らしい。
便利だな、おい。
「こっちにも罠が!」
レオナルドが叫ぶ! 床の一部が開き、鋭い杭が並んだ落とし穴が出現!
「風よ!」
エリアーヌ姫が咄嗟に風の魔法を使い、落下しかけた美ショタ勇者を空中で支える! ナイスサポート!
罠を解除し、番人を倒し、俺たちは慎重に、しかし着実に城塞の奥深くへと進んでいく。
エリアーヌ姫のペンダントの光は、ますます強く、そして切なげに輝きを増していた。
やがて、俺たちはひときわ大きな扉の前にたどり着いた。
扉の向こうからは、これまでの悪魔とは比較にならないほどの、強大で邪悪な気配が漏れ出ている。
「この奥ね……」
生意気勇者が息を呑む。
「間違いないかと。ペンダントの反応も、ここで最も強くなっています」
エリアーヌ姫も頷く。
レオナルド騎士団長の合図で、俺たちは悪魔の城塞、その最深部へと続く重々しい扉を押し開けた。