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第29話:再会と激闘! エルフの血筋

ギィィ……と不快な金属音が響き、淀んだ邪気が中から溢れ出してくる。


息を止め、警戒しながら内部へと足を踏み入れると、そこは想像以上に広く、そして……陰惨な空間だった。


巨大なドーム状の天井は高く、壁には脈打つ血管のような不気味な紋様が刻まれ、床には干からびた血痕のようなシミが無数に広がっている。


空気は重く冷たく、腐臭と、魂がすり減るような負のオーラが満ち満ちていた。


まるで巨大な生物の体内か、あるいは地獄の一丁目に迷い込んだかのようだ。


「ここが……」


生意気勇者が息を呑む。


その声は微かに震えていた。


無理もない。


この空間にいるだけで、精神力がゴリゴリ削られていくような感覚がある。


広間の壁際には、おびただしい数の檻が並べられていた。


鉄格子で作られた粗末なものから、禍々しい光を放つ結界で閉ざされたものまで様々だ。


そして、その檻の一つ一つに、力なく横たわったり、虚ろな目で壁を見つめたりしている、人間やエルフたちの姿があった。


「ああ……!」


エリアーヌ姫が、悲痛な声を上げる。


彼らの多くは、かつて地上で勇者や聖女と呼ばれた者たちなのだろう。


だが、今はその面影もなく、ボロボロの衣服を纏い、その体には痛々しい拷問や、悍(おぞ)ましい人体実験の痕跡すら見える者もいる。


長い年月、この絶望的な場所で囚われ、希望を打ち砕かれ続けてきたのだ。


俺たちが助けに来たことに気づいても、彼らの瞳に光が戻ることはなかった。


「酷い……あまりにも酷すぎる……!」


美ショタ勇者が、怒りと悲しみで拳を握りしめる。


レオナルドも、同行してきた魔法使いたちも、言葉を失い、ただ目の前の惨状に唇を噛み締めていた。


そんな中、エリアーヌ姫が、何かに導かれるように広間の奥へと駆け出した。


彼女の持つペンダントが、これまでで最も強く、激しい翠色の光を放っている。


「姫様!?」


俺たちが慌てて後を追うと、彼女は広間の最奥、ひときわ厳重な、紫色の結界が張られた水晶のような檻の前で立ち止まった。


その檻の中には、一人のエルフの女性が静かに座っていた。


長い銀髪は色褪せ、その身を包む衣服も擦り切れているが、それでもなお、気高く、美しい雰囲気を失っていない。


ただ、その表情は深くやつれ、瞳は固く閉じられている。


「リリアーナ様……! ああ、リリアーナ様……!」


エリアーヌ姫は、涙ながらに檻に駆け寄り、結界に手を伸ばす。


しかし、バチッ!と紫色の火花が散り、彼女の手は弾き返されてしまった。


「くっ……!」


その声に気づいたのか、檻の中のエルフ――リリアーナが、ゆっくりと顔を上げた。


長いまつ毛が震え、翠色の瞳が薄く開かれる。


その瞳は、長い間の消耗で光を失いかけていたが、目の前のエリアーヌ姫の姿を捉えた瞬間、一瞬だけ、驚きと、懐かしさと、そして深い悲しみが入り混じったような、複雑な色が宿った。


だが、それもほんの一瞬。


彼女は再び力なく目を閉じ、動かなくなってしまった。


「リリアーナ様! しっかりしてください!」


エリアーヌ姫が必死に呼びかけるが、反応はない。


「ククク……」


その時、広間の奥から、粘つくような、嘲るような笑い声が響いた。


見ると、広間の最奥に設(しつら)えられた、骨と黒曜石でできた禍々しい玉座のような場所に、一体の巨大な悪魔が悠然と座っていた。


そいつが、この「牢獄」の主か。


ゆっくりと、悪魔が立ち上がる。


身長は3メートルを優に超え、全身は黒光りする鋼のような甲殻で覆われている。


背中には巨大な蝙蝠(こうもり)のような翼が広がり、頭部には捻じくれた山羊のような角。


そして何より異様なのは、その胴体から伸びる、おびただしい数の腕だった。


ざっと数えても十数本、いや、もっとあるかもしれない。


それぞれの腕には、血に濡れた巨大な戦斧、鋭い鉤爪(かぎづめ)がついたガントレット、蛇のようにしなる呪いの鞭、そして不気味な輝きを放つ髑髏(どくろ)の杖などが握られている。


燃えるような赤い双眸(そうぼう)が、俺たちを値踏みするように見据えていた。


底知れない悪意と、獲物を見つけたかのような愉悦の色を浮かべて。


「ようやく辿り着いたか、哀れな虫けらどもよ。わざわざ死に場所を探しに来るとは、ご苦労なことだ」


悪魔は、その多腕をゆっくりと動かしながら、低い、響くような声で言った。


「貴様が、囚われた英雄たちを……!」


レオナルドが、怒りに声を震わせ、大剣を構える。


「いかにも。我はこの城塞の主、百腕のザルゴス。魔王様に仇なす愚かな英雄どもを、ここで嬲(なぶ)り殺しにし、その魂と力を我が糧とすることこそ、我が喜びよ」


ザルゴスはそう言うと、腕の一本で檻の中のリリアーナを示した。


「特にそこのエルフなどは、極上の逸品だ。かつては生意気な勇者だったらしいがな。永きに渡り抵抗し続けたその気高い魂も、今や我が玩具(おもちゃ)同然よ。クハハハ!」


下卑た笑い声が、広間に響き渡る。


「リリアーナ様を……エルフの誇りを弄びおって!」


エリアーヌ姫が、涙を拭い、怒りに燃える瞳でザルゴスを睨みつける。


「あなたのような存在、わたくしが浄化します!」


彼女は杖を構え、弱まった精霊の力を振り絞る。


「ふざけたこと言ってんじゃないわよ!」


生意気勇者も神剣を構え、切っ先をザルゴスに向ける。


「その汚い腕、全部切り落として、あんたをここから叩き出してやる!」


「僕だって……戦います!」


美ショタ勇者も、恐怖を振り払い、震える足で一歩前に出る。


俺たちの怒りと決意を感じ取ったのか、ザルゴスは心底楽しそうに笑みを深めた。


「クハハハ! 威勢だけは良い! 気概やよし! では、その矮小(わいしょう)な希望ごと、まとめて叩き潰してくれるわ!」


ザルゴスが複数の腕を一斉に振りかざした! 戦闘開始だ!


「はあっ!」


「せいっ!」


 レオナルドと生意気勇者が同時に斬りかかる! しかし、ザルゴスは戦斧の腕と鉤爪の腕で軽々と二人の攻撃を受け止め、さらに別の腕から呪いの鞭をしならせて反撃してくる!


「ぐっ!」


「きゃっ!」


二人は咄嗟に回避するが、鞭の先端が鎧を掠め、火花が散る!


「光よ!」


エリアーヌ姫が光の矢を放つが、ザルゴスは髑髏の杖をかざし、闇の障壁で容易く防ぐ!


「無駄だ、小娘! この魔界において、精霊の力など無力!」


「くそっ!」


俺も突進し、ザルゴスの胴体めがけて拳を叩き込む! 手応えはあったが、硬い甲殻に阻まれ、致命傷には程遠い!


「フン、神竜とてこの程度か!」


ザルゴスは複数の腕で俺を掴もうとしてくる!


俺はそれを素早く回避し、距離を取る。


強い! こいつ、マジで強いぞ!


多腕による同時攻撃と防御、そして強力な魔法。


隙がほとんどない!


「僕だって!」


美ショタ勇者が、ザルゴスの死角から剣を突き出す!


だが、ザルゴスは背後の腕でそれを掴み取り、そのまま彼を壁に向かって投げ飛ばした!


「がはっ!」


美ショタ勇者が壁に叩きつけられ、ぐったりとその場に崩れ落ちる!


「ははは! どうした、どうした! もう終わりか、虫けらども!」


ザルゴスは余裕綽々で高笑いを続ける。


俺たちは明らかに押されていた。


このままじゃジリ貧だ。


「くっ……!」


生意気勇者が歯を食いしばり、神剣に更なる力を込めようとする。


レオナルドも、深手を負いながらも、必死に前線を支えている。


その時だった。


ザルゴスが、嘲るようにエリアーヌ姫の目の前にある、リリアーナが囚われた檻に向かって、呪いの鞭を振り上げた!


「まずは、その大事な祖先から、目の前で嬲り殺してやろう!」


「やめてぇぇぇ!!」


エリアーヌ姫が絶叫した、その瞬間――!


彼女の首にかけられたペンダントが、これまでとは比較にならないほど眩い、翠色の光を放った!


ドクンッ!


まるで心臓が脈打つかのように、ペンダントから強大な精霊の力が溢れ出し、エリアーヌ姫の体を包み込む!


彼女の瞳が、強い決意と、そしてどこか古(いにしえ)の力を宿したかのように、鋭く輝く!


「な、なんだこの力は……!? 小娘、貴様……!」


ザルゴスが、その尋常ならざる力の奔流に、一瞬怯んだように後退する!


「祖先の……リリアーナ様の力が、わたくしに……!」


エリアーヌ姫は、自らも驚きながら、しかしその力を制御するように杖を構えた。


彼女の周囲には、緑色の風と光の渦が巻き起こっている!


「これ以上、好きにはさせません! 光よ! 邪悪を打ち払え!!!」


彼女から放たれたのは、もはや弱々しい精霊魔法ではない。


森羅万象の力を凝縮したかのような、巨大な光の奔流! それが、ザルゴスに真正面から直撃した!


「グオオオォォッ!?」


ザルゴスは、その浄化の力に焼かれるように苦悶の叫びを上げ、その巨体を大きく後退させる! 光は同時に、傷ついた仲間たちにも降り注ぎ、その傷を癒し、消耗した魔力をわずかに回復させた!


「今です、皆さん!」


エリアーヌ姫が叫ぶ!


だが、その声は力を使い果たしたかのようにか細く、彼女自身、膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えていた。


祖先の力を一時的に引き出した代償は、あまりにも大きかったのだ。


「小娘がァァァ!!!」


光の中から現れたザルゴスは、その甲殻の一部が焼け焦げ、複数の腕に傷を負っていた。


しかし、その瞳には、屈辱と、それ以上の激しい怒りと殺意が、狂気のように燃え盛っていた。


「よくもこの私に……! もはや手加減はせん! 貴様ら全員、ここで魂ごと塵にしてくれるわ!!!」


ザルゴスが、これまで以上の邪悪なオーラを全身から放ち、その全ての腕に武器と魔法を構える! まさに絶体絶命! 仲間たちは満身創痍、エリアーヌ姫は戦闘不能!


(くそっ……! やるしかねぇか!)


俺は、ゴクリと喉を鳴らし、目の前の絶望的な状況と、仲間たちの顔を見渡した。


そして――覚悟を決めた。


力のセーブ? 周囲への被害? そんなもん、知るか! 今、ここでやらなきゃ、全員死ぬ!


俺は、百腕の悪魔ザルゴスを真正面から睨みつけ、体中の力を、喉の奥へと集中させ始めた。

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