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第14話 男子禁制の間


 壇山。

 天弦学園が毎年雛祭りをするため登るに低山である。

 低山ということで勾配も厳しくなく、基本的に道は整備されており、登ることに関しては全く苦労するということはない。

 おそらく足で登っても30分程度しかかからない上に、当日雛祭で利用する雛人形を拵える施設には車を使えば5分程度で行ける。


 今回は山小屋で2人が実際に作るところを見せてもらってから、下流に流れてきた雛人形が見分けられるか、確かめる日程だ。


 もうすでに車で施設までついて、黒桐さんやメイドさんたちがテキパキと雛人形の材料を運び込んで行ってる。

 ただの練習なのだが、もはや本番さながらの様相を呈している。

 環境としては最善ではあるのだが、ここまでよくしてもらって本当に良いのだろうかという気分になってしまう。


 麻黒さん本人がいいというのでいいのだろうが、この待遇の良さは危機感を感じてしまうレベルだ。


「ごめんなさいね。雛祭りに使うパーツが多くて、待たせちゃうことになって。あと5分くらいで終わるはずだから」


「いや、気にしなくていいよ。何から何まで陽菜に頼っているのにそんなことまで要求できないよ」


「麻黒家、さすがは御三家ともなると流石にお小遣いも破格みたいですね」


 俺が謙遜する中、恵梨香は納得したようにうなづいている。

 御三家か。

 麻黒家、金山家、花園家のことだったはずだ。

 今の天弦家の脅威を知っている俺からすると、あまり関わりのない花園家よりもこの天弦家の方がしっくりくるような気がする。


「御三家ね。場合によっては四家に増えるかもしれないわね」


 麻黒さんはいつもなら謙遜するところだが、今回は頭が痛そうにそう呟くとため息を吐いた。

 昨日会った時、理事長は麻黒家には手を出さないと入っていたが、何かあったのだろうか。


「何かあったの?」


「金山家派閥の家が、最近天弦家派閥に流出しているのよ」


「大変なことですね。御三家と天弦家は僅差だったのに、並ぶもしくはそれ以上になる可能性が生じてきたことですよね」


「そう、秋也からこちらにちょっかいを掛けてこないことは知ってるけど、あまりいい予感はしないわね」


「確かに天弦家は好戦的な印象があるから、そんな乱暴そうなところに力をつけられるのはちょっと遠慮したいよね」


 天弦家のような好戦的な家が御三家に進出すれば、一気に戦争状態に突入しような気がしてならない。

 というよりもすでに金山家とは戦争状態だ。

 麻黒家や花園家などの同じ御三家の人たちは気が気ではないことは想像に難くない

 できれば天弦家が進出してこないように手を打ちたいのが本音だろう。


「お待たせ致しました、皆様。人形作りの準備が整いました」


「ありがとう、黒桐。では早速始めましょうか」


 会話に一区切りつくと黒桐さんがやってきて、準備が完了したことを伝えにきてくれたので人形作りに入ることにする。

 施設に入ると人形の素体の周りに、大量の種類の小さな扇や服がずらりと机の上に並んており、それが何列も並んでいるのと、奥には5人掛けの作業台がいくつも並んでいるのが見えた。

 俺は男なのでここに入るのは初めてだが、こんなにガッツリと作りこむ環境が作られてるとは思いもよらなかった。

 流石に素体の顔など細かい装飾は作られているが、あとの組み付けは自分でやらなければいけないので、手の器用さでかなり完成度が変わりそうだ。


「思ったより本格的だね。ほとんどできてる状態に檜扇とかを自由に選んでつけるくらいかと思ってたけど」


「できるだけ個性的になってわかりやすくするための学園側からの配慮らしいわ。作る私たちからしたら迷惑この上ないのだけど」


「私は手先が器用じゃないので、いい迷惑です」


 麻黒さんはゲンナリしたように呟き、恵梨香はため息を吐いた。

 確かにこれを選んで作るのは骨が折れるだろう。

 種類の多いものの中から自分のイメージに近いものを吟味して、さらに川に流すことを考えて接着もがっちりおこなわければならないのだから。

 辟易する気持ちはわからないでもない。

 2人だけに面倒なことをやらせるのも忍びないし、俺もサポートしながら作ることにしようか。


「2人だけに作らせるのも悪いし、俺も少し作らせてもらうことにするよ」


「あら助かるわね。秋也がいれば人形作りも極上の娯楽ね」


「秋也が教えてくれれば、苦手科目でも途端にするするうまくいくようになりますからね」


 家庭教師をしているときは、やるのが当たり前みたいな感じだったので、こうして真正面から頼りにしていると言われると少しこそばゆい気持ちになってくる。


「じゃあ、素体につける材料の選定から行こうか」


 何列にも並んだ机に向かっている中で、釵子さいし(かんざし)、檜扇、唐衣、袴、親王台が選ぶ部品であることがわかった。

 その中で一番距離の近い釵子から選ぼうと距離を詰めていくと、大量にある釵子は数十種のものが大量にあるわけではなくて、数百、数千種類のものが一つずつ用意してあることが理解できた。

 バラで仕入れている分高くつくだろうに、流石にお金持ちの催しものは規模が違う。

 俺の想像の十倍以上、手が混んでいるし、お金がかかっている。

 そして、真に恐ろしきは練習という名目でこれだけのものを用意してみせる麻黒家の経済能力である。

 お金持ちの中のお金持ちとは知っていたが、これほどまでとは。

 国家予算規模の資産を持っていても不思議ではない気がする。


「全部違う種類のものなんだね。確かに制限時間は8時間以上あるけど、選ぶだけでも結構大変そうだ」


「去年、聞いたところによると生徒の要望に答えていた結果、ここまでの規模になっていたということです。それに伴って元々山小屋でやっていたのが、どんどんと大きくなってこんな立派な施設でやるようになっていたとのことです」


「確かに平安時代から生徒の要望に応え続ければこれくらいになるのかもね」


 平安時代ーー西暦794年ごろから現在2022年まで逆算すれば1228年分の積み重ねがあるのだからこれくらいになるのも当然か。

 途中で止めればよかったのではと思わないでもないのだが、そこは天弦家の面子などいろいろな理由があるのだろう。

 全く同じ組み合わせのものが出来てしまい取り違えが起きることがないようにするといった点では、良くもあるしいいだろう。


「長い歴史もあるのも困ったものね」


 麻黒さんは辟易したようにそう呟く。

 今のは雛祭りのこともあるが、これまでのことを思い出すと天弦家のことも含んでいるのだろう。

 麻黒さんには理事長から依頼を受けたことと麻黒家に対して理事長がちょっかいをかけることはないことは伝えてあるが、天弦家に振り回されたことがまだ麻黒さんには響いているようだ。


「ごめんなさい。大事な話をするのを忘れてたわ。お父様が秋也に会いたいと言っているの」


「麻黒さんのお父さんが俺に?」


「そう。多分先日の理事長の依頼の件だと思うけど。今日の夜にも会いたいって」


 今日の夜か。

 時系列を考えると麻黒さんに話したのは昨日のことなのでかなり急な決定だ。

 二つ返事でOKしてしまったが、麻黒さん側にメリットしかないからと決めたのは早計だったのかもしれない。

 とりあえず早く麻黒さんのお父さんとコンタクトを取るべきだろう。


「早くあったほうが良さそうだね。今日この練習が終わったら会いにいくことにするよ」


「了解。合間に伝えておくことにするわね。脱線してしまってごめんなさい。さあ釵子選びに戻りましょう」


「ああ、そうだね。て、恵梨香もう釵子選んだのか」


 見るとこちらの話を聞きながら選んでいたようで、恵梨香の手には椿の柄が彫られている正方形に近い釵子が握られていた。

 丸みが一切見られない直角なもので、きっちりしているのが好きな恵梨香らしさが出ている。


「去年と同じものですけど、やっぱり釵子はこれが一番しっくり来て、すぐ選んでしまいました」


「確かに可愛らしさとフォーマルさが両立してて、あなたらしい感じがするわ」


「やめてくださいよ、麻黒さん。照れます」


 恵梨香は麻黒さんの言葉に照れくさそうに頬を掻いている。

 同性の女の子な上、服飾業界トップの企業令嬢ということもあり、ファションセンスの高いだろう麻黒さんに褒められて満更でもなさそうだ。

 確かに素人目の俺から見ても、センスのいいものに見える。

 これからの組合わせ次第ではあるが、かなり見目の良さそうな人形ができそうな気がする。


「麻黒さんはどんなものにしようとしてるんですか」


「そうね。私は今回は参加しないから自分の好きなものをイメージして作りたいと思うわ。例えば夏祭りとか」


 恵梨香に話を向けられて、麻黒さんがチラチラとこちらに視線を向けてくる。

 俺にも何を作る予定なのか、知りたいというところだろうか。


「俺は2人が作る時のフォローには入りたいし、できるだけ2人と同じの部品を集めて作りたいと思うよ」


「理には叶っているわね」


「秋也のセンスで作る雛人形を見てみたいですが、私たちのフォローをしながらをなると流石に難しいですからね」


 フォローしながら作ることは可能だが、正直俺は雛人形と性別が違うので、どうも自分の写しみとして作るのがしっくりこないので今回は遠慮させてもらう。


「じゃあ、次は檜扇だね」



 ーーー


 順繰り選んでいて、種類がそれなりだったが、2人とも選ぶのが早いので、割と早く作る段に移れた。

 道具は洗濯バサミ、尖っていない千枚通しのようなもの、瞬間接着剤、ヘラがある。

 流石に人数が人数になるためから説明が行き渡らない可能性を踏まえてか、机には道具を使っての作り方の図解がのせてあったのでこれにそって作るのがいいだろう。

 最初の袴を通す所までは着せて接着剤をつけるだけだからそこまで困ったことにならなかった。

 次は唐衣を着せるところからだが、ここからが少し心配だ。

 恵梨香の悪癖が発動しなければいいんだが。


「次は唐衣か。まずは頭を外して、唐衣を腕に通すところからだね」


「これ、頭が外れるのね」


「面倒なんですけど、これ外さないと唐衣が綺麗に着せられないんですよね」


 3人揃って人形の素体の頭を抜くと、唐衣をつけていく。

 ここはまだ付けるだけだからそこまで難しくはないし、つまらないだろうと思って2人の様子を確認すると、麻黒さんは真紅の唐衣を人形の腕に通し、恵梨香はやや桃色に近い唐衣を人形の腕の真ん中で止めた。

 人形の腕をここで曲げれば、花魁のような格好になるだろうが、恵梨香はそれが計算づくでやっている。

 彼女は雛人形をわざと花魁風にしているのだ。

 彼女は真面目だが、エロかわいいという概念が大好きだ。

 公私を分けているので無論学校では出さないのだが、今回は自身の写し身ということで、生来の真面目を働かせた結果、恵梨香の全てが人形に投影されるような形になっているようだ。

 ある程度予想していたこととは言え、雛人形の素材が花魁人形に変わっていく様はひどく冒涜的なものを感じさせる。


「ふむ。羽咲さんはやはり頭脳派ね。それくらい周りと違うものを作れば確かに当日間違えることはなさそうだから」


「一つ聞いていいかな。恵梨香それ、前出したとき大丈夫だった?」


「公序良俗に反するということで作り直されました」


「やっぱり流石にだめだよね」


「羽咲さん、前回参加したってことからOKだと思っちゃたけどダメなのね」


 麻黒さんが恵梨香の暴走の被害を受けてしまった。

 一年の一回のイベントなので、恵梨香本人も忘れていたのだろう。

 本番前に予行演習しておいてよかった。

 恵梨香も花魁人形を知り合いに見られるの流石にきついだろうし、今の摩耶ならそれを理由に何かしらと絡んでくる可能性が高い。

 妨害の程度のわからない以上、できるだけ付け込ませる機会を減らして横槍が入らないようにしたい。


「気を取り直して、まず恵梨香の雛人形を修正しよう」


「そうですよね。ごめんなさい」


 恵梨香は若干名残惜しそうな顔をしつつも、腕に通した唐衣を完全に首元まで通して、従来の雛人形の形に戻していく。

 幸い腕を曲げる前で、修正に手間が掛からなくてよかった。

 修正した後、恵梨香も申し訳なさそうな顔をしているので、流石にこれ以上このことを気にする必要はないだろう。


 それから唐衣を着せ終え、檜扇、釵子を付けるのは多少綺麗に付けるのに、接着剤をつけるヘラの使い方でフォローを入れる必要が出たが、無事従来の雛人形を完成させることができた。


「さすが秋也がいるだけあって、去年生徒が作ったどんな雛人形よりも今回のものの出来ががいいですね」


「素材をつけるだけの簡素なものとはいえ、ちょっとしたコツで正規品顔負けの見栄えのものができるとは。秋也、本当に万能ね」


 麻黒さんと恵梨香も作った雛人形の出来栄えに満足したようで、しきりに褒め称えている。

 ここで一安心したいところだが、まだ本命の保証がされていないので、まだ安心はできない。

 俺としてはもちろん見た目もこだわったが、真の本命は川の中で崩壊しないかなので、そこを過ぎ去って俺にとってやっと安心できる。

 もししっかりと作れたとしても川を流れるうちに崩壊してしまったら、特定するのが難しくなる。

 この雛人形作りで一番大事なところは耐久性だ。

 毎度、男子が人形を拾う場所は覆いがされて外野の人間が確認できないので、確認できてはいないが、おおよそかなりの雛人形が少なからず損壊して到着していることが想像できる。


 ここで原型を止めた状態で、川下まで雛人形を送ることができれば、かなりのアドバンテージになる。

 逆に崩壊させてしまえば、他の崩壊したものと紛れて、かなり難易度が上がる。


 ーーー


 電話をしたらあらかじめ作った雛人形を流してもらうようにメイドさんたちに言伝をすると、俺たちは黒桐さんに乗せてもらって、川下に車で移動した。

 川下まで行くと、いつも見る覆いのされた人形を取るためのスポットが用意されていた。

 そこの中に行くと、中の様子が明らかになった。


 川の中に大きな網が設置してあるのが見える。

 どうやらあれで流れてきた雛人形を止めて、拾いに行くというもののようだ。


「マギリ、頼むわね」


 こちらが状況を確認すると、麻黒さんが電話でメイドさんに指示を送る。


「あとは待ちだね。そこまで距離はないし、割と数分も経たずにくるかな」


「たしか情報によれば、5分足らずでこっちに流れてくるわ」


「早いね。カップ麺ができる時間と一緒だ」


「じゃあ、そろそろ川に入る準備をした方が良さそうですね」


 恵梨香は徐に言うと靴を脱ぎ、靴下も脱ぎ始めた。

 俺が見分ける役をやるので、恵梨香は別に川に入る必要性はないのだが、もしかしたら気を使ってくれているのかもしれない。


「やはり転けたら、服が濡れますね。全部脱ぎますか」


「ちょ、ま……」


 善意として受け取った手前、突飛な行動を取るとは流石に予期できず、恵梨香に対して静止をかけるが上着に手を伸ばして脱ぎ始める。

 麻黒さんと黒桐さんが目の前で行われる露出行為にギョッとした顔をすると、恵梨香の引き締まった腹部が顕になり始めた。

 もはや全てが見えるまでコンマ数秒もありはしない。

 上着に向けて手を伸ばすがそれに届くには距離があまりにも遠い。

 まさかエロかっこいいに憧れを抱いていることは知っていたがここまでとは。

 と言うよりも極端に行きすぎて、もはやかっこよさがどこかに言ってしまっている。

 今回も恵梨香のバイトを兼ねて来ているので、依頼主の恵梨香のお母さんにここで恵梨香の裸体を見たとバレればとんでもない目に会ってしまうと言うのに服は空中に舞い上がっていく。


「水着着てたのね」


 流石に見た後の危険性から恵梨香から目を背けると、麻黒さんの声を聞き、恵梨香の方を見ると裸体ではなく、モデルとかが来てそうな黒の三角ビキニが目に入った。

 お嬢様がまさか水泳の授業がある場合に繰り出される裏技を習得するとは思いもしていなかった。


「あ、すいません。いきなり脱ぎ始めたら驚きますよね」


「そうだね。一回言ってくれないと心臓に悪いよ」


「心臓に悪いって、私の裸はそんなにすごいものじゃありませんよ」


 出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいるので、かなり刺激の強いものだし、見た後恵梨香の両親から処断される危険性を鑑みれば、十分凄みがあると思うのだが。

 本人だけが自分の価値に無頓着なのが末恐ろしい。


「ちょうど雛人形が流れて来ましたね。とってきます」


 雛人形が流れて来たことで恵梨香は「冷た!」と言いつつ入水していく。

 4月下旬ということで徐々に暑く感じてくるような頃合いだが、山の水ということもあり、水温はまだ低いのだろう。


 ーーー


「取ってきました」


 遠目に見て、親王台がいい感じにイカダのような役目を果たしていたので、そこまで損傷はないことは予想していたが、小物に関しても一つの欠けていない雛人形の姿がそこにあった。

 やはり川を流れていく過程で岸や岩にぶつかったりしたのか、多少腕の位置がぶれているが、この程度なら全然大丈夫だろう。


「よし、これなら見分ける分には大丈夫そうだね」


「秋也、時間もあるし、次はメイドたちにも手伝ってもらって他の参加者分雛人形を用意して見分けましょう」


「いいね。確かに他の雛人形からどれだけ影響を受けるかも見ておきたいし」


 この後、他の雛人形と衝突する消耗が大きいことがわかり、耐えうる段階まで補強した雛人形を作り、お開きになった。


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