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第15話 悪役令嬢の父


 壇山での『雛祭』の予行演習が行われた後、麻黒の家に俺は足を運んでいた。

 それというのも、麻黒さんのお父さんから今夜会いたいという要請があったからだ。


「秋也、もう父は帰ってきてるようだから。愛川に父の書斎まで案内してもらって」


 家に上がらせてもらうと、麻黒さんが今の状況と段取りについて簡単な説明を受けると、貴賓のある年配のメイドさんが奥からやってきた。


「佐藤様、こちらへどうぞ。この愛川が旦那様の元まで案内させていただきます」


 前回まで麻黒さんがいつも家の中を案内していたことを考えると、今日は恭しい感じでメイドさんが案内してくれるようなので、今回は麻黒さんの友達というよりはお客さんという扱いに近い気がする。

 どうやら麻黒さんのお父さんは商談に近い話をするようだ。

 日本の経済界のトップに一学生である俺がこんな待遇をしてもらっていいのか、少し気後れする。


 メイドさんが俺に歩速をなんとなく予測しているのか、可もなく不可もなく進めんでいく。

 昼に見かけたメイドさんと比べても洗練されているので、メイドさんの中でもかなり高い給金が付くとされる高級メイドと言うものかもしれない。


 あまりの待遇の良さに緊張しつつ階段を登り、通路を中程まで進むとメイドさんの足が止まった。

 そろそろのようだ。


 メイドさんがノックをすると「入りたまえ」と声が帰ってきて、扉が開けられると、本で覆われた壁、その奥にある執務机とオフィスチェアの背が見えた。

 麻黒さんのお父さんが背を向けたまま、「そこにある応接セットの椅子に座ってもらえるかな」と促されたので、近くにある高そうな応接セットの皮のソファに座ると、ついに振り向いた。

 噂から厳しい人のイメージがあるため、貫禄のある大男のようなイメージがあったがそれに反して、見た目は若く、スラリとしている。

 とても高校生の娘がいるとは思えない若々しさだが、状況的にまごうことなく、この人が麻黒さんのお父さんだ。

 というか、よく見れば麻黒さんのお父さんの顔に見覚えがある。

 バイトの社長だ。


「バイトの社長ですよね?」


「ああ、私は君のバイトの社長、麻黒郷士郎だよ」


「麻黒さんのお父さんだったんですか?」


「うん、そうだね」


 淡々と答えるバイトの社長こと麻黒さんのお父さん。

 多忙極まる大企業の社長がまさか、俺みたいな平凡な高校生を使って副業をしてるなんて誰が予測できるというんだろうか。

 目の前の人物はそんなことをする必要は金銭的に存在しないはずだし、バイトの誘いを受けるまで全くもって接触はなかったのでした親しかった訳でもない。


「どうしてあなたほどの人が俺にバイトの斡旋なんてことをしてたんですか?」


「君が有能だったから、縁を結んでおきたかったからだよ」


「流石に大企業の社長さんに目をかけられるほどのことができてるとは思えないんですけど」


 麻黒さんのお父さんはその言葉を聞くと、笑い声を上げた。

 何かしらおかしなことは言った覚えはないが。


「君の能力が私の目に叶わないだって? そんなわけないだろ、君は私が出会ったどんな天才の中でも頂点にいるよ。君のことを平凡と評価するものは神話の中の登場人物だけだろう」


 麻黒さんのお父さんは俺の能力をかなり評価してくれているようだが、流石に言い過ぎな気がする。

 俺より才能がある人間は現実でも遭遇しているし、同世代に複数人もいた。

 しかも子供の同時期に同じような場所であっている。

 それくらい密度で俺より有能な人間はいるのだ。

 その後も女の子だけではあったが度々遭遇していることもあるし、たまたまその地域に密集していたという訳でもないはずである。


「言い過ぎですよ。俺より有能な人間なんて腐るほどいますから」


「過ぎた謙遜だよ、私はそんな人間を君以外に見たことがない。事実君は私がアルバイトに雇う前は賞金のあるあらゆる大会やトーナメントに種類問わずに出場して、いつも賞金もぎ取った上、有償で指導を受けたいと言っていた選手たちに指導をしていたじゃないか」


「それはたまたまそういう才能のある人がいなかったことと、俺もなんとかして天弦学院に摩耶と一緒に通えるようにお金を稼がなくちゃ行かなかったなら必死だったからですよ。と言うよりもなんで麻黒さんのお父さんがそのことを?」


「ああ、それは君が出ていた大会のほとんどは私の企業が協賛している大会でね。賞金を受け取るだけで、プロデビューもスポンサー契約にも応じない『大会壊し』と言う猛者がいるという報告を関係者から受けていて、実際に君が猛威を振るう様をこの目で見ていたからだよ」


 すごいいたたれまれない気持ちになってきた。知らぬ間に麻黒家に対して迷惑をかけていたらしい。

 あの時はプロで通用するとも思っていなかったし、デートをしたかったため、なるべく拘束されるようなことを避けていたため、プロデビューは断わせざる終えなかったのだ。

 事実だけ提示されれば、確かに麻黒さんのお父さんの中で俺以上の人間は言えなかったと言えるかもしれない。

 それにこれだけ迷惑をかけて置いて、自分より能力値の高い人はいっぱいいるんですよとはもはや口が裂けても言えない。


「そんな君を上回る人物が腐るほどいるとは思えないが、実際に人物はいたのかね?」


「腐る程とまでは言えないですけど。幼少期には確かに同じ遊び場に同世代の子で複数人いました。あと中学の時にも全員女の子でしたけどいましたし」


「ほう、それは凄まじい事実だな。その子たちは今どこにいるんだね。是非とも声を掛けたいのだが」


「特にお金をもらって教えた訳じゃないのでいいですけど。まず最初に会った子の名前は高町ーー」


 当時特に商売という訳でもなかったし、麻黒さんのお父さんに名前を聞かれる子たちにとっても別段悪い話ではないのではないかと思い、全員の名前を話すことにする。

 麻黒さんのお父さんは俺の記憶力を煽てつつも、俺の言った名前を復唱して相槌を打っていく。


「愛川、どうかね?」


 全ての名前を言い終えると手を叩いて、ここにいない愛川さんの名前を呼んだ。


『旦那様。少々お待ちください。……最後のものの結果も出ました。全員とも佐藤様の幼少期から現在至るまで生活圏に戸籍が存在していません』


 すると机側から声が聞こえて、あまり聞きたくない事実を告げてきた。

 もしや間違えたかなと思ったが、当時の俺としては今までそういう人間に出会ったことなかったため鮮烈だったし、ひどく衝撃的なだったことを思い出し、やはり間違っていないはずだという結論に落ちついた。


「君が間違えるはずもないし。君の目は嘘をついてない目をしているからな。考えられる可能性としては、その複数人の人間が素性を隠して君に接触したか、同一人物が変装した上で君に接触したかっていたところかな」


「わざわざ俺に接触するためにそんなことまでする理由があるんですか」


「幼少期の子供にそこまで思いつくというか、リスクの感覚があるかわからないが、君から自分の素性がバレて、権力者にマークされることを避けたと言ったところか」


 そう答え終えると麻黒さんのお父さんは思案気にこめかみを爪で叩くと、大きく息を吸った。

 にわかには信じがたいが、今回知ったことを馬鹿げたこととして偶然と片付けず、何かしら対策を考えているようだ。


「うーん。そうだね、とりあえず秋也君、もし君に個人的な依頼があるときは有償、無償に関わらず、私に一報入れてくれるかな」


「わかりました」


 今回のことで麻黒さんのお父さんには色々と借りがあることも発覚したし、幼少期の自分に正体不明のものと接触していたことに警戒心が込み上げてきたので、素直に応じる。


「いい返事だね。じゃあ、早速で悪いのだが、この前の天弦綺羅とタマコからの依頼の件について君の口から一報もらえるかい」


 話を終えられるかと思うと虚をつくようなタイミングで、今回呼ばれた本命だろう件について話を振られた。

 少し鎌をかけられた感がないわけではないが、一応理事長の方からは話すなとは言われてはいないので、麻黒さんのお父さんから理事長が何を考えているかの見解も聞きたいので前回の件について、ありのまましゃべる。


「タマコはまだ君の能力を天弦綺羅に紹介する前と言った感じか。佐藤君の先約はこちらがとっている状態だというのに横取りしようとするとは」


「タマコさんですか?」


 前回の件は天弦理事長が動いている印象があるので、麻黒さんのお父さんの言い方には違和感がある。

 俺にはタマコさんがどうやこうやと言われる所以や、天弦理事長と並べて語られる理由がないような気がする。


「ああ、そうだね。君はタマコの素性を知らないのか。あいつは御三家の一家の花園家の当主、花園珠弧だよ。ここまで言えば今回の件で天弦綺羅とあいつが一緒にいた意味がわかるだろう?」


「タマコさんがヤクザの当主……。確かに花園家の当主と天弦家の当主が連れ立っている状況を考えると花園家が何かしら噛んでいると考えるのが自然ですけど」


 あの母性と優しさで出来てるような印象がある人がヤクザの親玉とは。

 バイトの社長が麻黒さんのお父さんと知った時の倍以上の驚きだ。

 あんな人が悪のカリスマなどもはや言葉にもならないし、見るからに攻撃的な天弦家と手を組むとも考えられない。


「あいつは常はあんなだが、何かあった時は躊躇がない上に、自分が持ちえるすべてのものを最大限利用する厄介なやつだから。常を見て君があんなのほほんとした人間がと思うのは無理はないが、肩書き以上の人間であることを理解してほしい」


 こうして麻黒さんのお父さんが太鼓判を押すくらいなので、タマコさんは花園家の当主を張るくらい凄まじい人というのは間違いないのだろう。

 そう飲み込むと、理事長とともにいる状態は厄介な状態この上ないことが腑に落ちた。

 言うなればもう完全に戦力を補充し、攻撃態勢に移行していることになる。


「言葉の通り受け取れば、確かに今依頼されている予定の依頼をこなしたら、何か大変なことに突入する予感がありますね」


「そうだな、天弦家が協力しているから。最悪勢いのある家は全員潰して、かつてあったと言われている天弦家一強の時代の再現をするかもしれない」


「じゃあ今回の理事長からの依頼は……」


「できればリスクを犯したくはないのでパスだが、そうすればタマコがどう動くかがわからなくなる可能性が高い。君に負担を強いてすまないとは思っているが、依頼を受けつつも2家の動きに警戒して対処してもらいたい」


「スパイってことですか」


「ああ、簡潔に言えばそうだ。もちろん、達成した暁には君には常の十倍の報酬と麻黒家の次期社長のポストを約束しよう」


 まさかこの局面で麻黒さんの次期社長の冗談が予言になるとは思ってみなかった。

 報酬云々については正直、理事長からもらう分でだいぶ生活に余裕ができそうなのであまり必要性は感じないし、次期社長のポストは俺というよりも実の娘である麻黒さんの方が相応しい気がするので正直俺は分不相応なので遠慮したいが、力を伸ばした理事長に麻黒さんや麻黒さんのお父さんの平穏を壊されるのはごめんだ。

 受ける以外の選択肢はないだろう。


「報酬については達成した時にご相談したいと思いますけど、依頼は受けさせてもらいます」


「秋也君、稀代の天才である君と未来を切り開けることを光栄に思う」


 麻黒さんのお父さんが手を差し出してきたので、その手を握り返した。

 今回麻黒さんのお父さんからもらった依頼はあまりにも大きいものだが、事前に厄災を防げるのならば安いものなのかもしれない。




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