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エピソード3:さまざまな魂編

第7話 ネコが来た!

 いつもの転生ガイドルーム。先が見えない真っ白な広い広い空間に白い床、そして私のいつもの椅子とコタツ(?)……のはずが、今日は少し様子が違った。

 私の目のまえに、小さな魂がちょこんと座っている。それはどう見ても、人間の形をしていなかった。


「……」

 え?


 琥珀色の瞳が、じっと私を見つめている。声はない。ただ、静かにそこにいる。

 え? ネコ……? 人間じゃない魂が来ることなんてあるの?

 私が内心戸惑っていると、上の方から呑気な声がした。


「おやおや、珍しいお客さんぢゃな」


 神様がすーっと降りてきた。ズズッ、とお茶をすする音が妙に響く。あんたいつも茶ぁ飲んでるね。


「か、神様ぁ! あの子、どう見てもネコなんですけど? ずっとこっちを見てるんですけど?」

「うむ。実は、話してなかったんぢゃが……ワシらはな、この星の生きとし生けるもの、全ての魂を導いておるんぢゃよ」

「ええっ!?……全て、ですか?」

「そうぢゃ。まあ、人間以外の魂を扱うのは、現世ニッポンの魂よりちょっとコツが要るんでな。まだキミには早いかと思うとったんじゃが……まあ、来てしまったものは仕方ない」


 神様がそこまで言った時、ふわりと柔らかな光とともに、もう一人、ガイドルームに姿が現れた。長い黒髪に、どこか古風で優雅な雰囲気……って、日本の神話に出てきそうな女神様!?


「あらあらまあまあ、神様もいらしてたんですね、お久しぶりです。このコが新しいコ?」

「おお、姫よ! 来たか。紹介しよう、新人の山田ぢゃ」

「あなたが、新しく女神になった山田さんね。わたくしは、串伊那陀姫クシイナダヒメ。仲良くしてね! 気軽に姫って呼んでくれて構わないのよ?」


 ……もう、驚かない。何が来ても驚かないぞ、と私は心に誓った。目の前のネコの魂だって、日本の女神様だって、日常の一部だ。……たぶん。


「それで、この子の転生はどうするんじゃ?」神様がネコの魂に目を向けた。

「えっと……スキルガチャ、ですよね?」

「うむ。まあ、ネコじゃからな。あまり複雑なものは付かんじゃろうが」


 とりあえず、よく分からないまま、私はネコの魂にスキルを付与するガチャを回した。


   ぐるぐるぐるぐる、ガチャン!

   ファァァァァァァァ……。さて、どんな能力?


   《スキル:アームストロング剛筋肉(地域猫ボス級筋力)》


「……アームストロング?(船長?)」

「おお、なかなか良い引きじゃな。これなら多少の困難は乗り越えられるじゃろう」

 引きって言うな! 神様はそう言って、ネコの魂を次の生へと送り出した。


   ***


 ……が、しかし。ネコの人生は、いや猫生は、想像以上に過酷だった。いつもの様に転生ガイドルームにあるモニターで観察をはじめた。


 最初の生。人に飼われている室内飼いの母猫から生まれた。これで安泰かと思いきや、生まれた直後に「うちではこれ以上は猫を飼えないのよねぇ」と人間の都合でポイッと捨てられ、あっという間に野良猫に。アームストロング剛筋なんて役立つ間もなく、道路に飛び出して車に轢かれ、あっけなく命を落とした。

 前世で猫好きだった私は少しイラッとしたけど、どうしようもない。愚かな人間どもに神罰の光(前回の艦対戦級ビーム??)をぶちかますような能力もないし……。


 気づけば、いつのまにか目の前にネコがいた!

「…まあ、こういうこともあるわな」神様は相変わらず呑気だ。

 でも、それは始まりに過ぎなかった。


 次の生では、カラスに襲われて。

   ――《スキル:並外れた食欲「巨大ネコ化」》

 また次の生では、病気になって誰にも看取られず。

   ――《スキル:高IQ》

 冷たい雨の中、温もりを求めて震えながら力尽きたこともあった。

   ――《スキル:セントストマック聖なる胃袋「なんでも食える」》

 お腹を空かせたまま、動けなくなったことも。

   ――《スキル:チャーム「モンスターフェロモンでメスネコめろめろ」》。

 人間の身勝手な虐待で、恐怖の中で息絶えたことも。

   ――《スキル:アームストロング剛筋》

 生きるために他の猫と争い、傷だらけになって敗れたことも。

   ――《スキル:甘え「人に好かれる」》


 その度に様々なスキルを付与してはいたものの、毎回チートスキルのハズが役に立たないポンコツぶり。出現のタイミングが悪すぎ。三度出たスキル「アームストロンググ剛筋」も、時には縄張りを守るのに役立ったかもしれないけれど、飢えや病気、人間の悪意の前では無力だった。死んでは戻り、死んでは戻り……。その繰り返し。


「また……この、白い部屋か……」


 何度目かの転生の後、ネコの魂から、か細い、諦めのような響きが感じられた気がした。魂が、すり減っていくような感覚。


「この子の魂、ずいぶん重くなってきたな…」

 串伊那陀姫が、そっと呟いた。


 そうして、100回近く、様々な理由で短い生を終え、ネコの魂は何度もこの部屋に戻ってきた。その琥珀色の瞳には、最初の静けさとは違う、深い疲労と諦観の色が浮かんでいた。


   ***


 101回目の生。

 また、ネコは家猫として生まれた。でも、やっぱり飼い主に捨てられた。

 もう、何度目だろう……このパターン……。

 雨の中、小さな体で震えながら、道端でうずくまる。お腹が空いた。寒い。もう、どうでもいいか……。


 そんな時だった。


「あらあら、まあ……こんなところに、子猫ちゃん」


 優しい声がして、暖かい手にそっと抱き上げられた。見上げると、しわくちゃの笑顔のおばあちゃんがいた。


「うちに来るかい? 少しなら、ご飯もあるよ」


 それが、おばあちゃんとの出会いだった。

 おばあちゃんの家は古くて小さかったけれど、とても温かかった。

 初めてもらった温かいミルク。

 日向ぼっこができる窓辺の特等席。

 そして、優しく撫でてくれる、おばあちゃんの大きな手。


 人間の手って、暖かくって優しくて気持ちいいから好き!


 最初は警戒していたネコも、少しずつ心を開いていった。

 おばあちゃんの膝の上で丸くなるのが、一番安心できる場所になった。おばあちゃんが編み物をしているそばで、うとうとするのが好きだった。

 おばあちゃんが「タマ」と呼んでくれる声が好きだった。


「にゃあ」


 おばあちゃんが笑うと、なんだか胸のあたりがポカポカして、自然と尻尾が小さく揺れた。これが「幸せ」ってやつなのかな。ずっと、ここにいたいな。

 ネコは初めて、生きることに意味を見出した気がした。


   ***


 穏やかな日々は、永遠には続かなかった。


 ある朝、いつものように「おばあちゃん、起きて」と顔をすり寄せても、おばあちゃんは目を覚まさなかった。冷たくなっていた。


「にゃあ? おばあちゃん?」


 ネコには、何が起こったのか理解できなかった。

 ただ、いつもと違うことは分かった。

 何度も鳴いてみた。

 体を擦り付けてみた。でも、おばあちゃんは動かない。返事もない。


 お腹が空いて、体が震えてきても、ネコはおばあちゃんのそばを離れられなかった。独りぼっちの部屋で、ただひたすら鳴き続けた。助けを呼びたかったけれど、ネコにはその術がなかった。


 時間が経つにつれて、部屋の空気が変わっていくのを感じた。おばあちゃんの匂いが、少しずつ、知らない匂いに変わっていく。それでも、ネコは寄り添い続けた。


 おばあちゃん、怖いよ……。

 おばあちゃん、どこにも行かないで……。


 やがて、鳴く力も尽きて、ネコは冷たくなったおばあちゃんの腕の中で、そっと目を閉じた。


 おばあちゃん……どこ……。


   ***


 気がつくと、また、あの白い部屋にいた。

 ぼうぜんと立ち尽くすネコの魂。


 また……ここか……。


 でも、今度は何かが違った。

 部屋の向こうに、優しい光を放つ魂が見えた。見覚えのある、温かい気配。


「……!」


 ネコの魂が一瞬、固まった。

 次の瞬間、まるで何かに突き動かされるように、その魂に向かって駆け寄るように跳んだ。


 そして、ありったけの想いを込めて、鳴いた。

 寂しかったこと。怖かったこと。会いたかったこと。

 そして、ありがとう、と。

 言葉にならない、魂の叫び。


「みゃーーー! みゃーーー! うにゃん! うわぉん、おんおん!」

「みゃー! みゃーみゃーみゃーみゃー!!」


 身体中震わせシッポがちぎれそうな勢いでブンブン振っている。


 いつまでも鳴き続けるネコの魂を、おばあちゃんの魂が、ふわりと優しく包み込んだ。穏やかな、慈しみに満ちた微笑みが見えた気がした。

 言葉はなくても、確かに二つの魂は再会し、通じ合っていた。


「……魂って、こんなに……温かいものなんだ…」


 私は、思わず呟いていた。胸が熱くなって、視界が滲む。隣を見ると、串伊那陀姫くしいなだひめもそっと目元を拭っていた。神様は、いつもの飄々とした表情を少しだけ崩して、静かに頷いていた。


 やがて、ネコとおばあちゃんの魂は、寄り添うようにして、さらに柔らかな光の中へと昇っていった。きっと、穏やかで、温かい場所へ行くのだろう。


   ――今回付与されたスキルは……

   《SSS級スキル:運命の出会い「いつも一緒」》


   ***


 「もうっ!! SSS級とかあるなら最初から出しなさいよ!!」

 目を擦りながら鼻声で呟いた。


「ふぅ、一件落着、じゃな」

 神様が、いつもの調子で言った。


 私は、二つの魂が消えていった方向を、まだ見つめていた。

 魂は巡る。

 何度も、何度も。

 でも、あの短い時間の中で確かに結ばれた絆は、きっと消えない。そう思えた。


「……大変だったけど、良かったですね」

「うむ。しかし、山田くん」

 神様が、ニヤリと笑う。

「人間以外の魂は、時にこういうドラマを生むからのう。……次は、もっと手強いのが来るかもしれんぞ?」

「ええっ!?」


 隣で串伊那陀姫くしいなだひめがくすくす笑っている。

 ……私の女神としての日々には、まだまだ困難が待ち受けているらしい。

 主にタイミングが悪いスキルガチャのせいじゃないのと思いつつ、お茶請けのせんべいをほおばった。ああ……しょっぱいなぁ。


          ―― 第7話 おわり ――


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