いつも一緒だった。熊のぬいぐるみ。
あたしはそのぬいぐるみを「クマたん」と呼び、どこにいくにも抱いて出掛けていた。そんなこともあり、すっかりボロボロになってしまったそのぬいぐるみを、ママは「新しいのを買ってあげるから捨てましょう」と言って捨てられそうな事もあったのだけれど、その度に押入れに隠していた。
だって、クマたんはクマたんだけなんだもん。
小学校、中学校……高校時代を経て、いつまにか「クマたん」とお話をしなくなっていた。汚くなったクマたんが嫌いになったわけではないの。ただ子供時代の慌ただしい時間の流れの中でいつのまにか……、そう、いつのまにかなのよ。
今年、東京の大学への入学が決まり、沖縄から東京で一人暮らしをすることに。引っ越しの準備で、持って行く荷物を整理していたら、押入れの奥からクマたんが出てきた。
わぁ……懐かしいな、クマたん……。
腕が取れかけてて、プラスチックの目も随分とくすんだ色をしているけど、幼かった頃、いつも一緒でお話していた記憶が蘇る。
くーまたん! あーそぼっ!
あの頃は、こんな感じで腕を掴んでお庭で遊んでたっけ。砂遊びで汚れたりもしたけどね。
久しぶりに、ぎゅっとクマたんを抱きしめてみた。うふふ……。
◯ 飛行機事故(鹿児島県の坊岬沖)
あたしはその日、大学に通うための一人暮らしを始めるため、飛行機で東京に向かっていた。
クマたんを抱いたまま寝ていたのだけれど、気がついたら、飛行機は急降下をしているのを感じた。
――ダァァァァァァン!
強い衝撃とともに、機内は中央から真っ二つに割れ、海水が入ってきた。
あっという間に機内は海水で一杯になり、乗客もキャビンアテンダントのお姉さんたちも外に出た。
「飛行機が沈むぞ! 離れろ!!」
誰かが叫んでいた。意味がわからないまま、あたしも飛行機から離れた。もちろんクマたんも一緒に……。
* * *
何時間が過ぎただろう、1人……また1人と、海の中に消えていった。
あたしも、限界が近かった……。薄れゆく意識の中でかすかな声が聞こえてくる……。
かおりちゃん……かおりちゃん……。
クマたん? クマたんなの? あたし、死ぬのかな……。
◯
温かい光につつまれていた……気がついたら、視界すべてが白かった。目が見えているのか、それとも……。
「ようこそ、異世界転生の待合室へ。ここは迷える魂をあるべき世界へ導く為の——」
「ここは……? あっ、クマたんがいない。海の中で手を離しちゃったから……」
定番のセリフは、いつものように最後まで言わせてもらえない……。一度くらいは最後まで女神のセリフを言わせて欲しいと思う女神山田であった。
「ん、コホン。あなたは不幸な飛行機事故で死にました」
気を取り直して、女神らしい事を言わなきゃ……。
「やっぱり……」
「ここは迷える魂を、あるべき世界へ導く為の場所なのです。生前あなたは大学に行って、すばらしい人生が今まさに始まろうというタイミングで、不慮の事故にまきこまれてしまいました」
「導くって……また人間に生まれ変われるのですか?」
「えぇ、そうです。不慮の事故には神様からの配慮で、もう一度人生をやりなおしをさせてもらえます。そこで……」
「あの……やり直せるのなら、また沖縄で……。クマたん……、おじいやおばあに会いたい」
「その願いを叶えてさしあげたいのですが、同じところへ転生すると、運命の強制力でまた同じ事故に会ってしまいます」
「そうなんですか……」
「あっ、でも気を落とさないでください。別の世界なら1つあなたの望みを叶えてあげる事が出来るかもしれませんよ」
ゴトッ……。「職業選択の不自由」ガチャをかおりちゃんの前に差し出す。
「この機械であなたの望む世界と、職業になる為のスキルを授けます。さあこのレバーをまわしてください」
「あのっ、あのっ、べ、別の世界って異世界ですか? あたし、小さい頃から憧れていて、あの……『魔法少女』になってみたいんです!!」
「あらあら、お可愛いこと……。山田さん、その願い叶えてあげましょうよ」
さっきまで居なかったのにいつのまにか、姫(
「ほっほっほ、さあかおりちゃん……まわすのぢゃ! 想いを込めて!」
か、神様まで!? すっとぼけちゃってもうっ。私知らないから!
ガラガラガラガラ、ポンッ!
「では、あなたに付与されるスキルは……」
ファァァァァァァァ……。さて、どんな能力?
《聖なる光ホーリーライトニング「すべてのものに光あれ」》
「えっ?」(困惑する、かおりちゃん)
「えっ?」(同じく困惑する、女神山田)
「ええええぇぇぇぇ!? 魔法少女わぁぁぁぁ?」
「ああっ、女神さまぁぁぁぁ」
有無を言わざす、かおりちゃんは異世界へ!!
次回は、異世界で魔法使いになるかおりちゃん……希望していたアークウィザードになれるのだろうか(希望と違う)……さて!?
―― つづく ――