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第15話 異世界の受付係は大忙しです

「はい、次の討伐報告はこちらへ! 報酬は魔石の大きさと種類で変動しますので、お待ちくださいね!」


「おい、ねーちゃん! エールまだかよ! 喉がカラッカラだぜ!」

「リリカ、そこの依頼書、冒険者ギルドへの伝言急ぎよ! 王都からの伝令が待ってる!」


 ギルドの中は、朝から晩まで怒号と活気に満ちていた。


 焦げた肉の匂い、汗臭い冒険者の体臭、インクと古い紙の匂い。ありとあらゆる匂いが混ざり合い、私の鼻腔を刺激する。

 カウンターの向こう側では、常に誰かが声を荒げ、食事をかき込み、依頼書をぶつけてくる。


(――う、うわぁ……。本当に、てんてこまいだわ……!)


 私がギルドの受付嬢「リリカ」として働き始めて数日。

 ここ数日のギルドは、急に活気づいた。本当に尋常じゃないレベルで。

 王都からの伝令や帝国の使者がひっきりなしに情報を持ち込み、街道を荒らす魔物の討伐依頼が山積み。駆け出しの冒険者からベテランまで、ひっきりなしにギルドを訪れるものだから、私たちは休憩する暇もなかった。


「ちょっと! 回復ポーションの在庫が足りないんだけど!? 森で大怪我人が出たって話、聞いてるわよね!?」

 カウンターの向こうから、顔に泥と血をつけた魔法使いの女性冒険者が苛立たしげに叫んだ。


 私は反射的に最高の笑顔を浮かべ、彼女に語りかけた。

「申し訳ありません! ただいま倉庫を確認しておりますので、もう少々お待ちください! 負傷者の方を先に食堂のベッドへ運び、別の者が応急処置にあたっております!」


 私の隣では、エレン先輩が素早く帳簿を繰りながら、他の冒険者と交渉している。

「このクエストはすでに満員です! そちらのランクではまだ早すぎますから、まずは別の依頼からお願いします!」

 ベテラン受付嬢の彼女も、額に汗を浮かべながらも、的確に仕事を捌いている。本当に尊敬する。


 その時だった。ギルドの入り口のドアが乱暴に開け放たれ、一人の男が怒鳴り込んできた。彼は背が高く、岩のような体躯で、顔には荒々しい髭をたくわえている。腰には巨大な両手剣をぶら下げていた。


「おい、そこの受付嬢! ちんたら仕事しやがって! 俺の依頼、いつまで待たせやがるんだ!?」

 その男は、真っ直ぐ私に向かって突進してきた。彼の眼は血走り、周囲の冒険者も思わず声を潜める。


(――えっ、私!?)


 彼の怒りの矛先が、一気に私に向けられた。男はカウンターに手を叩きつけ、私の顔をギロリと睨んだ。

「てめぇ! こんなところでヘラヘラ笑ってんじゃねぇぞ! 早く俺の報告を処理しやがれ! そうじゃねぇと、このクソギルド、ぶっ壊してやるぞ!」


 男の言葉と、その威圧感に、私の心臓がドクリと跳ねた。市役所にいた頃も、理不尽なクレームをつけられることはあったけれど、こんなにも露骨な暴言と暴力的な威圧は初めてだ。恐怖で体が硬直する。


(――どうしよう、どうしよう……!)


 冷や汗が背中を伝う。一瞬、怒鳴り返しそうになる衝動に駆られたけれど、私は市役所時代の経験でそれを抑え込んだ。怒っている相手には、まず誠意を見せること。

「も、申し訳ございません! 大変お待たせしてしまい、誠に――」

 私が頭を下げようとした、その時だった。男の大きな手が、私の胸ぐらを掴もうとカウンターを乗り越えてきた。

「黙れ! 言い訳は聞き飽きたんだよ! この――!」

 手が迫る。私は思わず目をつぶった。


 その瞬間――


「そこまでだ」


 低い、けれどもはっきりと響く声が、ギルドの喧騒を切り裂いた。男の手は、私の胸ぐらを掴む直前で、ピタリと止まっていた。恐る恐る目を開けると、男の腕が、力強く掴まれているのが見えた。


「――なんだ、お前は!?」

 男が振り返る。そこに立っていたのは、一人の少年だった。


 彼はまだ十代半ばに見える。背は私より少し低いぐらいで、細身。けれど、彼の眼差しは鋭く、まるで獲物を捉えた鷹のようだった。色素の薄い髪が、ギルドの薄暗い光の中で、どこか神秘的に見えた。


「彼女は受付嬢だ。貴様が言いがかりをつける相手ではない」

 少年は淡々と言い放つ。しかし、その声には確固たる意志が宿っていた。

 男の腕を掴むその手は、見た目以上に力強く、男は呻き声を上げた。


「くそっ、離せ! このクソガキが!」

「無理強いはするな。お前の報告が遅れているのは、お前自身が依頼を放り出したせいだろう。規則くらい読め」

 少年の言葉に、男は口を閉ざした。男は苛立たしげに少年を睨みつけた後、舌打ちを一つして、ギルドの奥へと去っていった。


 ギルドの中が、シン、と静まり返った。

 私は呆然と、私を救ってくれた少年を見上げていた。


「あ、あの……ありがとうございます……!」


 私が絞り出すように感謝の言葉を述べると、少年は掴んでいた腕を離し、私をちらりと見た。その眼差しはクールなままだが、どこか私を気遣うような色が混じっているように見えた。


「気にするな。……それより、早く処理しろ。俺の依頼はまだか?」


 少年は、そう言って、私にクエストの依頼書を差し出した。

 その時、私は、彼の顔に、どこか見覚えがあるような気がした。


          ―― つづく ――

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