何もかもが手遅れだった。やる気が起きないものだから、ずっと部屋に籠って仕事とネット三昧の日々。外出も必要最低限な食事の買い物くらいしかしなくなっていた。
そうなると当然のように容姿を気にしなくなり、何もかもがだらしなくなる。気力も失せる。負の無限ループ。
それが異界転移させられた勇者候補の男から感じた第一印象だった。いや、直接その男から話を聞いたのでも、脳からイメージを吸い出したのでもない。人は見た目で十割わかる。特にこの手の男はね。
私も同時代の日本でサラリーマンをしていたのだけれど、ギリギリのところで理性を保っていたからわかる。ちょっとばかし世界線に揺らぎが生じていたら、あれは私だったかもしれないのだ。
本当に恥の多い人生を送ってきました。
「ここは、剣と魔法の異世界か!? 俺、勇者なのか? いやっほう!」
さすが日本の引きこもり成人男性、この手のものへの理解が早い。
「それでは召喚も済んだ事だし、魔王討伐への旅の準備をしましょうか」
私は嫌々ながらも、与えられた役割を淡々とこなそうとするのは、サラリーマンの頃からの性なんでしょうね。今度は聖女として旅に同行するのだけれど、私なにも出来ないのに、ほんとに一緒に行く意味があるのかな?
「おっ? お前その格好は聖女だな! 俺に惚れンなよ? なんてな。準備ってあれだろ? 王様に装備と路銀をもらって、ギルドで俺のステータスを確認したりとかそういうのだろ。さっさと行こうぜ」
「ホッホッホッ、さすが適正日本一ぢゃのぅ。これは期待が出来そうぢゃのう」
ほんとかなぁ? ものすごおく心配なんだけど。私も割と似たような部類の人間に近いから、なんとなく分かるのだけれど、「ビッグマウス大魔王(比喩)」な予感がする。
「俺の名前は『としあき』ってんだ。よろしくな。まずは魔剣がほしいな。あるんだろ? 勇者にしか装備できないそういうのがさ」
「私は『アリシア』よ。よろしくね。まずは適性を確認しなければいけないから冒険者ギルドに顔を出しましょう」
「おっ、そうだな」
「それでは司祭さま、私たちはこれから出発の準備を整えてきます」
「ホッホッホッ、今回は王様はスルーでいいぞ。ほら路銀だ、受け取るがいい」
ずた袋一杯の金貨でもくれるのかと思ったが手渡しで金貨三枚……。ほんとこの神様適当なんだからあ。でもきっと何か意味があるんだろうな。今までの転生者たちがそうであっように。
私と勇者としあきの二人は、教会の大聖堂を出て、王都のメインストリートにある冒険者ギルドに向かって歩き始めた。大聖堂は王都の東の端にあるので、ギルドまでは結構な距離がある。露天の色とりどりの果物や、珍しい小鳥や小動物のカゴ、そして……
「……!」
「おい! アリシア! あれ、あれ! マンガ肉が売ってる! 食おうぜ!」
「えーダメダメ、司祭さまからもらった路銀がたったの金貨三枚なのよ? 買い食いなんかしていたらあっという間に野宿になっちゃうのよ? まずはギルド、いいね?」
「ちぇ、つまんねーの。アリシアってなんだか日本のうちのねーちゃんそっくりだ」
「えっ……」
私は日本では男だったんだけどなあ。すっかり女の子になってしまったのだろうか。
「と・こ・ろ・で! としあきくんさあ、どうみても十六歳くらいの少年に見えるんだけど、私より年下よ? 敬語とまでは言わないけど『おい』とかはやめてくれないかなあ?」
「アリシアって何歳なん?」
「えっ、私は……」
そういえば何歳の設定なんだろう。うっかりしていた。日本にいた頃の実年齢は二十五歳だったから、それでいいかな?
「二十五歳よ」
「なんだ、オバサンじゃないか。もっと若いお姉さんだと思ってた」
しまったぁぁ。自分じゃよくわからなかったけど、もしかしてピチピチの二十歳とかだった?
「ちなみに俺も二十五歳だ。転移時に若返りしてしまったのかな? 大学を卒業して就職したがずっとリモートワークで家から殆ど出ていない。あ、仕事はきちんとしているぞ。それ以外はずっとネット三昧さ。あ、こういう時は日本の話をしても聖女さんにはわからないか」
「ふふん! 聖女さまをあなどってはいけないわよん。何人も日本からの転移者を見てきているんだからねっ!」と、いう設定にしておこう。嘘は言ってないわよね。転移者は初めてだけど、転生者は何人も見てきているし。
「ふーん、そうなんだ。じゃあさ、この見かけの年齢差ときたら……わかるかな? おねショタああああ」
「ぶーーーーーーっ!」
「うわ、きったねええええ」
思わず吹いてしまった。まさかの腐……いやいや、そのワードが出てくるとは。しかしやっぱりネットジャンキーだったか。見るからにアレな容姿だったからなあ。
―― つづく ――