勇者が覚醒した。
異世界(日本)からの転移勇者としあき。適正不明、スキル不明、ランクが最低のFランク。そんな勇者が覚醒した。
そう、それは突然に。
今となっては、少しくらい凹んでいてくれた方がまだ良かったのかもしれないと思う程に……。
ふとしたきっかけで魔法の使い方のコツを掴んだ。あの焚き火を囲んで夕食を食べながら談話していたあの日から、世界は大きく変わった。
思いつくままに言葉(日本語及びそれに付随するオノマトペ)を発するだけで、迫りくる魔物を一瞬にして消し去る程の強力な魔法……いや、これは魔法なのだろうか。
「はっはっはっは! 勇者としあき参上!」
実に、ふてぶてしい態度。
もともとがビッグマウス大魔王だったので、確かな実力を伴った時、こいつは手のつけられない「災害級の魔王」といえるかもしれない。
もはや魔族が気の毒に思えるレベルで。
「土よ、火よ、雷よ! 原子のレベルでの改変を要求する。次元と次元の間にゆらぎし闇の力を収束し、迫りくる脅威をなぎはらえ! 重金属粒子びーーーーーーむッ!」
――チュン!
ドォォォォォォォン! 眼の前にいた魔族軍が一瞬で灰燼に帰した。
勇者としあきは、物理法則までもあやつり、改変して操作する術を手にしたのだ。
言葉の1つ1つが、事象を操り、時空を歪め、なにもない空間から、エレメントを合成、分離。
もはや精霊や魔力を介した魔法術式など及びもしない。即死チート級の危険なチートスキルだ。
言葉……、事を放つ、唇から発せられるその音は、事象を操作する命令を放つもの。勇者としあきは、厨二的言葉を操るのにこれ以上適任者はいないだろうというレベルで、頭でっかちだった。
神様の言葉――
(……『魔王討伐に最も適正があると思われる、現代日本人勇者候補というのが……少々性格に難があってぢゃな。その、討伐の旅にアリシアさんも冒険者聖女で監視役として、同行してもらいたいんぢゃよ』……)
意味がやっと分かった。そういう事だったのだ。しかし、私が聖女として同行する意味が、未だわからないまま。
* * *
――チュン、チュン、朝チュン
「……!」
ハッとした。
長い長い夢を見ていたような気がする。寝汗でびっしょりになっていた。
周りを見渡してみると、昨晩急に魔法が使えるようになってはしゃいでいた勇者としあきが、私のふとももに顔をうずめて寝息を立てている。
焚き火の向かい側には、寄り添って眠っているアリサとベルンハルト。
そうか、昨日……勇者としあきがスキルを発動出来たのを喜んで大騒ぎして、疲れて寝落ちしていたんだった――
――すると、あれは夢!?
なんとも不吉な夢を見たもんだ。
勇者としあきが制御不能な危険なスキルで暴走した場合の事など、これっぽっちも考えていなかった。
でも、よかった……。
勇者が増長する前に、こんな夢を見て。「勇者が暴走しないように、気をつけよう」と、そう思った。
さて、今日は勇者としあきに色々と試してもらいましょう。
―― つづく ――