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*8* 暴かれる秘密

 午前中はFランクのモンスター討伐クエストで、ノアの魔法のレッスン。午後はポーション作り。


 それが毎日のルーティンになって、早くも10日がたった。


「50本か。たくさん作ったなぁ。そろそろ買い取りしてもらいに行かないと……ふわぁ」


 宿の客室にある簡易的なキッチンで、一晩寝かせたポーションの瓶詰めとラベリングをしながら、あくびが止まらない。


 魔力をごっそり持ってかれるので、1日の最後にポーションへ仕上げの治癒魔法をかけ、そのまま寝落ちする流れで、うまいことやってきたつもりだ。


 でも最近、やけに眠いんだよね。油断してたら日中もウトウトしちゃうし。ハッ、わたし、夜中に呼吸止まってたりしない!?


「なぁんて、あはは。眠いだけで具合が悪いところはないし、眠りが浅いだけかな? なんか毎日夢を見てる気がするけど……思い出せぬ、うぅむ……」


 とかなんとかひとりごとを言っているうちに、ふわぁあ……とまたあくびが。


「いかん、めっちゃ眠い、たるんどるぞ……起きんか、リオ!」


 ばちんっ!


 ビンタした両ほほが、じん……と熱を持つ。我ながら痛い。


「もっかい顔洗ってくるかぁ…………うわぁっと!?」


 バスルームへ向かおうとすると、ドアノブに手を伸ばしたところで、ものすごい勢いで内開きのドアがあけられた。


 飛びのくわたし。危機一髪だった。


 ちなみに犯人といえば、おなじ部屋に宿泊してる子はひとりしかいない。


「ビビッた! 朝っぱらからめちゃくちゃビビらせるじゃんかよ、ノアくんよう……!」


 ドアを開け放った姿勢で沈黙していたノア。


 そのサファイアの瞳が、すっかり腰を抜かして床にへたり込んだビビリを映した。


「今朝もおねぼうさんでしたね。おはよ……へっ?」


 それからは、一瞬のことで。


 気づいたら、ぎゅうううっと苦しいくらいにハグされていた。


「……どこか、行っちゃったかと……」

「キッチンには来ましたが……?」

「起きたらいないんだもん! 俺の知らないとこに、行っちゃったのかと……捨てられたのかと、思って、俺っ……」


 ノアは朝に弱い。起こすのも悪いからって、先に起き出して身支度をすませるのは、なにも今日に始まったことじゃないんだけど。


「ねぇノア、嫌な夢でも見た?」


 小刻みにふるえる肩に手を起き、そっと視線を合わせてみる。


 サファイアの瞳から、ボロボロと大粒の雫がこぼれ出した。


「……ううん。うれしい、夢。しあわせすぎて……怖くなって」


 ノアがこうして泣き出すのは、はじめてじゃない。


 この宿をとったはじめのころ、夜中にちょっとのどが渇いてベッドを抜け出しただけで、いかないで、すてないでって、泣きじゃくられたほどだ。


 ささいなことで不安でたまらなくなるくらい、深い傷を、こころに刻まれてるんだと思う。


 これまでノアがどうやって生きてきたか、過去になにがあったのか、わたしは知らない。


 無遠慮に踏み込むべき領域じゃないから、ノアが話してくれるまで待つ。


「うれしいことなら、よかったね。怖がらなくていいんだよ」


 腕を回して、背をさすっているうちに、落ち着いてきたのかな。


「……うん……でも、夢より、こっちのほうがいい……あったかくて、リオのにおいがする……」


 わたしの首すじに顔をうずめたノアが、すぅ……と息を吸い込んで、ホッとしたようにまぶたを下ろした。


 よかった。肩のふるえもおさまったみたい。


「ごめん……いきなり、泣きついたりして。情緒不安定すぎるよね」

「こーら。謝ったりしないの。悪いことなんかしてないんだから」

「……ん」


 すこしからだを離して、ばつが悪そうに視線を伏せていたノアも、手足の強ばりを完全にほどいて、こくりとうなずいた。


「ね……リオは、俺のこと、嫌いにならない?」

「ならないよ。ノアを置いてどこかに行ったりもしない」

「そう……そっか」


 噛みしめるようにつぶやいたノアが、くしゃっと笑って、まぶしそうな笑顔をわたしに向けてくる。


「……寝汗かいちゃったから、着替えてくる」


 気恥ずかしそうなその表情のほうがまぶしいんですけど、なんて憎たらしいことを思ったのは、内緒ね。



 ──そんな鈍感なわたしが、ノアが不安がっていた理由を思い知ることになるのは、そのすぐ後のお話。



  *  *  *



「きゃーっ! 雨だ! 走れ走れーっ!」


 悲鳴を上げながら、灰色の空の下を爆走する。


 冒険者ギルドでポーション50本と引き換えに1万ゴールドを手に入れて、今日のランチは奮発してステーキでも食べようかと思ってた矢先にだよ。


「うぅ……まさかすぎる……雑巾か、雑巾コントができるぞ……」


 ひぃひぃ言いながら避難した路地裏の軒下で、しくしく泣きながらワンピースの裾を絞る。


「降りはじめたと思ったら、あっという間だったな……」


 ノアも並んで壁にもたれて、ため息をついた。


 人目が気になるノアに、おさがりで黒ローブをあげたんだけど、フードを脱いで濡れた前髪を掻き上げる仕草が、なんともサマになっている。


 これぞ、水もしたたるいいイケメン。


 おなじ人間のはずなのに、わたしとはえらい違いだ。なんかちょっとくやしい。


「ちょいと。そこのお嬢さんや」

「はい?」


 まったく予想外の方向から呼ばれたのは、そんなときだ。


 よくよく目をこらせば、薄暗い路地裏の奥でパラソルをさし、広げた絨毯の上に座り込んだ、いかにも『魔女』っていでたちのおばあちゃんがいた。


「おまえさん、ツイてるよ。アタシみたいな凄腕占い師のお目にかかれたんだからね」

「それは、光栄です……?」

「雨宿りの暇つぶしがてら、占ってやろうじゃないか。たったの2,000ゴールドぽっちだよ」

「胡散くさいな……ただのぼったくりじゃないか?」

「しっ……! 思ってても声に出さないの!」


 あからさまに怪訝な顔をするノアのお口をチャックする。


 大丈夫。わたしもそういう危機察知能力はちゃんとしてるから。壺とか買わされそうになったら丁重にお断り申し上げるから。


「おや、信じてないのかい? いいさ、そんなら、そっちのぼうやはタダで見てあげようじゃないかね。はっ……きぇぇいッ!」


 おひざにのせた水晶玉へ両手をかざし、くわっ! と目をかっ開くおばあちゃん。


「むむ……んむむぅ……みえる、視えるよ……ぼうや、女を心底嫌ってるね」

「……だったらなんだよ」

「興味深い、興味深いねぇ……女嫌いのぼうやが、なんでまたこっちのお嬢さんにどっぷりと入れ込んでるのか」

「あの、おばあちゃん、もういいですから」


 これはまずいな、と直感した。


 お代をわたしたら、満足してもらえるだろう。


 でも、ふところに手を入れたときには、もう遅くて。


「あぁ、そうか……そうなのかい。ぼうや──おまえさん、ね?」

「……ッ!」

「え……?」

「必死に人間のフリをしてるみたいだけど……翼が、黒い翼が視えるよ……人を惑わす、悪魔のたぐいだね。ふむ……それも、はぐれ悪魔か……」

「うるさい……黙れ黙れ黙れッ!」

「ノアっ!?」


 ガッと壁を殴りつけたノアが、雨空のもとへ飛び出していく。


「ノアっ……待ってノア、ねぇっ!」


 お世辞にも運動神経がいいとはいえないわたしの足じゃ、男の子のノアには追いつけない。距離はひらくばかりだ。


 だけど遠ざかる背を完全に見失ったら、取り返しのつかないことになる。


 そんな気がしてならなくて、もう夢中だった。


「風よ、わたしの背を押して──『エリアル』」


 これは、わたしが唯一使える中級風魔法。


 身体能力を一時的に高める、補助魔法だ。


 ヒュオウッ……


 吹き抜けた風に後押しされ、にび色の街を飛ぶように駆けた。


 たちまちに縮む距離。


「……つかまえたっ!」


 ぱしりと、伸ばした右手は、届いた。


 サァ──……


 霧雨に打たれながら、しばらく立ちつくす。


 もやがかかった世界には、わたしたちしかいないみたいな感覚になった。


「…………リ、オ」

「かえろう」


 か細くふるえる声をさえぎる。


 なにも言わなくていいから。


「帰ろう、ノア」


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