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*16* 蜂蜜色の瞳の青年

「こちらが、『ギルド認定薬術師』ライセンスとなります。紛失の際は、再発行料金が発生いたしますので、ご注意ください」

「はいっ、わかりました。ありがとうございます!」


 冒険者ギルド1階フロア、専用窓口で、ハートに翼が生えたデザインのゴールドバッジを受け取る。


 これが、ひとびとの命を守る特別な薬術師の証。


 糊のきいた真新しいテディブラウンのローブの左胸で、つつましくも凛と輝く光に、背すじが伸びる思いだ。


「では早速、現在『ギルド認定薬術師』向けに募集されている魔法薬販売のご紹介なのですが……リオさま、もしよろしければ、こちらの案件をおねがいできますでしょうか?」


 ライセンス発行受付のときに、お仕事の紹介もしてくれないかお願いしていた。


 それでピックアップしてくれたんだろうけど、1枚の文書を差し出すギルドスタッフのお姉さんの表情は、どこか煮えきらない。


 気になるそのお仕事内容を記載した書面に、さっと目をとおしてみるけど……


「『ブルームの街での魔法薬納品』──ブルームって、ここから北西へ行った街ですよね? たしか、馬車で数日かかる距離だったような」

「馬車や道中の宿泊費用など、諸費用は冒険者ギルドにて負担いたします。実はこちら、至急の募集案件となっておりまして」

「……なにか、起きているんですか?」

「2週間ほど前から、モンスターの侵入が頻発する現象が見受けられるようになりまして。さいわい、一般市民への被害はございませんが、討伐にあたった冒険者を治療するための人員ならびに物資が、不足している状況とのことです」

「なるほど」


 お姉さんが渋る理由が、わかった。


 つまり、モンスターがうようよいる危ないところに、わたしみたいなひょろひょろ薬術師を送るわけだからね、そりゃ心配にもなるわ。


 だからって、怖気づくのは違うでしょ。


「その依頼、お受けします」


 だってわたしは、薬術師なんだから。


 傷ついているひとがいるのに、見て見ぬふりなんてできない。


「すばらしい! その勇気と深い慈愛に、感動いたしました」

「え……?」


 ふいに、背後から聞き慣れない声が。


 ふり向くと、わたしより頭ひとつ分は背の高い青年が、たたずんでいた。


 ミルキーホワイトの髪は、ふんわりと軽くうねったセンターパート。さらけ出されたおでこがなんともまぶしい、いわゆる美青年だ。


 スッと鼻筋が通っていて、どちらかといえば繊細な顔立ちなんだろうけど、軟弱な印象は受けない。


 それは、柔和なほほ笑みをわたしに向けてきた彼から、どこか只者ではないようなオーラが感じられたからなのかもしれない。


「……あなたは?」

「これはこれは。レディのお話をお邪魔した上に名乗りもせず、ご無礼を」


 そういって、突然あらわれた謎の美青年は、わたしに向かって恭しく頭を垂れてみせる。


「僕はエリオル。エリオル・カーリッドと申します。どうぞお気軽に、エルとお呼びください」


 エリオル・カーリッド。知らない名前だ。


 でも、ひとつだけわかることがある。


 わたしもそうだけど、この世界で、平民の多くは苗字を持たない。つまり。


「貴族の方が、どうしてギルドに……わたしに、どういったご用件でしょう?」


 エリオルと名乗った美青年は、わたしの問いに、にっこりと笑みを深めるばかりで。


「モンスターの出没する危険な街へ向かわれるとのこと。ぜひ、僕も同行させていただけませんか? レディをお守りする騎士ナイトの役目を、拝命したいのです」

「ちょっ……ちょっと待ってください!」


 いくらなんでも、話が急すぎやしないか。


「エリオルさんが、見ず知らずのわたしにそこまでしてくださる理由が、わからないのですが……」

「見ず知らず……ね」


 そのとき、ほんの一瞬だけど、彼の瞳がまたたいた。


 猫のように妖しく光る、蜂蜜色の瞳──って、あれ。


「ふふ、おぼえていないのもしかたないでしょうが、僕たち、会ったことがあるんですよ?」


 輝く黄金の瞳を、わたしは、見たことがあるような気がする。


 あれはたしか、薄暗い路地裏で──


「ねぇ……『お菓子配りの魔女』さん?」


 耳もとに寄せられた唇が、そっとささやく。


 その瞬間、はじかれたようによみがえる記憶がある。


「あなた、まさか……っ!」

「思い出してくれましたか? うれしいです」


 やわらかい笑みを浮かべた美青年が、蜂蜜色の瞳をまぶしそうに細め、右手で掬ったわたしの髪のひとふさに、キスを落とした。


「ようやく見つけましたよ……僕の女神。あなたをさがしていたんです。『あの日』から、あなたを想わなかった日はありません」 


 あまいあまい声音が、わたしの思考を溶かすように、熱く染み入ってくる。



「──覚悟してくださいね? 僕を買わなかったこと、後悔させてあげます」



 わたしを映した蜂蜜色の瞳は、とろっとろに、蕩けて。



  *  *  *



「──というわけで、明日にはこの街を出て、ブルームへ向かうことになりました」


 カフェテリアへ戻り、『ギルド認定薬術師』としての初仕事を受けたいきさつを、ノアに説明する。


「新しい街でお仕事だね。わかった、すぐに準備するよ。それはそうと」


 ノアはひとつうなずいてから一変、キッと細めたサファイアの瞳を、わたしの隣へ向けた。


「なんで下の階に行って帰ってくるまでのあいだに、変な虫くっつけてきてるの」

「あ、あはは……これはちょっと、事情がありまして」


 ノアのいう『変な虫』というのは、わたしと肩を並べた人影をさした言葉だ。


 虫っていうより背後に薔薇とか咲かせてそうな、麗しいご尊顔の美青年なんですけどね。


「おや。いつの間にこんなぼうやまで手懐けたんです?」


 ミルキーホワイトの髪に蜂蜜色の瞳と、甘い色合いをまとった美青年が、わたしに向かってきょとん、と首をかしげてみせた。


「なんかそれ、語弊がありますよ、エリオルさん……」

「またそんな他人行儀に。エル、でしょう?」

「めっちゃグイグイきますね、エル……」

「ふふっ、あなたと再会できてうれしいんですよ、リオ」

「だから、あんただれだよ! 気安くリオを呼ぶなっ! あっち行けっ!」


 胸ぐらにつかみかかる勢いで詰め寄ってきたノアが、威嚇する。シャーッ! と全身の毛を逆立てた、黒猫みたいだ。


 でも威嚇されたエルは、あわてずさわがない。


「それは無理なおねがいですね。今回のご依頼、僕も冒険者ギルドから協力要請を受けての同行になりますから」

「は? なに言ってんの。意味わかんない」

「リオの話をきいていませんでしたか? モンスターが出没するブルームに、冒険者ギルドは治療師ヒーラーを派遣しています。それに合わせて、僕たちは救援物資の輸送をしているんです」

「まて。それじゃあんた、もしかして」


 ここまで説明されれば、ノアも理解したらしい。エルが、何者なのか。


「えぇ、わがカーリッド家は赤レンガ会──商団ギルドの、ちょっとしたえらいひとたちなんですよ。よくわかりましたね、ぼうや?」

「あのさぁ……こども扱いしないでくれる?」


 エルがほほ笑むほどに、ノアの眉間のしわが深くなっていく。


 ……これは、たいへんなことになりそうだ。



  *  *  *



 エリオル・カーリッド。通称エル。

 年はわたしのひとつ上で、19歳だそう。


 やわらかい乳白色の髪に、黄金の瞳。

 優雅な仕草のひとつひとつに目が惹かれる、甘い顔立ちの美青年だ。


 ……娼館街の薄暗い路地裏で出会い、『キャンディ』をあげたあの日から、1ヶ月。


 どこか冷めたまなざしをしていた彼に、この短いあいだで、一体なにが起こったんだろう。



「おむかえに上がりました。お手をどうぞ、レディ」

「はい、リオ。足もと気をつけてね」


 冒険者ギルドでエルと再会した翌日、長らく滞在していた街を出る。


 馬車に乗るとき、エル、ノアのふたりに手をさし出されたときは、どうしようかと思ったけど。


 すみません、リオさん、ひとりで乗れます。


 おむかえに来てくれた馬車は乗り心地最高なんだけど、居心地が悪くてしかたない。


 なんていうか、いたるところに導火線が張り巡らされてるっていうか。


 向かい合わせになったボックスシート。

 わたしの隣には、エルを睨みつけているノア。

 向かいには、終始にこやかでまったく動じていないエル。


 イケメンふたりが、なぜかバチバチと争っている。


 なんでこんなことに?


 内心泣きそうな心境に耐えているうちに、おひさまがお空の高いところまでのぼっていた。


「うぇ……」

「リオ、つらそう……あのヘラヘラ男とおなじ空気吸ってたからだよね? 大丈夫?」

「いや、ちょっと酔っただけ……酔い止めもってるから、大丈夫だよ……」


 天使みたいな悪魔のノアくんが、馬車を下りてうずくまるわたしの背を、心配そうにさすってくれる。


 何気に辛辣な言葉を吐きますね。だれにとは言いませんが。


 これが3日間続くんだってさ。わたし大丈夫? 耐えられる?


「馬車を止めてしまって、ごめんなさい……」


 急いでブルームの街に向かわなきゃいけないのに、怪我人を治療するための薬術師がダウンとか、笑えない。これじゃあお荷物だ。


「気にしないで。慣れない馬車の旅なら、無理もないことです。休める場所をご用意しましょうね」


 だけどエルは怒らない。それどころか、同行していた商団ギルドの部下さんたちにおねがいして、風通しのいい木陰近くに天幕を用意してくれたほどだ。


「ちょうどお昼どきです。馬たちもひと息つきたいでしょうから、ゆっくり休憩してくださいね」


 ここまでしてくれたんだもん、断るのも失礼だよね。


「じゃあ……お言葉に甘えて」


 スープとパンで軽く昼食をとり、自作の酔い止めを飲んだあとは、天幕におじゃまして横になる。



 1時間くらいは休んだかな。目が覚めると、ネイビーのローブにすっぽり包まれていた。


 ぎゅっとハグするみたいに、ノアに添い寝されてたんだ。これには笑っちゃったよ。


「んん……リオ、元気になった……? よかったぁ」


 ふにゃあ、とねぼすけスマイルの癒やし効果といったら。なんて有能な抱きまくらでしょう。


 酔い止めがきいたのか、頭もすっきりだ。これなら、午後は大丈夫そう!


 ぐぐ~っとのびをして、はりきって立ち上がろうとしたそのとき、ちょうど天幕の入り口を開けていたエルと目が合う。


「様子を見にきました。起きていたみたいですね。お加減はどうですか?」

「おかげさまでよくなりました! ご心配をおかけしちゃって……」

「いえいえ。休息も必要ですよ。これからまた出発しますが、その前に提案があります」

「は、はい、なんでしょう!」


 思わずかまえてしまったわたしをよそに、にっこりと、そりゃあもうまぶしい笑顔を浮かべるエル。


「僕と馬に乗りましょうか、リオ」

「ふぇっ? なんでまた……」

「乗りましょうね、リオ」

「へい」


 なんだろう。言葉遣いはすごくやさしいのに、有無を言わさぬ圧を、エルから感じた気がするのは。


 答えは、はいかイエスしか許されていなかった。

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