設問1。
目を覚ましたら自室のベッド。そこで甘いマスクのイケメンに添い寝され、開口一番に「おねぼうさんですね」とおでこにちゅーされたリオさんの心境を述べよ。
「……イケメン許すまじ」
結論から言うと、わたしは怒っていた。エルに好き放題されたからだ。
ほんと、エルはオーラ出すの反則だと思う。あの甘い香りの魔力のせいで毎回流されちゃってる。
わりと本気で、嗅覚だけ麻痺させる麻酔薬を開発しようと考えているところだ。
「決めた。安心したエルがヴァンさんのベッドのそばですすり泣いてる動画、ヴァンさんに横流ししてやる」
「え~? なぁに?」
「こっちの話だよ、ララ」
んで、なんやかんやあってエルから逃げ出した(今回は満面の笑みで見逃された)わたしは、ルウェリンの部屋にやってきていた。弟のお世話をしていたララもいっしょだ。
(これは往診、れっきとしたお仕事。断じて避難などではない!)
仕事終わりに、ヴァンさんへ例の
エルからプレゼントしてもらったロケットペンダントの記録機能で録画したものだ。墓穴を掘りましたね、エル。ヴァンさんに爆笑されるがいい。
とかなんとか内心せせら笑いながら、顔には出さない。治療はポーカーフェイスで。
何度でも言う。医療人は、患者さんの前で取り乱したりなどしないのだ!
「さて。今日もはじめますか。お注射が怖くて泣かないでねー?」
「失礼な。そんなことで泣いたりしません」
こども扱いされたのが不服だったのか。ベッドで上体を起こしたルウェリンからすかさず反論され、思わず笑ってしまったわたしだった。
* * *
意識をなくしたルウェリンを治療する最善の方法。それは、血中に残留する毒を取り除くことだった。
はじめに腕から採血をしたらそのまま針を留置して、やわらかいチューブでルートをつくる。それをベッドサイドに用意したガラス瓶とつないだ。
ガラス瓶には、中央に青い石がはめ込まれた水車みたいな仕掛けがある。この青い石が水の
その仕組みは、ルウェリンの腕につないだルートから、体内の血液をガラス瓶の中へいったん排出する。それにわたしの治癒魔法を照射して無毒化した後、ガラス瓶の中をカラカラと回る水車のはたらきで、ルウェリンの体内へ血液をもどすんだ。
イメージとしては、汚いものを取り除いて、きれいな血液だけをもどしてるって感じ。ガラス瓶の中は二層に分かれているから、毒の含まれた血液と、きれいになった血液が混ざることもない。
現代の感覚で言えば、血液透析ってところかな。ふつうだったら、手術をして透析用の
異世界での透析が上手くいくかどうか。治療を開始してから数時間後にルウェリンが意識を取り戻したことで、わたしの緊張は安堵に変わった。
「今日はここまで。大丈夫? 疲れてない?」
「僕は平気です。それより、僕につきっきりで、リオさんのほうが疲れてませんか」
抜針し、止血後の包帯を腕に巻いたときのこと。
ツンデレなルウェリンだけど、めずらしく眉を下げて心配してくれる。昨日は3時間、今日は2時間。この間ずっとルウェリンのベッドサイドで、血液に治癒魔法をかけ続けていたからかな。
一度に大量の血液を体外に排出するのは危険だし、少しずつ浄化していくとなると、ひたすら根気強く、時間をかけるしかないからね。
「大丈夫大丈夫。あと数回治療すれば、きれいさっぱり毒もなくなるからね。もうちょっとがんばろうね!」
「はい……リオさん。姉さん……ごめんなさい。お手伝いができなくて」
「やーね、お料理もお洗濯も、みんなでやってるから気にしなくていいわ。それより、昼食にしましょう? いっぱい食べて体力をつけて、はやく治しましょうね!」
「……はい」
「いいこね。待ってて、わたしの可愛いルル」
にこにことルウェリンに笑いかけたララが、ルウェリンの頭をひとなでして、足取りも軽く部屋を出ていった。
「だからルルじゃないです、ルウェリンです」って不満げな訂正が入るかと思ったけど、ララを見送るルウェリンの表情が、なんていうか……
「ルウェリン? どうしたの?」
14歳という年のわりに賢くて、手先も器用で、物言いも遠慮がないから、冒険者のおじさんたちに「生意気小僧」と呼ばれているルウェリン。
わたしに対してもわりと初対面から遠慮がなかったルウェリンが、ひどく感傷的な表情をしていたんだ。気にもなる。
「……あぁ、すみません。考え事をしていました」
「ララのこと?」
「やっぱり、わかります?」
「そりゃ、あれだけ姉さん姉さん言ってたらね」
「ですよね」
苦笑したルウェリンが、ふと視線を落とす。その手は、ぎゅっとシーツをにぎりしめている。
しばらく沈黙があって、ルウェリンが重い口をひらいた。
「リオさんだから、言いますね」
「うん」
「僕と姉さんがはじめて会ったのは、2年前のことなんです」
ララとルウェリンは姉弟だ。だからこそ、ルウェリンの言葉を理解するには、少し噛み砕く必要があった。
「僕の親は博打だとか浪費癖のある最低な人たちで、兄弟が何人もいましたが、みんなろくに食事も与えられていませんでした。それで、はたらきにも出せない、兄弟のなかで一番貧相だった僕が、口減らしのために真っ先に捨てられました。10歳のときのことです」
まだ幼い少年を襲った悲劇。それからルウェリンは、がむしゃらに生きてきたのだという。
だとするなら。ルウェリンが年のわりにおとなびていて、どこか達観していた理由って、もしかして。
「でも、路地裏でドブネズミみたいに生きる薄汚い僕を……姉さんが、見つけてくれたんです」
ルウェリンは語る。ララも天涯孤独の身だったと。
「家族がほしいの」と、しきりに話していたと。
そうして、ひとりぼっちだったルウェリンとララは、家族になった。
「どこか抜けてて、いつも笑顔で、底抜けに明るい姉さんを見ていたら、親への嫌悪感とか、憎悪とか、どうでもよくなりましたよ。そんなくだらないことより、姉さんのことを考えているほうがずっとしあわせだって、気づきましたから」
ブラウンの髪に、アクアマリンの瞳のララ。
一方でルウェリンは、ハニーブロンドの髪に、アメシストみたいな紫色の瞳だ。顔立ちだってまったく似ていない。
その理由は、血のつながらない姉弟だったから。
きっとララは、その慈愛とやさしさで、ルウェリンを守ってきたんだろう。ルウェリンも、それを痛いほど理解してるんだろう。
「姉さんが愛してくれてるのはわかります。でも、最近はそれが、もどかしいんです。僕はどうしたって、姉さんにとって弟でしかないから」
「ルウェリン……」
さすがのわたしも、ルウェリンがなにを言いたいのか、わかるよ。
「頼れる男になりたい。そう思ってたのに……姉さんのほうが、モンスターをぶっ飛ばしてやっつけちゃったんです。僕はなにもできなかった……笑っちゃいますよね」
「それは違うよ」
ルウェリンが無理に笑おうとするから、たまらなくなって、思わず声が出た。
「守りたいものがあったから、ララは強くなれたの。ルウェリンがいたからなんだよ。だから、ララが守ってくれたルウェリンを、ルウェリン自身が否定しないで」
「っ……」
はじかれたように見ひらかれたアメシストの瞳が、わたしを映す。
ルウェリンはぐっと唇を噛むと、うつむき、こぶしを硬くにぎりしめる。
「それにね、ルウェリンは、わたしも持ってない素敵なものを持ってる」
それはなんですか、と訊かれるのはわかりきっていたので、先手を打つことにする。
「ねぇルウェリン。恋をするって、どんな気持ち?」
「リオさんって、けっこうグイグイきますよね」
ルウェリンはそう言うと、
「抱きしめて、キスしたら、しあわせすぎて死んでしまうかもしれない。そんな気持ちです。実践はこれからですけどね」
って、冗談めかしながら、はにかんだ。