「リオ……んっ……ん」
戸惑っているノアのことはおかまいなし。なにかを言われる前に、唇で唇をふさいだ。
どれくらいそうしてたかな。ついばむようなふれあいを終えて顔をはなすと、ほほを紅潮させたノアが、ほぅ……とため息をついてわたしを見上げていた。
「リオから、キスしてくれるなんて……」
「ノア、さわるよ?」
「え……ひぁっ」
シーツをめくり、ばさりと放る。
そうしてベッドにひざを乗り上げたわたしは、右手を伸ばし、寝間着の上からノアの脚をなで上げた。
「ねぇリオ、どうしたの……あっ」
わたしがふれると、ノアはぴくんと反応する。感度は良好ね。よし。
「ノア……今日は、いつもよりいっぱいさわろうと思うの。いい?」
「リオが、さわってくれる……うん、いいよ」
期待のこもった表情で、ノアがうなずく。そうだよね、ノアはわたしを拒んだりしない。
「もっと、ちゃんとさわってくれなきゃ……いやだからね?」
今日もそう。この天使みたいな悪魔は、無自覚に、誘惑してくるんだ。
* * *
そういえば、『こういうこと』をするのは、何日ぶりなんだろう。
「んっ……ん……あっ」
ベッドに手足を投げ出したノアが、ぴくんぴくんとからだをはねさせている。
吐息をこぼす表情はとろけて、寝間着も盛大にはだけている。
となれば当然、色白の肩や胸もとがあらわになっていて、言ってしまえば……すごく、色っぽかった。
これがチラリズムってやつか。ある意味、全裸よりえっちなんじゃないか。……なにを考えているんだわたしは。
「ふふ……リオにさわられるの、きもちい、すき……しっぽも、さわってね」
しまいにはスペード型のしっぽをゆらしながら、上目遣いのおねだりをしてくるというね。
じぶんでおっ始めておいてなんだけど、こんなに無防備なノアを見ていると、心配になってくる。
「ねぇノア、大丈夫?」
「なにが……?」
「好き放題にからだを弄られるとか……いやだったら、ちゃんと言ってね?」
ふと冷静になってみると、これはわたしが、成人していない年下の男の子を襲っている構図だ。アウトだ。現代だったら犯罪だ。
要はわたしの中に残るアラサー女子のなけなしの倫理観が、土壇場で待ったをかけていた。
「えぇ……リオにさわられるの、いやじゃないよ……?」
「そうかもしれないけど、こう、イケナイことをしている気がしてならなくて……」
「んん……むずかしいこと、俺よくわかんない……」
「わぁあ、そうだよねぇ! ごめんね! 具合悪いのに、難しいこと考えさせて!」
かくして、こてんと首をかしげたノアくんを前に、アラサー女子撃沈。
「そうだよ、むずかしいことはどうでもいい……リオにさわられたら、俺はうれしいから……ね?」
「ノア……」
ぽっとほほを染めたノアに見惚れていたら、するっと、腰になにかが巻きついた。
うん……これはもしかしなくても、ノアのしっぽだ。
「はぁっ……ん、リオ……ぎゅってして……」
「わ……んむっ!」
のそりと起き上がったノアが、わたしに向き直り、しなやかな腕で首にすがりついてくる。
しっぽに腰をからめ取られているせいで、逃げられない。
そうしてわたしは、甘えたような声をもらして顔を近づけてきたノアに、まんまと唇をうばわれてしまった。
「んっ……ふ、あまい、リオのくちびる、あまいね……」
「ふぁあっ」
舌を絡められたかと思えば、じゅるるるっと唾液を啜り上げられる。
とたん、どっと力が抜けたのは、唾液といっしょに精気を吸われたからだろう。
「あっ……これだめ、きちゃう、リオっ……」
切迫した声をもらし、わたしにぎゅううっとノアがすがりついてきた直後。
「──ンッ」
白い背を反らして、ノアが絶頂した。
どうやら、わたしの精気を吸った快感で、達したらしかった。
「は、は……んっ、リオ……きもちい……」
ノアはちゅう、とわたしの唇に吸いつきながら、うっとりとした表情で、甘い余韻にひたっていた。
「はぁ……ふぅ……ちょっと楽になった。ありがとう、リオ」
しばらくして、呼吸をととのえたノアが、そう言ってはにかんだ。たしかに、顔に赤みが差しているけど。
「ノアは、それでいいの?」
「えっ?」
「まだ万全じゃないでしょ」
「そう、だけど……あんまりしたら、リオが」
「わたしのことは気にしないで」
上着を脱いでから、ブラウスのボタンに手をかける。
ぷつん、ぷつんとボタンを外すわたしの行動に、ノアが飛び上がった。
「リオっ、なにしてるの!?」
「いいから」
慌てるノアの肩を押して、ぽすんとベッドに沈める。
そして状況を理解できず硬直したノアに、またがった。
……ほんとはね、恥ずかしい。死にそうなくらい。
だけど、ノアのためだから。
「ノア、ひさしぶりに授業をしよっか。……女の子のからだのこと、教えてあげる」
大丈夫……わたしは、やれる。
「女の子のからだのことって……っひ!」
ノアがなにかを言う前に、ゆっくりと腰を下ろす。
声がひっくり返っちゃったノアだけど、わたしはなんとか悲鳴を噛み殺すことができた。
でもまぁ、その……うん。現状としては、心もとない下着一枚をへだてて、わたしのだいじなところに、熱くて硬いモノがふれてる状況なんですけど。
「こう、やってね、おたがいのきもちいところをこすりつけるのを、性交っていうんだよ、んっ」
「性交……リオも、きもちいの? っふ……俺のからだで、きもちよく、なってくれてるの?」
純粋な問いを投げかけてくるノアに、笑みを返す。答えなかったんじゃなくて、答えられなかったんだ。
下半身にじんと熱を灯す刺激に、気を抜いたら意識を持っていかれそうだったから。
「ノア……インキュバスっていうのはね、女のひとと、いっぱいこういうことをして、力をつける種族なの……だから、ね、わたしの精気、いっぱい食べていいからね……はぁっ、ん」
「リオ、だめ、それ以上動いたら……んぁっ」
少し腰を浮かせて、主張してきた熱の塊にぴったりとくっつくよう、位置を調整する。
大丈夫……ノアのためだ。わたしは、できる。
ここまで来て、いまさらもどれない。
「じっとしてて、ノア…………んんっ!」
「うぁあっ」
下腹部に力を込め、ぐぐっと腰を落とす。
こすろうとしたけど、想像以上の刺激に見まわれた。
だめだ、ちょっと腰を動かそうとしただけで、変なところに当たって、視界がチカチカする。
「くぅ……やぁっ、んっ……!」
なんだこれ。ゾクゾクとなにかが背すじを這い上がって、変な声がもれる。
わたしの知らないわたしに塗り替えられていくような、得体の知れない恐怖をおぼえる。
臆病者のわたしは、このだいじな場面で、ひるんでしまった。
「つらそうだよ、リオ……もう」
「いいからっ!」
意地になって叫び、ハッとする。
ばかだ、わたし……ノアが心配してくれてるのに、情けない。
「わたしはどうなってもいいの。ノアが元気になってくれなきゃ、意味ない……」
真っ白い顔でベッドに横たわるノアを、はじめて見たときのわたしの気持ちがわかる?
呼吸を確認してホッとして、目を覚まさないノアに、また不安になって。
──わたしの夢はね、わたしの薬で、病や怪我に苦しむたくさんのひとを助けることなの。
そんな大層な言葉を並べ立てておいて、いざというとき、大切なひとひとり治せやしないの?
──俺はずっと、リオのそばにいるよ。
ノアがそう言ってくれて、わたしがどれだけうれしかったか、知らないでしょ?
「ノアはいつだって、わたしのそばにいてくれた……なのに、ノアがつらいときになにもしてあげられないなんて……そんなの、絶対にいや!」
あぁもう……だめだ、情けなくて涙が出てくる。
嗚咽をもらすわたしのほほに、そっと指先がふれた。
「リオ」
わたしを呼ぶやさしい声音につられて、目線を向けた先。
そこで、ノアがはにかんでいた。するりと指先でわたしのほほをなでて、こつんとひたいをくっつけてくる。
「リオの気持ち、うれしいよ……ちゃんと伝わってる」
「ノア、わたしっ……」
「うん、わかってる。でもね、無茶はしちゃだめ。リオがつらそうなところ、俺だって見たくないんだ」
「でも、でもっ……」
「いいんだ。焦らないで。大丈夫、大丈夫だから……」
「っ、ふぅうっ、うぁあっ……!」
とんとん、とやさしく背中をさすられて、余計に泣けてくる。
……ホッとする。ノアの腕のなかにいるのが、ひどく心地いい。ずっとこうしていたいって思うくらい。
「落ち着いた? ふふ、ちょっと汗かいちゃったね。シャワー浴びておいで」
だから、わたしのブラウスのボタンを留めようと手を伸ばしてきたノアの行動に、納得がいかなかったんだ。
「リオ……?」
「やめないで」
相変わらず、恥ずかしさで顔が熱い。
でもそれ以上に、おなかの奥がずんと重いの。
疼いて疼いて、たまらないの。
ノアでいっぱいにしてほしくて。
「女の子の……わたしのからだのこと、教えるから。だから……もっと、さわって?」
甘い熱に浮かされたわたしは、ノアの袖を引く。
あぁもう止められないなって、頭の片隅で、他人事のように思いながら。