【合衆国領ハワイ】
1941年12月7日早朝(現地時間)
大日本帝国海軍はハワイ北方200海里まで、空母機動部隊を送り込んでいた。
6隻の空母を基幹とする南雲機動部隊だ。
この時代において恐らく最大の航空戦力を保有する艦隊だった。
彼らの目的はひとつ。ハワイに停泊する太平洋艦隊の撃滅だった。
今は去ること11月18日に択捉島の単冠湾を出港し、極寒の北太平洋航路を無線封止を保ったまま勇躍し、ここまで来た。
全てはこの日のためだった。
日本時間、12月8日。現地時間にして12月7日。荒波の中、183機の第一次攻撃隊が発艦した。
製図画のごとく見事な編隊を組み、彼らはオアフへ向かった。
「妙だな……」
第一次攻撃隊の総隊長、
クルシーでオアフのラヂオ放送を受信し、目標の位置を割り出す手はずだった。そのラヂオ放送の内容がどうにも物騒なものだった。
「どうかされましたか?」
伝声管を通して前部席の
淵田は中部席で、前部に操縦員として松崎、後部には電信員の
「よく聞きとれん。どうやら避難を呼びかけている」
「それは……」
水木が何かを言いかけた。言わんとするところはわかっている。
機内に重苦しい空気が立ちこめた。次々と疑念が頭を
もしや奇襲計画がばれたのか。
あるいは合衆国軍の
もっと単純に船舶から大編隊を目撃した誰かが、通報したのかもしれない。
いずれにしろ確証はなく、それでいて淵田は決断しなければならなかった。彼はある役目を背負っている。
第一次攻撃隊の隊長として作戦方針の決定を行わなければならない。奇襲か、あるいは強襲か。
奇襲の場合、敵が気づいていないことが前提になる。その場合は雷撃機と爆撃機が先行し、合衆国軍の主要施設と艦船を叩くことになる。
強襲の場合は、敵の迎撃機が来る前提だ。となれば戦闘機を先行させて迎撃機を叩き、その後で雷撃機と爆撃機の出番となる。
淵田は合図のため、信号拳銃を握りしめた。
奇襲前提の作戦でいくのならば、信号弾は1発だけ放つ。
強襲前提の作戦でいくのならば、信号弾は2発だ。
――やむを得ん。強襲だ
決めた。
可能ならば奇襲を選びたかったが、ラヂオ放送に従うのならば強襲を選んでしかるべきだった。
強襲作戦、つまり迎撃体制が整った敵への襲撃。
きっと味方の損害も酷いことになるだろう。
「隊長! 見えました」
松崎が眼下を指す。白い砂浜がうっすらと雲間から見えた。どうやらオアフ島北端のカフク岬に着いたらしい。
「右へ変針しろ」
淵田は前部の松崎へ命じた。
「海岸沿いに目標へ向かう。そのまま西回りでフォード島へ突入だ」
確固たる信念で淵田は命じた。機体がバンクし、大きく右へ変針する。
賽は投げられ、人事を尽くした。後は天命を待つのみだった。
やがて攻撃隊は突撃準備隊形をとった。
ラヂオ放送では相変わらず「避難」を呼びかけられていた。ふと淵田は疑問に思った。
ラヂオでは「合衆国軍」の動向について語られていない。これから戦闘になると気づいているのならば、多少なりとも触れられるべき存在だろう。
それにもう一つ気になることがあった。
「
放送員がしきりに「モンスター」と連呼していた。
化け物が襲ってくる、みんな逃げろと。
ずいぶんと買ってくれるじゃないかと淵田は思った。連中、オレ達のことを「
やがて攻撃隊はフォード島への侵入路へ入った。
淵田は信号弾を取り上げると、天蓋を開き、機外へ手を差し出した。
号竜は2発。
強襲セヨ。
二筋の信号弾が白く筋を引いていく。
直後に戦闘機隊が速度を上げて、淵田達を追い抜いていった。フォード島の上空にいるであろう迎撃機を排除するためだった。
――さて鬼がでるか蛇が出るか。
淵田が冗談交じりに抱いた予感は半ば的中する。
ラヂオの局員は真実を告げていた。
たった今、ハワイは