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月下の邂逅(Moonlight rendezvou):3

 ルガーより放たれた9ミリパラベラム弾は少女の中心へ次々と吸い込まれ、倒れ伏した。


 きっちりと全弾9発撃ち切った後、儀堂は抽斗ひきだしから予備の弾倉を取り出し、機械的な動作で装填する。


 形見の軍刀を手にして、流れるように机に足をかけ、窓から庭へ飛び出ていく。着地後は庭先に転がる肉塊へルガーの照準を合わせたまま、規則正しい足取りで駆け寄った。


 ぴくりとも動かぬ肢体、その横顔が見えるまで近寄り、頭部に向けてさらに3発の鉛玉を叩き込む。


 その後、儀堂は彫像のように銃を向けたまま、微動だにしなかった。時間にして永遠にも、あるいは一瞬にも思えるほどの間だった。


 唐突に刻が動き出した。


 鬼の子の口が歪んだ。憎たらしいほどに、愉しげな笑みだった


「ふっ……その石つぶては中々に味わい深い」


 壊れた繰り人形のように、半身を起こすと、少女はぺっと何かを吐き出した。ルガーの弾丸だった。


「ほう、お主は随分と肝が座っている。あるいは壊れているのか? 妾の姿を見て、微動だにせず……殺気を向けてくるとはおかしなものよ」


「君たち、魔獣ビーストのしぶとさは承知している」


 角の生えた少女は不快な表情を見せた。癪に障ったらしい。


「妾をあのような下劣なものと一緒にするな」


「俺からすれば、似たようなものだ。話せるか否か、それだけの違いでしか無い」


「ふん、無礼は貴様の肝に免じて許そう」


「その必要は無い」


「はて? なにゆえだ?」


「俺がお前を殺すからだ」


 ルガーの引き金を引く。少女の額に穴が空き、再び倒れ伏した。残弾を頭部へ叩き込み、トグルが起こされるのを確認する。そこで大事にルガーをベルトへ差し、軍刀を引き抜いた。


 白磁のように滑らかな首筋へ刃を向ける。 


「いかに強靱であろうとも、首と胴を切り離されては無事で済まない。そうだろう?」


 まったく無感動に、儀堂は念を押す意味で尋ねた。否と答えたら、別の手段を講じるつもりらしい。少女は目を見開き、やがて狂ったような嗤いだした。


「良いな。実に良いよ」


「……」


「やはり、妾を解き放った・・・・・ものはただ者では無かった」


「………」


「さあ、やるが良い」


「…………」


「どうした? よもや怖気づいたのか?」


「……………」


「妾は抵抗せぬ。満足だ。お主ならば大丈夫だろう」


「どういう意味だ。それに……なぜ、嗤いながら泣いている」


 赤い瞳から、光の筋が生まれていた。月光を浴びながら、頬を脈々と伝っていく。


「嬉しいのだ」


「ふざけているのか?」


 少女は一転して顔を曇らせた。念押しでは無く、儀堂の怒りから発せられた言葉だと知り、恐れているようだ。


「もしお主の気を害したのなら、それは妾の本意ではない。許すがよい。妾は感謝し、そしてお主にまみえ、嬉しく思っている。あの牢獄から解き放ったものが、かように猛々しくも鋭利な殺意に満ちている。そのことが何よりも嬉しく、勝る喜びは無い。お主のような益荒男を待ち望んでいた」


「意味がわからないな」


 儀堂は困惑していた。殺意がくじけようとしている。それを悟ったのか、少女は再び口元を歪ませた。


「わからずともよい。いずれにしろ妾はお主の家族を殺めた獣の仲間だ。心行くまで殺すがよい」


「……なるほど、道理だ」


 直後、儀堂は軍刀を振り下ろした。白刃が小さな首へ到達する刹那、彼の身体は宙を舞った。


「っ!」


 息つく間もなく儀堂の視界は反転し、背中から地面へ叩きつけれっる。肺から空気が強制排出され、僅かな間だが意識が遠のくもすぐに回復させる。どうやら足を刈られたらしい。完全な不意打ちだった。


 儀堂はすぐさま身体を起こすと、無粋な輩から距離をとった。


 驚きと殺意を込めた視線を、新たな来訪者へ叩きつける。相手は全く動じる気配を見せなかった。体格は圧倒的に儀堂の方が有利だが、来訪者の手には日本刀が握られている。儀堂の持つような官製の量産された軍刀サーベルとは異なり、名のあるもののようだった。


 構えからどこぞの流派の使い手だと儀堂は判断した。かなりの手練れだろう。


「困ります。そのようなことをされては、私の首が飛んでしまう」


 来訪者は儀堂と同じ海軍軍人だった。肩章から少尉とわかる。


「少尉、君はこの化け物の味方かな?」


 周囲に目を配る。どうやら、来訪者はこの華奢な少尉だけのようだ。儀堂は思案した。書斎にルガーの予備弾倉が書斎にある。畜生、根こそぎ持ってくるべきだった。


 少尉は少し目を見開いた。儀堂が私服だったため、一般人だと思い込んでいたらしい。しかし、その口調から彼が自分よりも上級の士官であることに気づいた。


「失礼。味方ではありませんね。ただ、彼女は我々の管理下にあるものです。壊されてしまっては困ります」


「我々?」


「はい」


 少尉は片手を上げると、暗闇から続々と武装した兵士が現れた。それまで気配を押し殺していたらしい。ずいぶんと手だれた兵だが、見慣れない軍装をしていた。


 迷彩柄の野戦服に、鉄帽てっぱち、手にした銃器はライセンス生産されたレイジングM50短機関銃だった。やけに景気の良い装備だった。彼は思い出した。


 昨年正式に組織化された海軍の連合陸戦隊マリーンだ。


「ご同行願えますか?」


「拒否権があるのか?」


「重ねて失礼しました。ご同行ください。儀堂――」


「大尉だよ。所属は護衛総隊」


「では儀堂大尉、お願いします。それに、そこのあなたも――」


 少尉は倒れ伏した少女へ目を向けた。儀堂に対したときとは打って変わり、鬼の子は羽虫か何かを見るような目だった。


 興ざめという印象だ。少女は答えなかったが、抵抗する様子は無かった。


「少し待ってくれ」


 儀堂は断りを入れ、屋内へ戻り、外套を二着持ってきた。一着をぶすりと庭の隅に座り込んだ少女へ放り投げる。


「着ておけ。その格好は何かと面倒を呼ぶ」


「殺さぬのか?」


 返事もせず、儀堂は少尉へ向き直った。


「待たせたね。行こうか」


「お優しいのですね」


「ありがとう」


 皮肉かと思う。俺は少し前まで、あれに鉛玉をぶち込んでいたのだ。よもや知らぬ訳ではあるまいに。


 陸戦兵に取り囲まれながら、儀堂は家門へ向かった。家の前にはジープとトラックが止まっていた。何事かと近所のものが顔を出したが、戻れと言われるとすぐに引っ込んでしまった。


 ジープに乗り込みながら、儀堂はあることを尋ねた。それは少尉が現れたときから気がかりになっていたことだ。


「どうしても解せないんだ。ひとつ聞いて良いかな?」


「どうぞ。私に答えられることであれば」


「いや、なに。いつから江田島は共学になったんだい?」


 予想外の質問だったらしい。傍らの女性士官が答えるのに数秒を要した。


「いえ、私は海軍兵学校を出ていません。特務士官のようなものとご理解ください」


 御調みつぎ少尉は口元を隠した。どうやら笑いを堪えようとしたらしいが、不成功に終わっている。

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