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六反田少将(Warmonger):2

 数時間後、約束どおり六反田は儀堂とネシスを解放した。御調少尉に先導され、再びジープに乗り込む姿を窓から六反田は見送っていた。


 背後でドアの開く音がする。


「聞きましたよ。どえらいことになりましね」


 六反田は振り返った。眉間にしわを寄せている。


谷澤やざわ君、遅いぞ」


 谷澤幸一やざわこういち中佐は肩をすくめた。谷澤は六反田の副官を長年勤めてきた。体格は上官と対称的で長身痩躯に面長の顔が乗っかっている。同年代の平均よりも広い額をしていたが、彼の場合は知性的な印象を演出するのに役立っていた。


「勘弁してください。こちとらドイツ大使館に寄ってから来たんですから」


リッテルハイム女史フロイラインはお怒りだったか?」


「お怒りなんてもんじゃありませんよ。なにせはるばる欧州から取り寄せた演算器が一夜でお釈迦になったんですからね。あの眼光、呪い殺されるかと思いました」


「はは、そいつはいい。女性から情感的な視線を浴びせられる機会は滅多に無いぞ。ましてや美人ならばなおさらだ」


 六反田は胸ポケットから金印の押された煙草を取り出した。谷澤に勧める。慣れた手つきで谷澤は一本取りだし、銀製のライターで火をつけた。六反田も自分の分を取り出すと、マッチで火をつける。


「それで、例の鬼はどうなりました? 捕らえたと聞きましたよ」


「そいつは誤報だな。たった今、無罪放免となった」


「え!? 逃がしたんですか?」


「違う。預けたのさ」


 六反田は、儀堂の家でネシスが発見されてから解放されるまでの経緯を話した。


「その大尉は大丈夫なんでしょうね? うちらの組織は表向きは海大海軍大学の一研究機関ってことになってますが……」


「心配ない。彼は我々に協力するさ。なにせ主目的において、オレと彼は合致しておるからな」



 六反田の組織、月読つくよみ機関が設立されたのは二年ほど前のことだった。ちょうど魔獣との戦いが膠着し始めた時期だ。元々は魔獣との戦闘記録を編纂するために作られた研究室だった。それが紆余曲折を経て、今では対魔獣の戦争指導の研究を担うようになっていた。


 きっかけはハワイ沖海戦で捕獲された銀の筒だった。誰であろう儀堂が救難捜索中に発見した、未知の技術で作られた場違いな人工物オーパーツ


 そこに納らていたのは一人の少女、しかし彼女には一対の角が備わっていた。地球人類とは明らかに異なる姿だった。決して奇形などではなく、後に月鬼と名づけられる異種族だった。


 海軍は回収した月鬼を密かに内地へ持ち帰った。存在を知る者たちには箝口令が敷かれ、その対象者には儀堂がいた。


 ネシスが納められた容器を持ち帰ったものの、海軍、そして日本は持てあますことになる。決して彼等が怠慢だったわけでは無い。単純に当時の日本はあらゆる資源が不足していたため、ハワイで拾った謎の物体にかまう・・・余裕がなかったのだ。


 当時、日本は国内と満州に出現した魔獣、そしてBMへの対処を最優先とせねばならなかった。さもなくば国家の存続が危ぶまれる状況だった。日本が1941年に抱え込んだ問題に片をつけ、置き去りにされたハワイの戦利品の処遇を考え始めたのは、1943年に入ってからだった。


 まずは恒例の管轄争いから始まったが、それは短期間で海軍の勝利に終わった。海軍上層部は筒内のネシスを「捕虜」と定義し、自分たちの保護下におくことで話を決着させた。


 なお交渉に際して、陸軍からの干渉は受けなかった。皮肉なことに魔獣とBMのおかげだった。満州での魔獣との戦闘で帝国陸軍は大敗北を喫し、敗退の責任を問われ東条内閣は解散していた。以降、陸軍の影響力は弱まっていくことになる。


 海軍は目黒の技術研究所の一角を改装し、ネシスを保護観察することとなった。その際、適当な機関として月読機関の名前が挙がった。推挙したのはある宮家出身の海軍軍人だった。


 そのやんごとなき大将は当時大佐だった六反田を前線から呼び戻し、昇進させた上で機関の長に据えた。宮様と六反田にどういう繋がりがあるのか、誰もが謎に思ったが答えを知るものはいなかった。



「主目的とは? 魔獣との戦争ですか?」


「そう、そいつの解決という点においてね。あの儀堂大尉とオレは一致している」


「しかし、我々と彼とでは手段に乖離があるように思われますが?」


 谷澤も儀堂の経歴に一通り目を通していた。彼が経歴から受けた印象は生粋の魔獣殺しビーストキラーだ。


「我々は魔獣との戦争終結を講じてきました。それは魔獣の根絶と同義とは限りませんよ。聞けば、あのカプセルの鬼は日本語を話したとか?」


「ああ。それもやんごとない言葉遣いで、流暢にな。正直、オレが一番驚いたのその点だよ。谷澤君、気づいているだろう? こいつは世紀の大発見だぜ。何せヤツラは話せる相手・・・・・だってことがわかったんだからな」


「ええ……全くです。話せるのならば当然、交渉も不可能ではない」


 谷澤は魔獣側との講和を視野に入れていた。六反田は手を振って否定した。


「講和なら今の段階では全く無意味だぞ。下手をしたら数十年先になる」


「もちろん今すぐは無理ですよ。しかし話の通じる相手ならば可能性はあるでしょう?」


「いいや、そうでもない。谷澤君、君はときどき妙なところで理想主義に傾倒するな。いいか。人類はまだこの戦いに飽きちゃいないんだ。それどころかますますのめり込んでおる。まあ、その話は今はいい。谷澤君、君にもう一働きしてもらうぞ」


「はあ……」


 谷澤は露骨に嫌そうな顔を浮かべた。この上官、徹夜させる気だ。


「明日の朝、すぐに海軍省へ向かう。そこで軍令部総長山本さんに、この上申書ペーパーを渡すつもりだ。君にはこいつとは別にGFとEFへにも届けて欲しい」


 六反田はついさっきこしらえた上申書を手渡した。一つは連合艦隊長官、もうひとつは護衛総隊長官向けにしたためられたものだった。


「中を見ても?」


「構わんよ」


 谷澤は書類をめくり、ほどなく上官の正気を疑うこととなった。そこには儀堂大尉にある任務を課すよう申し送りが添えてあった。


「……暴挙にもほどがありませんか?」


 忌憚ない感想罵倒に六反田は吹き出した。


「酷い言いようだな。だが的確だ」


「こんなのGFの山口大将が許しませんよ。EFの了解もとれるかどうか――いくら何でも早急すぎます」


「だから、その上の軍令部総長山本さんに頼みに行くのさ」


「何をそんなに急がれているんです?」


「北米だよ」


 六反田は低い声で言った。


「……何かあるのですか?」


「米英軍の大反攻作戦だ。連中、東海岸を取り戻すつもりらしい。だがオレは手痛く失敗すると思っている。それも取り返しのつかんほどの大敗北を喫してな。谷澤君、君も北米のレポートは読んだだろう。せいぜい今の戦線を維持するのが手一杯のはずだ。それなのに攻勢に出たら……ま、この先はいわずともわかるな。そうなる前に日本オレ達がこの戦争の主導権を握る必要がある」


「そんな……連中だって莫迦じゃないでしょう? なんでまた今になって……?」


「国内世論に押されてやむなくというところだな。合衆国は特にそうだ。まあ無理はなかろう。国土の東半分がわけのわからん魔獣の巣にされたのだからな。彼等にとり、国土の回復レコンキスタ明白な命題マニフェストデスティニーなのさ。あとほら、特に英国はもうすぐ選挙だろう? 両国ともとかく民衆の声がでかい。その点、我が国は良くも悪くも慎ましいもんだが」


「民意が兵を殺すわけですか」


「その通り。麗しき近代国家の美徳ヴィルトゥスだよ。我が国とて例外ではないぞ。何せ合衆国相手に戦争をふっかけようとしていたのだからな。君には身に染みてわかっているはずだ」


 谷澤は気を落ち着かせるため、紫煙で肺を満たすと、大きくはいた。


「……作戦開始はいつなんですか?」


「今年の春だ。遅くとも4月には開始される」


 谷澤は絶句した。3ヶ月もないではないか。


「わかっただろう? だから、儀堂あの大尉には人柱になってもらうほかないのさ」

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