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前夜祭(April Fool):4

 グレイたちと別れて30分後、オロチとサイは目標近くに辿り着いた。彼等の遙か後方では相棒達が日本軍相手に派手に暴れ回っていた。おかげで、彼等がいる付近の警備は薄くなっている。


 二人は3分もかからず、装備を変更すると、それぞれがゆっくりとした足取りで目標へ向かっていった。


 その先には桟橋が造られている。


「誰だ!?」


 懐中電灯の明かりが向けられ、同時に殺気だった声で誰何すいかが発せられる。


「君たち待ちたまえ」


 桟橋付近の警備兵は二人しかいなかった。彼等の目前には、第一種軍装クロフクに身を固めた海軍士官が立っている。襟章は大尉相当のものだった。


「失礼しました」


 警備兵はすぐに詫びを入れ、一礼した。二人の視界が下向きになったとき、海軍士官は流れるような動作で懐から得物を取り出した。空気の抜けたような音がするや、警備兵の片方が崩れ落ちた。意外なことに、もう片方の反応は悪くなかった。すぐに飛び下がると、肩にぶら下げたM50短機関銃を構えた。


「貴様よくも!」


 引き金に指がかかる直前で彼の意識は永遠に途切れた。背後から忍び寄ったサイが延髄に深々とナイフを差し込んでいた。


 サイはずぶ濡れになっていた。彼は軽装に着替え、少し離れたところから海へ潜り、桟橋側から警備兵の背後へ回り込んでいた。


「危なかったな」


 サイは自身が片付けた兵士の亡骸を海へ投げ捨てた。海軍士官役のオロチがいかにも残念そうな顔で、もう片方の兵士を海へ投棄する。


「助かったよ。君が倒した兵は悪くない奴だったな。良いセンスを持っている」


 サイは不審な目で見つめ返した。


「同胞への情けか?」


「まさか。あくまでも戦士としての評価だ」


 オロチは思わず口角を上げて言った。本心から心外だった。彼が自身の母国に対して、特殊な感情をいだいたことはなかった。オロチは、自身以外の何者かに忠誠を誓う習慣を持たない男だった。忠誠や愛国心という感情について、未だに彼は理解できなかった。なにゆえ自身の人生リソース無償・・で第三者のために割かなければいけないのだ?


「こいつの銃声を聞いて、咄嗟にあの動きをできるものは少ないんだ。今まで、彼を含めて3人ほどしかいない。うち2人は、こいつの造った国の人間だったがね」


 オロチの右手には特殊な加工が施された拳銃が握られている。銃身部分に小さな穴が空き、発砲音を抑える仕組みになっている。開発国ではウェルロッドと呼ばれている。この世界では数少ない消音拳銃だった。


 オロチは懐にウェルロッドを収めると、サイと共に桟橋を渡った。鯨にも似た巨大な機影が見えてくる。二式大艇だった。


 二式大艇はシアトル港内でも、かなり奥に係留されていた。そこはエリオット湾から押し寄せる波をカバーするため、離岸堤ヘッドランドと消波ブロックで囲まれている。


 集積所では、未だに爆発音に銃声が響いているが、先ほどよりも小さくなっているのがわかった。どうやら残された時間はあまりないらしい。


 オロチとサイは機体横の扉を開くと中へ足を踏み入れた。赤い室内ランプが灯り、機体中央に収められた直方体の箱を浮き上がらせていた。


 彼等の目標だった。


「こいつか……」


 サイは箱に歩み寄ると、被せてあった白い布を取り払った。棺が露わになり、赤色灯に冷たく照らされる。


「墓荒らしは良い気分じゃないな――」


 オロチは棺の蓋を開けると、ライトを当てた。中に収められた人型の結晶が鈍くライトの明かりを反射させた。


「当たりだな。後はこいつを――」


「それをどうされるおつもりですか?」


 背後からだった。凜とした声が投げかけられる。オロチはウェルロッドを素早く取り出すと、振り向きざまに銃撃を浴びせかけた。細い肢体の影が機体の中を豹のように躍動し、一気に距離を詰めてくる。


――丸腰? いや違う……!


 オロチは飛び下がるとともに、一閃の煌めきが後を追う。紙一重のところで、斬撃を交わす。


避免它避けろ!」


 サイのかけ声と共に、オロチは身体を捻った。細い影へ向けて、短機関銃の銃弾が叩き込まれる。限られた空間の中に放たれた数十発の銃弾は、確実に相手を捉えるはずだった。


「急急如律令」


 細い影は素早く唱えると、紙片をばらまき、その場に伏せた。たちまち何もなかったはずの空間から十数羽のカラスが現われ、銃弾の行く手を遮る。数羽が撃ち落とされるも、残りはオロチ達へ向けて突入していった。


「なっ……!」


 カラスは嘴とかぎ爪をもって、オロチとサイに襲いかかった。二人は突然の事態に狼狽しつつも、すぐに態勢を立て直すことに成功した。打開策を見いだしたのはオロチだった。


「サイ、煙幕!」


「了解!」


 サイは手榴弾を放り投げた。爆発音と共に機内が真っ白な煙に満たされる。効果はすぐに現われた。カラスたちの動きが鈍った。やはり、目視による操作だったらしい。


「サイ、退くぞ」


「何?」


「こいつはオレ達と同業者だ。しかも、異端の業を使う輩だ。今の装備では手に負えん」


 サイは舌打ちとともに同意した。


 オロチを先頭に二人は搭乗口へ駆け寄った。その行く手を影が遮る。


「逃しません……!」


 再び、影は抜刀の態勢に入った。一閃が煌めくも硬い音ではじき返される。


「莫迦な。弾いた……!」


 オロチは影に向って嗤った。


「オレはこちらの方が得意・・でね」


 サバイバルナイフを切り返し、搭乗口へ道を開くと、そのまま湾内へダイブした。影はその後を追い機外へ出たが、二人の侵入者はエリオット湾の闇に姿を消していた。


 湾内を照らすサーチライトが影の正体を明かした。


 海軍第一種軍装クロフクに身を固めた御調識文みつぎしもん少尉だった。


 御調は海面を暫く凝視した後で、二式大艇の中へ戻った。棺の中身を確かめると、すぐに彼女は無線を起動させた。



【エリオット湾沿岸 駆逐艦<宵月>】


『ギドー、捉えたぞ』


 レシーバーからネシスの声が伝達された。儀堂は、彼女が観測した目標の深度と方位、そして相対速度をそのまま射撃指揮所へ転送した。


 間もなく、<宵月>前部甲板に装備されたはこ型の兵装が旋回し、そこから20個以上の物体がエリオット湾へ投擲された。散布爆雷だった。


 十数秒後、控えめな水柱が3つほど海面に沸き立つ。


『水測より艦橋へ。圧壊音を確認。沈んでいきます』


「そうか――」


 儀堂は少し残念そうに言った。可能ならば捕縛しておきたかったのだ。


 <宵月>が水中に潜んだ未確認艦を捉えたのは、数十分ほど前のことだった。シアトル港を緊急出港し、彼はエリオット湾の沿岸部を辿るように<宵月>を進ませた。特に海図上、海から出入り可能な浅瀬や砂浜を念入りに探索していたのだ。その結果が、先ほどの戦闘だった。


「なぜ、敵の潜水艦がいるとわかったのですか?」


 興津が恐れるような口調で尋ねてきた。事実、彼には思いも寄らないことだった。


「わかっていたわけじゃない。言っただろう? 可能性を潰しておきたかったって」


 儀堂は眠たげに目をこすった。どうしてオレが休憩に入ろうとすると、毎度なにやら問題が起きるのだろうか。


「報告を聞く限り、第八集積所の検問を突破したのは数名だった。彼等の目的は知らないが、基地内であれだけの騒ぎを起こしながら、元来た道を引き返せるはずがない。基地内のあらゆる出入り口は封鎖され、陸路から帰還は困難だ。残りは、空路かあるいは……まあ、そんなところかな」


 海路を選んだとしても、適切な手段は絞られてくる。何しろ、エリオット湾は連合国の庭だ。小型のボートで沿岸部まで出たとしても、すぐに航空機か哨戒艦に捕捉されるだろう。


 なるべく姿をさらさずに帰還する手段が望ましかった。


「エリオット湾は防潜網が張られていない。味方の潜水艦も出入りするからね。それに我々の敵は魔獣だ。こんなところに敵意を持った潜水艦が乗り込んでくるなんて、誰も予想は付かないだろう?」


「艦長は予想されていましたが……」


「オレだって仮説の域が出なかったんだ。だからこそ証明が必要だった」


 幸いと言うべきか、儀堂の予想は的中し、不届きな侵入者は海に没した。まったく有り難いことに、そこの水深は深くなかった。


「副長、すぐにおかへ連絡して工作艦の手配と意見具申の用意を頼む。あの未確認艦を浮揚サルベージするよう、六反田閣下に伝えてくれ」


 少なくともこちらの呼びかけに応えなかったのだから、味方ではないはずだ。では、どこの勢力のものなのか、サルベージすれば正体もわかるはずだった。




 <宵月>が未確認艦を撃沈した海域から、十数キロ離れた砂浜で異変が起きたのは朝靄がかかり始めた頃合だった。波打ち際から這い出るように、二人の人影が上陸した。二人はあらかじめめ隠していた場所から荷物を掘り起こすと、濡れた服を着替えて、小型の無線機を起動させた。周波数を合わせて、呼びかけるも反応は無かった。


「ああ、これは駄目だな」


 オロチは開き直った口調で呟く。その横でサイは無言で沖合を眺めていた。


 合流予定ランデヴ―時刻になっても、艦影が現われる気配は無かった。


「おい、なにぼうっと突っ立っているんだ?」


 背後から訛りの入った英語が発せられた。振り返るとグレイとオクトが、こちらへ手を振って歩いてきていた。二人とも灰や煤で、壮絶な有様になっている。


くそうメルドゥ、野蛮な日本人どもめ、たった二人に戦車リゼヴォアを3両もぶち込んでくるなんて、どういう神経しているんだ」


 オクトが眉間に皺を寄せ、まくし立てるように言う。よほど酷い目に遭ったらしい。


「まあ、それだけ良い仕事をしたってことだろう? ほら、まだ銃声が聞こえるぞ。連中、オレ達が基地内にいると思い込んでいるのさ」


 おどけた口調でグレイが言った。


「で、お前さん達の二人の様子を見るに、オレ達の迎えリムジン問題シリアスが生じたらしいな」


「そんなところだ」


 サイが素直に認めた。


「どうやら撃沈されたらしい」


 オクトは一瞬ぎょっとしたが、すぐに元の不満顔に戻った。


「ってことは、プランβか?」


「その通り」


 オロチは既に出発の準備を完了させていた。今まで他の二人を待っていたのだ。実のところ、とうの昔に潜水艦に対する望みは捨てていた。彼は艦長と個人的な知り合いだった。時間に遅れるような人間では無かったはずだった。


「諸君、まずはセーフハウスへ向う。そこで装備を回収したら、そのまま南へ向うぞ」


 オロチは海岸線から北へ向けて歩き出した。グレイが続く。


「やれやれ、オデュッセイアのはずがアナバシスってわけか」


「いずれにしろ、オレ達にオデュッセウスもクセノフォンもいないがね」


「そんな大層なものかよ。どちらかと言えば、ボートの三人男だろう」


 オクトが鼻で笑うと、サイが真顔で答えた。


「オレ達は4人だぞ。それにボートに乗る予定なんてあったか?」


「そういう話じゃねえよ」


 オクトがむすっとした顔になるのをグレイは愉快そうに見ていた。おもむろにオロチは話しかけた。


「グレイ、そちらの任務はどうなった?」


 グレイは表情を変えず、肯いた。


「それなら心配ない。証拠エビデンスは残してきたさ。それよりも沈んじまった潜水艦のほうが気になる。あちらからオレ達の足がつくんじゃないか」


「その心配は無用だ。実は、その艦も証拠の一つに含まれている」


「そりゃ……どういうことだ?」


「そのまんまさ。我々を迎えに来た艦は旧ソ連の船員によって運用されていた・・。身元を特定されたところで、我々に結びつくことはできない」


「なるほど、用意のいいことで」


 あまりの周到ぶりに、グレイは薄ら寒いものを感じた。本当にこの作戦を考えた奴は悪魔に魅入られているに違いない。


「グレイ、もう一つ君に共有しておきたい。次は装備Mを持って行った方がいいぞ。オレとサイの任務を阻んだのは女の異端者だ。しかも恐らく、あの動きは同業者だな」


 グレイの口元から笑いが消えた。


「やはりか。さすがは日本君の故国だな。本当に魔導士を正規軍に加えていたとは。ああ、ひょっとして、あれか『クノ一』とかいう奴か? 確かニンジャはマジックを――」


「グレイ、それは違う」


 オロチは即座に否定した。



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