収穫祭の日、グリーンヘイブンの村は朝から活気に満ちていた。屋台が立ち並び、広場には色とりどりの装飾が施されている。白石悠真は魔像結晶を首から下げ、村の入り口で待っていた。
「悠真さーん!」
ミリアムの声が聞こえ、振り向くと、彼女は今日は特別な装いだった。いつもの薄緑のワンピースではなく、華やかな民族衣装に身を包み、頭には花冠を載せている。
「遅くなってごめんなさい。準備に時間がかかっちゃって」
「気にしないで。その衣装、似合ってるよ」
悠真の言葉に、ミリアムは頬を赤らめた。
「あ、ありがとうございます。実は収穫祭の伝統衣装なんです。女の子は皆これを着るんですよ」
ミリアムはそう説明しながら、悠真の手を取った。
「さあ、お祭りを楽しみましょう!」
二人は賑わう村の広場へと足を進めた。屋台では様々な食べ物や手作りの品々が売られている。子供たちは木の実で作った楽器を鳴らし、老人たちは昔話に花を咲かせていた。
「わあ、すごいね」
悠真は魔像結晶を構え、祭りの様子を撮影し始めた。
「あっ、あれは風の果実ですよ!食べると体が軽くなる感覚になるんです」
ミリアムが指さす方向には、青い光を放つ果実を売る屋台があった。
「じゃあ、試してみよう」
悠真が銀貨を取り出すと、屋台の老婆は笑顔で果実を二つ手渡した。一つをミリアムに渡し、悠真も一口かじってみる。
「うわっ!」
突然、体が浮くような感覚に襲われた。足が地面から少し浮き上がっている。
「ははは、初めての人はびっくりするよね」
ミリアムも少し浮かびながら、くるりと回った。その姿があまりにも楽しそうで、悠真も思わず笑みがこぼれた。
「こういう不思議な食べ物も多いの?」
「はい!魔法の恵みですから。あ、あっちでは踊りが始まりますよ!」
広場の中央では、村の若者たちが輪になって踊り始めていた。リズミカルな音楽に合わせ、彼らは手を取り合い、時に跳ね、時に回る。
「悠真さんも一緒に踊りましょう!」
「え?いや、俺は…」
言い終わらないうちに、ミリアムに手を引かれ、踊りの輪の中へ。
「大丈夫、簡単ですよ!右、左、飛んで、回って!」
不器用な悠真だったが、ミリアムの笑顔に導かれ、次第に踊りのリズムを掴んでいった。周りの村人たちも温かく見守り、時に手助けしてくれる。
「意外と楽しいかも」
風の果実の効果もあってか、悠真は普段より軽やかに踊ることができた。その姿を見たミリアムは嬉しそうに笑った。
――――――
踊りが終わり、二人は屋台を回りながら祭りを楽しんだ。風船のような形をした「空飛ぶランタン」を購入し、それぞれに願い事を書いて夜空に飛ばした。
「何をお願いしたんですか?」
「それは内緒だよ」
悠真はミリアムの頭を軽く撫でた。実際は「牧場と村の平和が続きますように」と書いたのだが、少し照れくさかった。
「もう、悠真さんったら!」
ミリアムが膨れっ面をしていると、突然、人々の間に騒ぎが起こった。広場の端にいた子供が泣き出し、周りの大人たちが駆け寄っている。
「どうしたんだろう」
二人が近づくと、小さな男の子が膝を擦りむいて泣いていた。傷はそれほど深くないものの、赤く腫れている。
「大丈夫?」
悠真が男の子に声をかけると、男の子は涙目で頷いた。
「これは、薬草を…」
ミリアムが言いかけたとき、悠真は思いついた。
「ちょっと待っていて。すぐ戻るから」
悠真は急いで牧場へと戻り、サクラを連れてきた。薄桃色の羊は状況を察したのか、男の子の前にそっと近づき、傷に鼻先を触れた。
「うわっ!」
ピンク色の光が男の子の膝を包み込む。光が消えると、傷は跡形もなく癒えていた。
「す、すごい…」
周りの村人たちからどよめきが起こる。
「これは…ヒーリングシープ!」
「幻の癒し羊じゃないか!」
男の子は嬉しそうに立ち上がり、サクラの頭を撫でた。
「ありがとう!」
サクラは満足げに「メェ」と鳴いた。悠真はサクラを抱き上げ、ミリアムの隣に戻った。
「よく思いついましたね!サクラちゃんの力はみんなを笑顔にしますね」
ミリアムの言葉通り、村人たちはサクラに興味津々で、次々と近づいてきた。特に子供たちは大喜びで、順番にサクラを撫でていく。
「悠真さん、サクラちゃんを連れてきてくれてありがとう。これで祭りがもっと盛り上がるわ」
村長のメアリーが悠真に感謝の言葉を述べた。彼女は優しい笑顔の中年女性で、髪に白いものが混じり始めていた。
「いえ、サクラも喜んでますから」
確かにサクラは皆の注目を浴びて、とても嬉しそうだった。
「あ、魔法の花火が始まりますよ!」
ミリアムが夜空を指さした。そこには魔法使いたちが杖を掲げ、呪文を唱えている。
「準備はいいかい?せーの!」
掛け声と共に、空に無数の光の粒が放たれた。通常の花火とは違い、それらは龍や鳳凰、巨大な花のかたちに変化し、色を変えながら夜空を舞った。
「綺麗…」
ミリアムの目が輝いている。悠真は魔像結晶でその光景を収めながら、心の中で思った。
(この世界に来て良かったかも)
花火が最高潮に達したとき、突然、一匹の小さな生き物が悠真の足元に転がり込んできた。それは青い毛並みを持つ、リスのような動物だった。
「あれ?これは…」
悠真が手を伸ばすと、その生き物は警戒することなく悠真の手の上に乗った。
「えっ!?そのリス、まさか……」
ミリアムが驚いた声を上げる。水晶リスは悠真をじっと見つめ、突然、尻尾から青い水滴が滴り落ちた。その水滴は地面に触れると、美しい小さな水晶に変化した。
「やっぱり!この子、水晶リスですよ。水を結晶化させる能力を持つんです。水不足の地域では大変貴重な存在なんですよ」
リスは悠真の肩に飛び乗り、耳元で「チチ」と鳴いた。
「これは、また仲間が増えるみたいだな」
悠真が微笑むと、リスは喜んで尻尾を振った。その様子を見たミリアムは嬉しそうに笑った。
「悠真さんの牧場、どんどん不思議な動物が集まってきますね。きっと運命なんだと思います」
「あぁ、そうかもな」
夜空を彩る魔法の花火の下、悠真はミリアムとサクラ、そして新たな仲間となりそうな水晶リスと共に、この瞬間を噛みしめていた。
「そうだ、この子の名前は…『アクア』にしようかな」
「素敵な名前です!」
アクアは喜んだように「チチ」と鳴き、悠真の肩の上でくるりと回った。祭りの夜は更けていったが、悠真の牧場生活の物語は、まだ始まったばかりだった。