日差しが心地よく降り注ぐ午後、白石悠真は牧場の作業を一段落させ、大きく伸びをした。空は青く広がり、時折吹く風が汗ばんだ肌を優しく撫でていく。

「はぁ、今日も暑いな」

悠真は汗を拭うと、水桶を手に取り、牧場の動物たちに水を与えるため歩き出した。彼がこの異世界に来てから数週間が経ち、すっかり牧場での生活に慣れてきていた。

最初に立ち寄ったのは、ベルのいる柵。銀白色の羊は悠真を見つけると、嬉しそうに「メェー」と鳴いた。時折、その毛並みから小さな電光が走る。

「おい、興奮しすぎるなよ。また放電したら周りの草が焦げちゃうぞ」

悠真が笑いながら言うと、ベルは小さく頭を下げた。悠真は優しく羊の頭を撫で、水桶から新鮮な水を彼の桶に注いだ。

「今日も元気だな」

次に向かったのは牛舎だ。そこでは巨大な角を持つ茶色の牛、ヘラクレスが悠真を待っていた。彼の角からは熱気が立ち上り、時折赤い光が煌めく。

「ムゥー」

ヘラクレスは低く鳴きながら、大きな鼻を悠真の手に押し付けてきた。

「ああ、今日も熱いな。これでも飲んで少し冷やせよ」

悠真が水桶をヘラクレスの前に置くと、牛は感謝するように再び鳴いた。悠真はヘラクレスの首を撫でながら、彼の角を観察する。角の熱は普段より少し強いようだ。

「むむ、これは…」

悠真が考え込んでいると、突然、肩にカラスが降り立った。黒い羽根に金色の斑点が輝く、トレジャーだ。

「おっ、帰ってきたか」

トレジャーはカアカアと鳴き、くちばしに何かを咥えていた。それは小さな金の欠片だった。

「また見つけてきたのか。相変わらず目の良いやつだな」

悠真はトレジャーから金の欠片を受け取り、腰の小さな袋に入れた。この袋にはトレジャーが見つけてきた様々な貴金属片が集められている。

「さて、みんなの世話も一通り終わったし…」

と、悠真が呟いたとき、足元で何かが擦りよってきた。見下ろすと、そこには黒い毛並みの猫、ルナがいた。

「ニャ～」

ルナは悠真の足に身体を寄せ、甘えるような声で鳴いた。

「おまえもお腹すいたか？」

悠真が猫を抱き上げると、ルナは嬉しそうに喉を鳴らした。その瞳は月明かりのように淡く光っていた。

「よし、今日はみんなでちょっと特別なおやつでも食べるか」

――――――

屋外の木製テーブルに、悠真は動物たちのための特製おやつと、自分の分の軽食を並べた。薄桃色の羊、サクラも他の動物たちと共にテーブルの周りに集まっている。

「さあ、お待ちかね」

悠真が言うと、動物たちはそれぞれに用意されたエサに喜んで顔を寄せた。ヘラクレスには特製の熱に強い飼料、ベルには電気を蓄えるのに良いミネラル入りの草、トレジャーには輝くものが好きな彼のための特別な種子。

「チチチ！」

突然、青い毛並みのリス、アクアが木から飛び降りてきた。尻尾から水滴が滴り、それらは地面に触れる前に小さな水晶に変わった。

「おまえも来たか。ほら、こっちだぞ」

悠真はアクアのために用意しておいた水滴形の甘い実を差し出した。アクアは嬉しそうに飛び跳ねると、実を両手で受け取って頬張った。

「みんな、幸せそうで何よりだ」

悠真は微笑みながら、自分の軽食—焼きたてのパンとチーズ—に手を伸ばした。空は夕暮れに染まり始め、牧場全体が柔らかな光に包まれていた。

「ニャァ…」

突然、ルナが警戒するような声を上げた。耳をピンと立て、森の方向を見つめている。

「どうした？」

悠真が尋ねたその時、森の茂みが揺れ、何かが飛び出してきた。小さな子鹿だ。その足はおぼつかなく、怯えた様子で周りを見回している。

「あれは…」

子鹿の後ろには、何かが追いかけてきているようだった。茂みが激しく揺れる。悠真は立ち上がり、子鹿の方に一歩踏み出した。

「メェ！」

サクラが前に出て、悠真の足を引き止めるように鳴いた。その目は何かを訴えているようだ。

「わかった、任せる」

悠真が頷くと、サクラは子鹿に向かって走り出した。そして、茂みから飛び出してきたのは—巨大な野犬だった。野犬は牙をむき出しにして子鹿に襲いかかろうとするが、その瞬間、サクラが間に入った。

「サクラ！」

悠真が叫んだとき、サクラの体から薄桃色の光が広がった。その光に包まれると、野犬は突然おとなしくなり、怯えた表情に変わった。サクラはゆっくりと野犬に近づき、その怪我に鼻先を触れた。野犬の脚にあった傷が癒えていく。

「なるほど、野犬は怪我で苦しんでいたのか…」

悠真はその光景を見て、サクラの思いやりの深さに感動した。治癒の光が消えると、野犬はもう敵意を見せず、尻尾を振るようになった。子鹿も恐怖から解放され、サクラの近くで安心したように座り込んだ。

「すごいな、サクラ。敵を味方に変えるなんて」

サクラはメェと嬉しそうに返事をした。悠真は野犬と子鹿に近づき、彼らをなだめるように頭を撫でた。

「怪我は治ったみたいだな。でも、二人とも今夜は牧場で休んでいくといい」

悠真がそう言うと、アクアがリスらしい素早さで子鹿の元へ駆け寄り、尻尾から水滴を垂らした。零れ落ちた水滴は、子鹿の前で小さな水たまりとなった。渇いていたのだろう、子鹿はそれを美味しそうに舐めた。

「みんな仲良くなったみたいだな」

悠真はテーブルからパンを取り、小さくちぎって野犬と子鹿に分けた。動物たちはそれを喜んで食べ、悠真の手を舐めた。ルナも警戒心を解き、好奇心からか野犬と子鹿の周りをうろうろし始めた。

「こうして見ると、まるで一つの家族みたいだな」

星が瞬き始めた夜空の下、悠真は動物たちに囲まれ、心からの幸せを感じていた。異世界で牧場を営む日々は想像以上に充実していた。明日もきっと、新たな出会いや驚きが待っているのだろう。

「さあ、寝る前にもう一度、みんなの様子を見ておこうか」

悠真はそう言って立ち上がり、愛おしい家族となった動物たちを連れて小屋へと向かった。夜風が牧場を優しく撫でていく中、彼らの穏やかな足音だけが静かに響いていた。

（この牧場生活も、悪くないな…）

悠真はそう思いながら、満天の星空を見上げた。異世界での新しい人生は、まだ始まったばかりだった。