目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第16話 犯人はヤス

 昼休み。僕が購買のパンをかじっていたとき、隣の席の岸田がスマホを見ながら眉をひそめた。


「……まただ。俺だけ、タロット占い部のサイトが見れない」


 顔をしかめて見せる岸田に、僕はなんとなく耳を傾ける。岸田は最近、占いにハマっているらしい。つい先週、タロット占い部のイベントで占ってもらったとかで、その後もサイトに通っているらしいのだが――


「開こうとすると『404 Not Found』って出るんだよな。他のやつは見れてるらしいのに」


 404。ページが存在しないときに出る、いわゆるエラー表示だ。僕も何度か見たことがある。


「たまたまじゃない? 一時的な不具合とか」


 僕が曖昧に返すと、岸田は首を横に振った。


「これ、タロットで占ってもらったその日からなんだ。ヤス――つまり、安田に占ってもらって……結果が『愚者』。しかも逆位置で、『軽率でわがまま』って言われた」


「でも、それって正位置だとポジティブな意味だよね?」


「そうなんだよ。『無邪気』とか『純粋』って意味があるのに、俺が訂正しようとしたら安田がムキになってさ。あいつ、初心者のくせに自信だけはあるから」


 そのときだった。


「安田くん、タロット占い部のサイトの管理もやってるよね?」


 廊下に立っていた東雲が、窓際からこちらを振り返って言った。どこか確信めいた響きがあった。


「404って、たまたま出るエラーじゃない。設定すれば特定の人にだけに表示させることもできる」


「特定の人にだけ……?」


「つまり、安田くんがサイトに『岸田くん専用のエラー』を仕掛けている可能性がある」


「なんでそんなこと……?」


「きっかけは『愚者』のカード。タロットのカードは向きによって意味が正反対になるわ。でも、カードの上下は占われる側から見て判断するのが基本」


 東雲は、手帳の切れ端に大まかなタロットの絵を描いて見せた。一人の男性が、切り立った崖に立ち、今にも落ちそうだ。


「でも、占い初心者の安田くんは『自分から見て逆位置』と勘違いした。つまり、岸田くんを『軽率な愚者』だと誤解したのよ」


 僕は口をポカーンと開いたまま、理解が追いつかずにいた。


「間違いを指摘されたことで、安田くんは自分の占いが否定されたと感じた。それで――ちょっと意地になって、岸田くんだけサイトを見られないようにした。そんなところじゃない?」


 岸田が黙り込んだ。やがて、後ろからのんびりした声が聞こえた。


「図星だよ」


 振り向くと、いつの間にか安田がいた。手に持っていたのは、例のタロットカードの束。


「正直、俺も途中で気づいてたんだ。あ、これって『俺から見て逆位置』だったかもって。でもさ、あのとき引くに引けなくて……なんかムキになってた。ごめん、岸田」


 岸田は目を丸くしていたが、すぐに鼻を鳴らした。


「謝るなら、サイトも直してくれよな」


「うん、今夜すぐ直すよ。『404』って、ネットのスラングで『無知なやつ』って意味もあるらしいし……。ちょっと皮肉のつもりだった」


 ああ、と東雲がうなずいた。


「そういう意味でも、『愚者』と404って、ちょっと似てるわね」


 その言葉に、僕は小さく笑ってしまった。


 タロットカードの一枚。たった一つの向きの違いが、すれ違いを生み、人を怒らせる。でも、それが正され笑って許せるなら、きっと意味はある。


 放課後、僕はノートを開いた。次に書く物語の題材は、もう決まっていた。


 「愚者による密かなエラー」――日常に潜む、小さなミステリー。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?