昼休み。僕が購買のパンをかじっていたとき、隣の席の岸田がスマホを見ながら眉をひそめた。
「……まただ。俺だけ、タロット占い部のサイトが見れない」
顔をしかめて見せる岸田に、僕はなんとなく耳を傾ける。岸田は最近、占いにハマっているらしい。つい先週、タロット占い部のイベントで占ってもらったとかで、その後もサイトに通っているらしいのだが――
「開こうとすると『404 Not Found』って出るんだよな。他のやつは見れてるらしいのに」
404。ページが存在しないときに出る、いわゆるエラー表示だ。僕も何度か見たことがある。
「たまたまじゃない? 一時的な不具合とか」
僕が曖昧に返すと、岸田は首を横に振った。
「これ、タロットで占ってもらったその日からなんだ。ヤス――つまり、安田に占ってもらって……結果が『愚者』。しかも逆位置で、『軽率でわがまま』って言われた」
「でも、それって正位置だとポジティブな意味だよね?」
「そうなんだよ。『無邪気』とか『純粋』って意味があるのに、俺が訂正しようとしたら安田がムキになってさ。あいつ、初心者のくせに自信だけはあるから」
そのときだった。
「安田くん、タロット占い部のサイトの管理もやってるよね?」
廊下に立っていた東雲が、窓際からこちらを振り返って言った。どこか確信めいた響きがあった。
「404って、たまたま出るエラーじゃない。設定すれば特定の人にだけに表示させることもできる」
「特定の人にだけ……?」
「つまり、安田くんがサイトに『岸田くん専用のエラー』を仕掛けている可能性がある」
「なんでそんなこと……?」
「きっかけは『愚者』のカード。タロットのカードは向きによって意味が正反対になるわ。でも、カードの上下は占われる側から見て判断するのが基本」
東雲は、手帳の切れ端に大まかなタロットの絵を描いて見せた。一人の男性が、切り立った崖に立ち、今にも落ちそうだ。
「でも、占い初心者の安田くんは『自分から見て逆位置』と勘違いした。つまり、岸田くんを『軽率な愚者』だと誤解したのよ」
僕は口をポカーンと開いたまま、理解が追いつかずにいた。
「間違いを指摘されたことで、安田くんは自分の占いが否定されたと感じた。それで――ちょっと意地になって、岸田くんだけサイトを見られないようにした。そんなところじゃない?」
岸田が黙り込んだ。やがて、後ろからのんびりした声が聞こえた。
「図星だよ」
振り向くと、いつの間にか安田がいた。手に持っていたのは、例のタロットカードの束。
「正直、俺も途中で気づいてたんだ。あ、これって『俺から見て逆位置』だったかもって。でもさ、あのとき引くに引けなくて……なんかムキになってた。ごめん、岸田」
岸田は目を丸くしていたが、すぐに鼻を鳴らした。
「謝るなら、サイトも直してくれよな」
「うん、今夜すぐ直すよ。『404』って、ネットのスラングで『無知なやつ』って意味もあるらしいし……。ちょっと皮肉のつもりだった」
ああ、と東雲がうなずいた。
「そういう意味でも、『愚者』と404って、ちょっと似てるわね」
その言葉に、僕は小さく笑ってしまった。
タロットカードの一枚。たった一つの向きの違いが、すれ違いを生み、人を怒らせる。でも、それが正され笑って許せるなら、きっと意味はある。
放課後、僕はノートを開いた。次に書く物語の題材は、もう決まっていた。
「愚者による密かなエラー」――日常に潜む、小さなミステリー。