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第20話 モテ期は突然に?

「なあ、お前ってさ、モテ期って来たことある?」


 朝のホームルーム前、木下が突然そんなことを言い出した。僕は机の上に教科書を広げながら、その質問が唐突すぎて少し戸惑う。


「モテ期? お前、何言ってんだ?」


 木下は目を輝かせ、にこやかに言った。


「俺、今まさにモテ期到来って感じなんだよなぁ」


 その言い方に、僕は思わず視線を向けた。普段はどちらかと言えばクールな木下が、どこか自信満々にニヤニヤしている。妙に浮かれているように見えた。


「……告白でもされたのか?」と僕が少し茶化しながら訊ねると、木下は顔を赤らめながら、少し照れたように「いや、それがさ……」と話し始める。


「とあるカフェに行くと、毎回隣の席に年上のお姉さんが座るんだよ。しかも、かなりの確率でね」


 僕はその話を聞いて、眉をひそめた。何を言っているんだこいつは。そんなことあるわけないだろう。


「それ、ただの偶然だろ? たまたま同じ時間に来てるだけじゃないか?」と僕が返すと、木下はにやりと笑って、鼻で軽く笑った。


「じゃあ、毎回同じ人が隣に来る理由、言えんのか?」


 その言葉に、僕は言い返せなかった。確かに、毎回同じタイミングで同じ席に座るのが偶然だとは思えない。でも、どうしても信じられない。気のせいじゃないか?


 木下はそれに満足げに微笑むと、得意げに鼻歌を口ずさみながら、教室を出て行った。その姿を見送りながら、僕はなんとも言えない気持ちで肩をすくめる。きっと放課後、また同じカフェに行って、あの席に座るんだろう。どんな気持ちで、あの年上のお姉さんと顔を合わせているんだろうな。


 ふと考えていると、その時、東雲が近づいてきた。


「本人がいる前じゃ言えなかったけど、あれって……勘違いかもしれないわよ」


「勘違い?」


 僕は思わず聞き返す。


 東雲は少し考えてから、静かに言った。


「その女性が窓側の隣に座るのは、もしかしたら木下の隣だからじゃなくて、窓側だからなんじゃないかしら?」


 彼女の言葉に僕は驚いた。確かに、木下が座っている席がいつも窓際だ。カフェの窓際は、午後になると光が差し込んで、少し温かい。外の景色も広がっていて、晴れた日には気持ちが良さそうだ。


「最近、春先になったのに寒さが戻ってるでしょ?」東雲は続けた。「あの店は、午後になると窓から日差しが差し込んで温かくなるから、そこに座りたくなる人も多いと思うの」


 確かに、そのカフェの窓際は日差しが差し込んで外の風景も一望できる。おそらく、木下の隣に座る女性も、ただ温かい場所を求めて窓際の席を選んでいるだけかもしれない。


「あと、あの店からは展望タワーが見えるって有名よ」


 東雲は少し顔を上げ、視線を窓の外に向けながら続ける。


「紅茶でも飲みながら、景色を楽しみたい人も多いだろうし。つまり、木下の隣が目当てじゃなくて、窓からの景色を楽しみたくて座ってるだけ、ってこと」


 その言葉に、僕は目を見開いた。なるほど、そう考えれば納得がいく。木下の話を聞いていたときは、すっかり運命的な何かを信じかけていたけれど、こう考えれば全てが理屈で説明できる。


「でも、結局、女性本人に聞かない限り、本当の理由はわからないわね」


東雲は静かに言った。


「まあ、木下が勘違いしてるなら、その方が幸せかもしれないけど」


 その言葉に、僕は少し不思議な感覚を覚えた。確かに、真実を知ってしまうことが必ずしも良いことだとは限らない。勘違いのままでいる方が、木下には幸せかもしれない。現実を知ってしまったら、逆に何も感じなくなるかもしれないし。


「誰かにとっては運命の出会いでも、相手にとってはただの偶然」


 僕はそうつぶやいた。東雲が少し微笑みながら、頷く。


「そのズレが、日常の謎ってやつかもしれないわね」


 僕は、なんだかその言葉が妙に心に響いた。日常には、無意識のうちに隠された小さな謎がたくさんある。それがどこかで解けることもあれば、解けないままでいることもある。でも、それがまた面白いのだ。


 木下が次にカフェで隣に座った女性も、もしかしたら景色を楽しむために座っているだけかもしれない。だけど、木下がそれを知らずにいれば、それもまた幸せなのだろう。


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