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第6話 涙?

 長い黒髪が蛇のように動き、その瞳は獲物を狙う猛禽類のように鋭いです。しかし、纏っている雰囲気は♡模様が出てきそうなほどの朗らかで、まさしく愛する人に向けるものそのもの。


 こんなカオスな佇まいができるのは由良江くらいでしょうね。


「どうやって、イチャラブ空間から脱出したのかは知らないけど、あんたなら何をしたって驚かないわ」


 由良江は楽し気に口角を上げました。


「それよりさっきの一言、あれはプロポーズと受け取っていいのかしら?」


「んなわけないでしょう。お説教をするってことですよ」


 魂の中からメーちゃんの声が聞こえてきます。


『うほぉ、こうして相対すると想像以上に膨大なパワーの持ち主だね。安全地帯から眺めているんじゃなかったらブルっちゃいそう』


『え?マジですか?』


『マジマジ…こりゃぁ力づくで屈服させるのは無理っぽいね。オラ、ガクブルすっぞ』


 その言い方気に入ってんですね…まぁ良いですけれど。


『最初っから力づくなんて考えてませんよ…今考えているのは一つです』


『お?なになに?』


「さーて、あたしの愛をあんたにぶつけるには他にどうすればいいかしらね?とりあえずもう一回イチャラブビームでも喰らわそうかしら?」


 由良江がゆっくりと動き出しました。その様子には強者の余裕がありありと見て取れます。


『三十六計逃げるに如かず』


 そんな由良江に背を向けて僕は全速力でダッシュしました。メーちゃんの力を得たおかげなのか身体能力が飛躍的に向上しており、一歩駆けるたびに亀裂が地面に浮かび上がります。


「戦略的撤退です!!!」


「なっ!!??」


『あはは~~心を正すとか言っといて、逃げの一択なんて、チキンだね』


『今の由良江に何を言っても無駄ですよ。そして今の僕も何を言っても人の心を揺らすことはできません。感情の押し付け合いは水掛け論にしかならないんです。

 お互い頭を冷やす時間が必要なんですよ』


『はいはい。ま、動機はともかく行動は正解だとオラも思うよ。

 でも、そう簡単にはいかなさそう』


 僕がコロッセウムの壁を乗り越えようとしたとき、目の前にあった壁が一気にその高くなっていきました。


「なっ!!??」


「良いじゃない新悟、恋愛は駆け引きが重要だものね。一旦退いて相手を焦らすのも有効な手段よ。

 でも、駆け引きってことはあたしがその手を潰すのもまたあり得るのよ」


 『創造』で壁の大きさを大きくした?それとも『創造』で創った別のスキルを使っている?


『考えたってどうしようもなくない?オラ、ムダムダと思うぞ』


 確かに、結果だけを受け止めるしかありませんね。


 そして、受け止めた上でそれを


「超えます!!」


 足を止めることなく思いっきり踏み込み、高く跳びあがりました。僕の身体は壁を跳び越えます。


「よっし!!!これなら」


『ありがとうございます、メーちゃん。貴女のおかげで逃げ切れそうです』


『お礼を言われるのは悪い気はしないけど、まだ早いと思うな』


『えっ?』


 後は重力に従って着地する、それだけのはずでした。しかし僕の身体は空中でピタリと止まったまま動くことがありません。


「驚いたわ新悟、一体いつからそんなオリンピアン真っ青のフィジカルを手に入れたのよ。

 まぁでも、あたしからすれば意味ないんだけどね」


「なにをしたんですか?」


 動かない…どんなに力を入れても……何故??


「言ったでしょう、この世界はあたしが創造したもの。全てのものはあたしの支配下なのよ」


「で……ですが、今は何もないはず「空気よ」……っ」


 まさか………そんな………


「当たり前すぎて気づかなかったかしら?あたし達が吸っている空気も普通は存在していない物、つまりあたしが創造したものなのよ」


 由良江の身体も宙に浮き、少しずつ僕に近づいてきます。


「ふふふ、ついでに言うと、あたしが創造したものを新悟は既に大量に摂取しているってこと……さて、新悟」


 くっ……身体が……身体が………少しも


「つーかまーえた♡」


 由良江の整いすぎた顔が僕の顔に近づいてきます。


「新悟が捕まった罰、いや、ご褒美は愛しい女神さまからのキスよ。堪能しなさい」


『まったく、しょうがないなぁ』


 瞬間、僕の意識は魂に入っていきました。


 ~~~~~~~~~~~


 気づいたらまたしても魂の中に僕の意識は戻っていました。もっとも、現実世界の僕の身体は拘束されたままなんでしょうけれども。


『絶体絶命だね。オラ、ワクワクすっぞ』


『他人事ですね』


『他人事だもん』


 人の魂に住みついといて何て言い草なんでしょうか。


『でも、オラならこの状況を打破できるよ』


『なっ!?そうなんですか?』


『まぁね。って言うか、女神の力が少しだけ身体能力が上がる程度のものの訳がないでしょ。

 でも、助けられるのは一回限り、次に捕まったらどうしようもないよ。なにせオラより強いんだもんあのヤンデレ女神様。

 そしておそらく、この力を使ったら新悟は今とは比べものにならないくらいの困難に襲われる…それでもする?このまま捕まって由良江ちゃんに身も心も食いつくされる方が幸せかもよ』


 精神世界なのを良いことにメーちゃんはふわりと宙に浮かんで仰向けの体勢で僕と目を合わせてきます。


『どーする?それともそもそもこれ以上オラの力に頼るのは嫌?』


『愚問ですね。ここまで来たら、メーちゃんの力を使うことに抵抗はありませんよ。そしてもう一つ愚問です』


 ギュッと拳を握りしめていました。


『困難上等、我が行くのは苦渋に満ちた道です。由良江を正し、僕と由良江を救うためならどんないばらの道でも進んでやりますよ』


 メーちゃんはフッと優しく微笑みました。


『OK。それじゃいくよ。一秒で覚悟を決めてね』


『もう決めてます』


 ~~~~~~~~~~~


 意識が現実に戻ったと同時に、胸の奥の奥から留めることができないエネルギーの奔流が暴れているのを感じました。まるで僕の全てを使い尽くそうとしているかのような莫大なパワー。


「今度は何よ??」


「由良江…それでは僕はこの辺でお暇します……次会う時こそ貴女を正してみせますよ」


「新悟?いったい何を……」


「うおぉぉぉぉ!!!!」


 止まりません……直感があります……これは………この力は………


「爆発です!!!!!!!!!」


 ドッカーン!!!!!!!!!!!!


「待って、嫌だ!!逃げないで!!!」


 えっ……由良江……泣いてる?


「いかないで新悟!!!!」


 魂の奥底まで響き渡るほどの爆音と、緑色の光があたりを包み込み、僕の意識は再び消えていきました……脳裏に涙をこぼした由良江の顔を鮮烈に焼き付けながら。


 そして僕の身体がここではない、どこか遠くに行きました。


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