重力使い…能力系バトル漫画だったら強キャラにのみ許される能力ですね……間違っても初陣にあたるような存在じゃありません。まして棒人間が相手取るなんて前代未聞でしょう。
「ま、現実なんてもんはいつだって理不尽です。受け入れるとしますか」
腹の底から息を吸い込み、思いっきり吐きます。
「さ、いつでもどうぞ」
「何よ、随分余裕じゃない……貴方もシンラーなの?」
「冗談、あの女からスキルなんて貰いたくもありませんよ」
「ふーん……じゃあただのカッコつけか……だったらさっさと」
指を上に向けた途端に周りにある像やらなんやらが上に浮かび上がりました。
「潰れろ、棒野郎」
彼女の号令と共に質量のある雨霰が僕に襲い掛かってくる……流石にこんな光景は初めて見ましたね。
『どーするの?』
『どーするもこーするもないですよ』
ただ、こんな雨なら傘をさす必要もありません。僕は普通に何も考えずに前に歩いていきます。
彫像が顔の輪郭部分をかすめて砕け散り、掛け軸が風に煽られた紙のように舞い上がる、そのすべてが、僕の周囲をほんの数センチでかすめていき、その中のいくつかは顔の輪郭であるドーナツの穴のような〇の中に入りすり抜けていきました。一発でも当たれば普通の身体ならただでは済まないでしょう。嵐の中を歩いている気分ですね。
ただ僕には当たりません……何故かって?棒人間は当たる面積が異常なほどに狭いからです。本来当たるはずの顔面がないからなのです。
「棒人間を相手に物理攻撃を当てるには精度が全然なってませんね!!粗雑な性格が表れてますよ」
「ちっ……こんなに細っこい相手は初めて……だったら………これならどうだ!!」
彼女は息をすぅっと吸い込んだ後に両の掌を勢いよく開いてこちらに圧力をかけました。その途端、僕の身体が後ろに引っ張られていくような気分になります。
「ぐぐぅぅぅ」
「広範囲に一気に重力を押し付ければどんなに細くても当たるでしょう!!!」
先ほどよりもさらに早く物質たちが後ろにぶっ飛んでいきます。やがて彼女のすぐ目の前にある床板までがはがれて一瞬にして真っすぐ吹き飛んでいきます………が
「雨にも負けず、風にも負けずぅぅ!!!重力にも負けずぅぅ!!!!!」
僕は吹き飛ばされません!!なぜかって?棒人間は軽いんです!何倍かの重力波をこの身に受けようとも……僕の足なら前に前に進んでいけるんですよ!!
僕の歩みは阻むものに屈しない!!棒人間になろうともそれこそが僕の変わらぬ信念です!!!
「くそっ……普通なら骨から肉から何から何まで吹っ飛んでいるのに……この空っぽ野郎が!!」
「軽い方が歩きやすいんですよ。当然のことですよね」
「なるほど、そりゃ当然だ。でもさぁ……棒人間さん、軽いってことは吹っ飛びやすいのも当然だよね!!」
女性は胸元からナイフを取り出し僕に狙いを定めます。そして僕の真正面にナイフを横向きで置くと少しの迷いもなく、鋭く空気を切り裂きながら僕に襲い掛かってくるではありませんか。
『あちゃ~~~こりゃかわせないね……詠史の棒人間ライフもこれまでか……あのナイフで首を裂かれてジエンド。
新悟、また力を貸して上げよっか?こんな滑稽な姿で死にたくないでしょう』
『ご厚情痛み入りますが必要ありませんよ。
メーちゃん、類が最初に音速を超えた瞬間って知ってますか?』
『え?知らないけど』
『ふふ。じゃあ刮目してください。そして感じてください、滑稽な姿の力を!!』
重力が僕を襲ってくる…でも、気合を入れて、根性込めて、そしてこの細っこい身体を存分にしならせて………
「うおぉぉ!!!!」
今なら行ける……行けます!!!
僕の身体は細い棒、僕の腕は関節の一つもない……そんな腕を思いっきりしならせて、そして重力をぶっ壊すほどに勢いよく躍動させれば、それはさながら鞭になる。
バチンッ!!!
僕の目の前まで迫っていたナイフを腕で弾き飛ばしました。ナイフは勢いよく壁に突き刺さります。
「うそっ……今のを弾き飛ばした?」
「鞭の最高速度は音速を超えます…ナイフを飛ばす程度わけありません!!」
「重力に打ち勝った…っての……」
もう少し……もう少しで……彼女に届きます………近くまでいけばこの腕で彼女を制圧できるはず……この不毛で理不尽な戦いを終わらせることが出来る……
「烏乃さんに謝ってもらいますよ」
僕が希望の一歩を踏みしめていると黄土色の髪の女性がにやりと笑いました。
「驚いたよ。ここまでできるなんて………でもお遊びはここまでだよ。
ちょっと恥ずかしいからこれはしたくなかったんだけど……驚かせてくれたお礼に見せてあげる」
彼女は勢いよく服を脱ぎ捨てました。服の下に隠されていたのはさらしを巻いた胸、そしてお腹から足まで覆われているとても何十枚もの硬そうな鱗、そして背中から生えている大きな翼です。
「何ですか……それは??」
「あたしはドラゴンの末裔、名前は
「え?」
「狙いはしっかり定めた……さぁズタズタになれ!!!」
彼女の身体から大量の鱗が離れていきました。それは離れたと同時に重力に従い僕に飛んできます。その様子はさながら大量の手裏剣が飛んできているかのようで……
「マジですか」
僕の身体にないはずの汗腺から氷河のように冷たい汗が流れていきました。
これ……死んじゃいそうですね……棒の身体のままズタズタになるなんて……そんなのそんなの………
アハッ