辰黄さんが去った後僕は大きく息を吐き出しました。
「ふぅぅ……危ない危ない……よく撃退できましたね……僕って思ったより強かったりして…まぁ今はどうでもいいですね。
烏乃さん、もう大丈夫ですよ」
まだ壁に押し付けられたダメージが抜けきっていないのでしょう、烏乃さんは少しよろけながらこちらに近づいてきます。
「駄目ですよ、今は身体を休めてください……どこかに救急箱とかないですか?」
「大丈夫です……ありがとうございました新悟様」
「大したことありませんよ。結局辰黄さんに謝罪も反省もさせることはできませんでしたし」
『でもタツキンったらワンワン泣いてたじゃん、ありゃぁ相当きてたよぉ。きっとプライドボコボコにされたんだろうね』
なんか勝手にあだ名付けてる…
「いえ、私だけではこの巫女の証を奪われていたことでしょう」
手に握られた巫女の証を見つめ胸に押し当てました。
「そんなに大切なんですね」
「由良江様からいただいたものですから……でもやっぱりダメですね、私は出来損ないみたいです」
壁にもたれかかりながら辰黄さんに叩きつけられひびが入ってしまった壁をじぃっと見つめます。
「私は八咫烏のクォーターだというのはお話ししましたよね……しかしお見せした痴態で分かるように私はとても弱いです…その上飛行能力さえもろくに扱えないんですよ。
新悟様、貴方と最初にお会いした時落下していたでしょう……あの時私は飛ぶ練習をしていたんです……でも全然上手く行かなくて………あの時はお身体の上に落下してしまって申し訳ありませんでした」
「そんな昔のことは良いんですよ。それに良いじゃないですか空なんて飛べなくても」
「新悟様……飛べない烏はタダの烏以下なんですよ。まして私は八咫烏なのに……お爺様に見せる顔がありません本当に」
悲壮感に溢れる彼女の姿を見て僕は一つの悟りを得ました。
「そうですか……自分に自信がないから巫女たちの目指す場所『黄昏の寝室』に行くこともなく、この場に留まっていたんですね」
「……はい………私のようなものが向かっても他の巫女にケチらされるか、先ほどのように誰かに倒されるだけですから………」
『なーる、クソ雑魚カラスちゃんだから巣から飛び立つ勇気がなかったわけだ……いやぁ……つまんない奴』
メーちゃんの冷たく心底あきれ果てたような言葉が僕の魂の中で反響しました。
「由良江様に選ばれたのも偶然地球人の血が入っていたから……そんな幸運があったからなんです………もしかしたら辰黄に渡しておけばよかったのかもしれませんね」
…………
「ならどうして貴女は辰黄さんからあんなに必死になって巫女の証を守ったんですか?」
「……それは………」
「それだけ大切だったんでしょう。なのにそんなことを言うものじゃありませんよ」
「しかし……新悟様が来なければ遅かれ早かれ奪われていました……私には巫女の資格なんてないんじゃ」
「僕にとってはその証は正直どうでもいいものですよ……僕が来る前に奪われていたならば僕はそれを奪い返そうとはしなかったでしょう。良いですか、僕は辰黄さんを撃退しただけです。その証を守ったのは烏乃さん自身なんですよ」
「私が……守った?」
「はい」
少しの間があり、烏乃さんが言葉を零しだします。
「………私は…由良江様に憧れています…………あれほど気高く美しく心惹かれたお人を見たのは初めてでした……この証はそんな由良江様から認められた証なんだって……勝手にそんなことを思っていたんです。だから大切で………大事で……それに」
烏乃さんは弱々しく、しかししっかりと僕のことを見て口を動かしました。
「私も女神になってみたいと……分不相応なことにそう思っているんです………でもダメですよね」
「ダメじゃありません。人が人に憧れたり、その人と同じようになりたいと思うことの何がダメなものですか」
「でも私じゃ由良江様のようには「なれます!!」……??」
「貴女が由良江をどれだけ神聖視しているかは分かりませんが、僕の知っている由良江はドが何個も付くほどに性格の悪いクソガキでした!」
「……クソガキ???」
「確かに才気煥発、眉目秀麗、文武両道の世界が生んだ傑作であるのは間違いないでしょう。しかしそんな女であっても最初はタダのクソガキでした……僕もあの女に何度殺されかけたことか……」
「殺されかけた……??」
「でも、そんな女が貴女にとって紛れもない神様になるほど成長したんですよ。
確かに今は空も飛べない烏かもしれません。ただ人は成長できるものです、クソガキが女神さまにまでなったんですから貴女のような素直で自分の弱さに向き合える方ならば必ずもっと凄い成長が出来ます」
そう…あの上っ面だけが良かった由良江が人から心底の憧れを得られるほどに大きくなったのです。
「世界を縦横無尽に飛び回る大きなカラスになれないわけがありませんよ」
「新悟様………由良江様が………クソガキ…………」
烏乃さんはひび割れた壁に手を添えました。
「私も………大きく、強くなれるでしょうか?こんな出来損ないでも、由良江様のように」
「僕を見てください、棒人間ごときがドラゴンの末裔に勝ったんですよ。烏乃さんが由良江程度を越せないわけがないじゃないですか」
「ははは、確かにそう言われたらそうですね。
棒人間の新悟様があれほど頑張ることができたのに、新悟様や由良江様と同じ地球人の血を引いている私が頑張れないわけがないですよね。強くなれないわけがないですよね」
腰に帯びていた刀がゆっくりと抜かれていきました。磨き上げられた漆黒の光が現れます。
「私、頑張ります。この子と一緒に……強く大きく、そして由良江様のように優しく器の大きな女になって見せます」
烏乃さんはとても清々しく笑ってくれました。憑き物が落ちたように美しい笑みです。
「ありがとうございました新悟様!!私、旅に出ます。女神になるための旅に!!」
僕の口角が上がったような気がしました……まぁ口がないので間違いなく気のせいなんですけれどね。
「礼なんて良いですよ。僕もまだまだ道半ばの身なのに偉そうなことを言ってしまいました……そこで烏乃さん一つ提案があるんですけれど良いですか?」
「何でしょうか?」
「僕も貴女と一緒に旅をしてもいいでしょうか?」