烏乃さんが目覚めるのをあてがわれた宿の一室で待っている間、僕は『光輪の巫女さん』と向かい合っていました。
「まずはお礼を言わせてください、烏乃さんを助けていただきありがとうございました」
「良いのですよ。弱きものを守るのは力を授かった者の宿命なのですから……とはいえ、貴方のような騎士様がいるのならわたくしの手助けは不要だったかもしれませんがね」
「いえいえ、そんなことはありません」
「ご謙遜を、棒人間とは思えないほどのエネルギーを感じますわよ……っと、ご挨拶が遅れましたね、わたくしは『光輪の巫女』である、
「僕はボーちゃんです」
「ふふふ、独特な名前ですわね。よろしくお願いいたしますわ………それで、そこの女性は?」
「彼女は烏乃さんです。貴女と同じ「巫女……なんですわねやはり」」
僕の言葉にかぶせるようにそう言ったかと思ったら浅いため息が漏れ出ました。
「失礼ですが、巫女としての実力が全く足りていませんわ……シンラーでもなさそうですし………本当に由良江様に選ばれたのか疑わしくさえあります」
「確かに、まだ烏乃さんは未熟ですがそこまで言わなくても」
『言われてもしゃーないじゃん。天吏ちゃんが瞬殺したエロ漫画のモンスターもどきに無残にも一撃KOされたんだし、この前は辰黄ちゃんに襲撃されて巫女の証を奪われかけたくらい弱っちいんだよ』
魂の内からのメーちゃんの言葉、そして先ほどの天吏さんの言葉に挟まれた僕は上手い言葉が見つかりませんでした。
「申し訳ありませんわ……ただ、少々当てが外れてしまったと思いまして」
「当てとは?」
「ボーちゃん、貴方は巫女のお付きをしているくらいですから5人の巫女の争いについても知っておられるのでしょう」
「はい、5人の巫女が黄昏の寝室を目指し、この世界の神である神楽坂新悟の寵愛を受け、女神になるというあれですよね」
『ボーちゃんの中二ノートの設定が具現化した戦いだよね。いやぁん、ボーちゃんったら美人な巫女さんたちに妻の座を争わせるなんて欲張りさーん』
五月蠅いです。
「それでは、その争いが少々複雑化していることはご存じですか?」
「複雑化?どういうことですか?」
「5人の巫女の中の一人、『白蛇の巫女』が本来巫女を含め限られたものしか知らないこの争いの話を何人もの人間に教えているんですの」
白蛇の巫女………やはり僕が設定した巫女の一人です……それも確か白蛇の巫女は5人の巫女の中で最も狡猾だという設定にしていたような……
「どういうことですか?」
「わたくし達は何か特別な儀式や訓練の末に巫女になったわけではなく、この巫女の証の持ち主だからこそ巫女の肩書を持っているんですのよ。つまり、これを奪うことが出来れば巫女に取って代われるというわけですわ」
『実際この前辰黄ちゃんがそれやろうとしてたね』
なるほど、限られたものしか知らない巫女の使命や神になれると言うことをどうして辰黄さんが知っていたのか不思議でしたがそういうわけだったんですね。
「実は烏乃さんも一度巫女の証を狙われています……」
「なら話は早いですわ。白蛇の巫女は巫女の証狩りを行わせている……そしてその目的は恐らく巫女を自分の息がかかったものにすることでしょう」
……そう言うことですか。
僕はカップを指がない手でもち、いつも通りお茶を喉に流そうとしました。ただ、今の自分には流す喉がないことに気づき、ゆっくりとカップを元の場所に戻します。
「白蛇の巫女さんは自分がより確実に女神になるために、敵対勢力を今の内から潰している……女神になるための戦いは始まっているってことですね」
「察しが良い方で助かりますわ。
ただわたくしは由良江様から巫女の証をいただいた者たちこそ最も女神の座を争うのに相応しい者たちであると考えていますの……だから巫女の証を強奪しようとしている白蛇の巫女のやり方には反対なんですわ」
天吏さんはいたって普通にカップを持ち、流麗な動作で呑み込みました………こんな当たり前のことが羨ましいと思えるとは……
「だから白蛇の巫女以外の巫女たちで同盟を結び、対抗しようと考えていたのです。近くに巫女の気配を感じここまで来たのですが……誠に言いにくいことに烏乃さんは」
すると後ろの方で気配が動きました。
「う……うう……」
「烏乃さん、気づいたんですね」
烏乃さんはゆっくりと立ち上がり、天吏さんの下によろよろと歩いていきます。
「まだ動かない方が良いですよ」
「心配してもらってありがとう……ただ、ハッキリとしておかないといけないことだろう」
天吏さんをしっかりと見据え烏乃さんは弱々しく口を動かします。
「私じゃ戦力にならない……それどころか足手まといだと判断したと言うことか?」
「はい」
「……くそっ」
悲痛な涙が烏乃さんの双眸からポロリと零れていきました。しかし、それを手の甲で受け止め力強く口を動かします。
「だったら強くなる!!白蛇の巫女も、その一派もはねのけ、由良江様に選んでいただいた黒烏の巫女の名に恥じない巫女になって見せる!!」
「その意気は買いますわ。ただ現実的に考えて貴女はあまりにも弱い……わたくしはその人のエネルギーが見えますの……ハッキリ言って貴女がわたくしたちの領域に入るのはまだかなりの時間が必要に「私は!!」」
大きな声で遮り立てかけていた愛刀夜鳴を握り締めました。
「新悟様に誓ったのだ、世界をまたにかける大きなカラスになると……由良江様のような強い女神になると!!今は確かに弱いかもしれないが……しかし、必ず貴方達の領域に入って見せる!!」
………烏乃さん………
『ほぉぉ~~~威勢がいいねぇ……まぁ啖呵切るだけなら誰だってできるけど』
天吏さんはそんな烏乃さんに向けて少し口角を上げました。
「………なるほど覚悟はしっかりと出来ていると」
「もちろんだ」
「…これも由良江様のお導きかもしれませんわね。ついてきてください、烏乃さんにピッタリの場所が近くにありますわ」
「ピッタリの場所?」
すると天吏さんは穏やかに微笑みました。
「由良江様が創造した特訓場(新悟に相応しい強い女になる場所)へご案内いたしますわ」