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第6話:放課後の時間の使い方とアルノとリーフさん

「久しぶりだね。元気だった?」


 隣の席のアルノがテレ笑顔で聞いてきた。「従来世界」の俺はずっと全身麻痺で完全寝たきりだったけどな。


 これは読者以外には言うことができないブラックジョーク。


「アビリティ世界」の俺はどうだったのだろうか。


「まあまあ……かな」


 一度社会に出た俺からしたら、イエスでもノーでも無い返事なんて余裕だぜ。言ってみれば、周囲は全員年下なのだから。


 それでも、周囲が全員15歳、16歳なのだから、俺がそこでマウント取ってしまったら、その輪から弾き出されてしまう。


 みんなからしたら、新しく入学してきた学校であり、関連の中学から編入してきて高校に上がった初日だ。


 当たり前に緊張するだろう。エスカレーター組は知ってる顔もあるだろうし、俺みたいに編入してきたやつは余計にドキドキだろう。


 そんな中、俺の場合はレベルが違う。少し前まで病院のベッドで寝たきりだったのだから。


 初日は入学式とクラス分け、簡単なオリエンテーリングだけだった。色々は明日からってことだった。俺は帰ろうと思っていたところだった。


「なあ! みんな! 新しい仲間で交流の意味も含めてみんなで歓迎会やろうぜ!」


 クラスの一人が言った。さっきの本田だったか。どこのリア充だよ。「歓迎会」って新入生のお前は歓迎されるほうだろ。


 このくらいの年齢のやつはノリで行動してるからな。言葉の意味とかも怪しいし、そんなのは全部社会に出てから直されるんだ。


 そうだった……。ここは高校で、彼らは高校生だった。このくらいが普通か。


 それでも、俺は無意識に自分は参加するもんじゃないとスルーした。


 クラスメイト達はかなりの数が参加するようだった。


 リア充はこの時点で既にリア充たる素養を発揮していた。暗黒の高校時代を送った俺からしたら水と油。お互いに混ざることがない。


 良いクラスになるのだろうけど、俺は場違いさを感じていた。さすがに元のクラスは嫌だけど、別のそこそこのクラスの方が良かったと思っていた。


 あまりに眩しくて、強い光があると、そこに浮かぶ影はより一層濃くなってしまう。自分の心の闇の部分は誰にも見せずに、その存在も気づかれたくなかった。


 自分が惨めだと思うのはまだ耐えられる。でも、周囲から惨めだと思われるのは耐えられない。いじめにあっていた人間だけが分かる事柄じゃないだろうか。


 さてと、と俺はカバンに筆箱やメモに使っていたノートをしまい、立ち上がろうとした。


「なあ、雄大! カラオケとファミレスで意見が割れてるんだけど、リーダーとしてはどっちが良かった?」


 力強く肩にガッチリ腕を回されて聞かれた。本田だ。


 顔が近いよ! それに、リーダーだと!? 褒め殺しかよ。若いのに高等テクニックを使ってくる。さすがリア充代表。


「俺はカラオケだと思うんだよ! みんなで歌ったほうが早く仲良くなれるだろ! なあ! 雄大!」


 こっちは鈴木か! こっちも下の名前呼び! この世界ではこれが当たり前なのか!?


「私はファミレスで良いと思うけど……。春限定いちごフェアやってたし!」


 ひょっこり出てきた幼馴染、アルノさんも一緒に行くだったーーー!


 あれ? なに? クラスメイト達がみんな俺達の方を見てる。いや、俺を見てるのか!?


「あーーー……、俺も行きたいとは思うんだけどさぁ……」


 とっさに断る言葉を思いつかなかった。


「あ! そうか!」


 急に本田が叫んだ。


「なんだよ、本田。声でけーよ!」


 鈴木が耳に人差し指を突っ込みながら言った。


「ほら、首席ちゃん! 保健室で一人だろ! 雄大は彼女も一緒の日が良いんじゃねって言ってるんだろ! そうだろ!?」


 盛大な勘違いだよ! でも、それに乗っかればうまく断れる!


「そうなんだよ。ちょっと気になってて……。今日はちょっとだけ声かけて、明日以降ってことで……」

「なるほどな! 今日みんなで声かけとかないと、首席ちゃん気まずいかもだしな!」


 鈴木も盛大に勘違いしたーーー!


「私も首席ちゃんに挨拶したいーーー」


 アルノ、お前はなんでもいいんだろ。あんなに行きたがってたいちごフェアはどうした!


 俺達は帰り支度をして、みんなで保健室に向かった。


 ○●○


「雄大、よく保健室の場所とか知ってたな」


 鋭いな、本田。


「エレベーターのやつでも高校と中学じゃ校舎も違うし」


 こっちも鋭いな、鈴木。あと、エレベーターじゃなくて、エスカレーターな。エレベーターだったら、垂直に上がっちゃってるから!


 鈴木? 幼馴染のアルノも鈴木。同じ鈴木……ってことはないよな!?


「まあ、ちょっとね」


 色々説明できるわけがない。なにしろ俺自身分かってないのだから。


「おっと、着いたぞ」

「あー、ちょっと雄大、中の先生に話しつけて来てくれよ」


 本田が急に日和った。確かに、大人との交渉ごとって学生時代は苦手だったかも……。


 俺もそういうのはちょっと……」


 鈴木も日和った? なんで? こいつもか!?


「まあ……いいけど……。ちょっと待っててな」


 ○●○


「すいません、クラスメイトが帰りにちょっとだけ顔を出したいって言ってるんですけど……」


 俺は保健室に入って、保険医の川崎先生と話している。


「なんで? いじめ!? いじめなの!?」


 リリナちゃん涙目。いや、川崎先生な。


「俺達、今日会ったばっかりですよ? いじめとかさすがにないでしょ」

「よねーーー」


 川崎先生はホッとした表情だった。


「彼女は入学式で倒れてしまったので、クラスメイトの顔を見てないです。明日から登校するのにバツが悪くないように……」

「まあ! まあまあまあ! 優しいのね、きみ!」


 いや、鈴木が言ったことの受け売りだけどね。


「あと、女の子だから本人の了承も必要かと……」

「あら! ほんと! そうだわ!」


 気づかなかったんかーい。保険医ーーー! カウンセリングのカリキュラムも受けてるんでしょ!?


「ちょっと待ってね! 待っててね!」


 川崎先生はカーテンとカーテンの間に顔を突っ込んでベッド周辺が見えないようにしつつも中に顔を入れ、中にいるであろうリーフさんに聞いてるみたい。


 シャッとカーテンを開けて川崎先生がこっちを向いて言った。


「リーフちゃん大丈夫だって」


 リーフさんはベッドの上でちゃんと制服を着ていた。襟とかスカートとか緩めてることも考えてた。


「みんな、ちょっとだけな」


 俺も保健室のドアを開けてみんなに声をかけた。


「俺達、同じクラスになったA組だから。また明日からよろしく」


 できるだけやわらかい笑顔で言った。


「私、アルノー。明日から仲良くしようねー」


 アルノが小さく手を降って笑顔で言ってた。なぜ、俺の後ろに隠れて顔だけ出すみたいにして言う!?


「明日なら教室来れるんだろ? 待ってるから」


 本田、不器用さがかっこいいぜ。高倉健のシャイさと渡辺謙の優しさを兼ね備えた男。


 その後も2〜3人ずつ入口から顔を出したり、一歩、二歩だけ保健室に入って言葉をかけていくクラスメイト達。


 女子は中に入って握手していく人もいた。


 あ、「女子」って久々に使ったわーーー! 20年ぶり? 30年ぶり!? 人はその場にいるとそこでその場に合った言葉を使うもんだな。


 とりあえず、色々を片付けて俺は帰ることにした。


「帰ろっか」


 普通にアルノが言った。当たり前みたいに言った。いやいやいやいや、ついさっきまでその存在すらも覚えていなかったやつだそ!?


 そんなことを考えつつも、俺は記憶の中の自分の家に帰るのだった。当然隣には幼馴染のアルノが一緒だった。


 そして、俺としてはいつまでたっても覚めない夢だと、いい加減気づいてしまった。多分、約30年前に戻ったみたいな……。言ってみればタイムリープ的な。


 俺は「作者」が流行りものに迂闊に手を出したという陰謀論を考えつつ、家路についた。俺の記憶している自宅へ……。


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