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第7話:ヤマトリーフの気持ち

 風船って、膨らませるとどのタイミングで破裂する。でも、そのタイミングは私には分からない。


 緊張で私の心もかなりパンパンだった。これがいつどうなるかも分からなかった。


 私には今日の今日まで色々なことがあった。言い始めたらキリがない。


 名前も普通じゃない。漢字で言うなら「日本」と書いて「やまと」って読む。日本で150人ほどしかいない珍しい名前だと聞いた。


 名前は「リーフ」、これも特別な名前らしい。



 日本リーフ



 字面からは名前って思えないってコンプレックスも持っている。


 多分、この名前の150人のほとんどが親戚だ。


 私の家は、その中でも親戚一同が「本家」って呼ぶところ。生まれたときから特別な家だって思っていた。


 思えば私も昔から普通の家だとは思っていなかった。家は友達の家と比較しても大きかった。大きいとか比較するのもおかしいくらい違った。友達の家が「家」なら、うちは「会館」とか言った方が理解しやすかった。


 だって、友達は家に毎日両親がいるとか、わけのわからないことを言っていたから。両親というのはたまにだけ会える人のことで、お父様とお母様は同時に会うこととかできない人たちのこと。


 そして、その人達の言葉は私にとって「絶対」の言葉。


 そんなお父様が高校の進級のときに学校に来られるとのこと。私は入学式の挨拶を頼まれていたんだった。そこで失敗なんてしようものなら私は死ぬしかない。


 私はありとあらゆる入学式の挨拶の情報を入手した。


 〇●〇


 この日は朝から絶不調だった。昨日は寝つきが悪かったし、何時間もベッドの上をごろごろしていた。


 今日は朝まで寝られないと思っていたけど、目覚ましの音で飛び起きた。いつの間にか寝てたみたい。


 机の上には昨日完成した「入学生挨拶」の原稿があった。私はその原稿だけは絶対に忘れないと思い、しっかりと握った。


 そして、気付けば入学式になっていた。


 ステージに上がる。右手と右足が同時に出ないように。歩き方ってこれで合ってたっけ?


 教卓には校長先生が立っている。私は教卓を挟んで校長先生の正面に立った。後ろには新入生が312人いる。父兄の方も合わせたら500人以上かも。つまり、1000個以上の目が私を見てる。


 背中汗かいてないかな。スカートのお尻のところに汗染みとかできてないよね!? シャツの裾が出てたりしないよね? 確認のために触りたいけど、そんなことをしたら「あ、シャツが出てないか確認してる」とか思われるかも。


 もう色々頭がおかしくなってきた。


 校長先生が何か言ってるーーー。全然頭に入ってこない。


 はっ! その校長先生がこっちを見てる! わたっ、私の番だ!


「謝辞! 1年A組ヤマトリーフ」


 できるだけ背筋を伸ばして言った。どうやらこのタイミングでよかったらしい。


 カンペも持ってる。なんなら、内容は完全に暗記している。淀みなく読み上げることもできるはず。


 後はマシーンになろう。挨拶の文を読み上げるマシーン。そうだ、私は「挨拶文読み上げマシーン」だ!


「私達、新入生312人はこの新しい学び舎で、勉強や新しい生活を始めることに心を踊らせています。また、先輩方の……」


 カンペの紙は両手で持っている。その内容は目には映っているけど、内容が全く入ってきていない。


 字を追うとかえっておかしくなる。もう、暗記したことを読み上げる方がいい。


 この時点で私は更にもう一段階焦っていたと思う。


「ときには迷うことも……ことも……あると……」


 あ、目の前が暗くなってきた。え? なにこれ? でも、大丈夫。膝を曲げなければ倒れないから。


 早く続きを読み上げないと……。


(カクン)いきなり膝が折れたーーー!


 あ、身体が倒れていく……。もうダメ……。でも、身体が動かない……。


 あ、これ痛いやつだ。


(ふさぁ)あれ? 痛くない? もう痛くないのかな?


「ときには迷うこともあると思いますが、そのときは先生方、先輩方に道を指し示していただけたらと思います。これにて入学生挨拶とさせていただきます」


 あれ? 誰かが続きを言ってくれた……。ホントはもっと長いんだけど……私はもう言えないから……。


 ありがとう……ございます……。


 ○●○


 私はいつ意識を失ったんだろう?


 気づけばベッドに寝かされていた。ここどこ? 何があったのか聞くのが怖い。


 そして、ここが保健室で私は入学式の最中に倒れたのだと聞いた。


 なんでも倒れそうな私を支えた上に保健室まで抱きかかえて来てくれた生徒がいる、と。


 あーーー、なんとなく記憶がある……かも。顔は……覚えてない。でも、においが……いいにおい。好きなにおいがした。


 でも、初日からこんな大事件をやらかして……。


 これでもう誰も私に話しかけてくれない。また3年間一人だ……。もしかしたら、いじめとか始まるかも……。


 終わった……。色んなことがあって、ベッドから起き上がれない。人生が終わった……。


 そんなことを考えていたら、保健室に一人の男子が入ってきたみたい。


(シャッ)「わっ! びっくりした!」


 突然、カーテンの隙間から保険医の先生の顔が現れた。一瞬、声の男子に覗かれたのかと思った。


「イケメンくんが挨拶だけしたいって来てるよ。なんかクラスの子達も連れてきてくれたみたい」


 保険医の先生の話に言葉を失った。


 早速いじめの始まりか……、もしかしたら、私の心配ごとが解決されるのか……。


 どっちにしても、ここで逃げるわけにはいかなかった。


「お、お願いします」

「りょーかいっ♪」


 普通は私の予想は悪いほうが当たる。良いほうが当たったらいいなっていつも思う。だけど、当たるのはいつも悪いほうの予想ばかり。



「俺達、同じクラスになったA組だから。また明日からよろしく」



 今日もそうだと思ってた……。でも、その男子の……クラスメイト達の言葉を聞いたら……。目の前の暗闇が一気に霧散したのを感じた。


 ベッドの上で陰陰滅滅としていた私の黒いモヤみたいなものを一気に吹き飛ばす突風みたいだった。いや、もっと爽やかな春一番みたいな風だった。そして、あたたかい気持ちが溢れてきて……。


 言葉が出なかった。


 私は感情を表に出すのが苦手だ。ずっとそれが求められてきたから。みんなみたいに笑ったり、怒ったり……。今も涙は出ない。気持ちは心いっぱいに溢れているのに……。


 みんな色々言ってくれているのに、私は一言も返してないし、多分無表情だと思う。ぶっきらぼうな女って思われてないかな。


 でも、少なくとも、私の考える最悪の状況じゃなくなったみたい。あの男子のお陰……。


 本当にありがとう……。


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