(ガシャーーーーーン!)俺達のテーブルの隣でテーブルが倒された。
「てめーが野球部の部費を削ったんだろ! こんな額じゃ遠征もできねーだろ!」
一人の生徒が大声をあげていた。一方、怒鳴られている生徒の方は倒れてしまったテーブルのことなど気にせず、そのまま椅子に座っている。どうやら、ケンカのようだった。
「それは昨年までの実績を元に生徒会が算出した結果です。僕一人の判断ではありません」
大声の生徒に全く臆することのないもう一人。しかし、その身体は明らかに大声の生徒の方が大きく、あだ名をつけるとしたら「暴れ熊」という感じ。怒鳴られ生徒の方は細身でメガネ姿。こっちもあだ名をつけるとしたら「インテリ」というところだろうか。
暴れ熊が首に手を当てた。フロッピーディスクくらいのデバイスを持っていた。あれがアビリティ・デバイスか!? 暴れ熊はその後インテリに襲い掛かった。
「お前なんか頭いいだけだろ。実際は力が強いやつが強いんだよ! 力こそパワー! 俺のアビリティは『突撃』だっ!!」
暴れ熊は座っているインテリに掴みかかろうとした。危ないと思い、つい俺が立ち上がろうとしたら、インテリは暴れ熊の膝に足の裏を当てた。
それにより、暴れ熊は思った動きができず躓き転げた。さっきまで涼しい顔で座っていたインテリはすっと立ち上がり、倒れて来る暴れ熊の身体を避けた。
(ドシャーーーーーン)「僕は頭が良いんじゃなくて、見たものすべてが記憶できるだけです」
インテリはメガネの鼻の部分を人差し指と中指でクイっと直した。その上でうなじあたりからデバイスを取り出した。あれが彼のアビリティ・デバイス……。CDより小さいくらい円盤……MDサイズか。
「あれ、生徒会長の光岡大蛇さんだろ?」
横にいた鈴木が言った。
「知ってるのか?」
「ああ、アビリティは『完全記憶』。でも、ただ覚えるだけじゃなくてその記憶を活用できるらしい」
俺達の声に気づいたのか、インテリがこちらを向いた。
「その通り、僕は光岡大蛇。ちなみに、今のは格闘技の指南書を記憶していたので活用したものだ」
そんなアビリティまであるのか。
「すまない、みんな。僕はこのバカを生徒会室に連行する。片付けは生徒会役員をよこすから、食事に戻ってください」
生徒会長は最短でその場を制圧してしまった。あれは役者が違ったな。
俺は結局座ったままだった。しかし、手にはmicroSDくらいのチップが2つあることに気がついた。
一つは「突撃」、もう一つは「完全記憶」だ。さっきの彼らのアビリティを盗んだのか!? いや、違う。彼らとはデバイス形状が違う。
しかも、microSDは2000年前後ならまだこの世に存在していない。たしか、SDカードがやっと出たくらいだ。
どうやら、俺のアビリティは「コピー」らしい。他人のアビリティをコピーできる。発動条件は「本人からアビリティについて聞くこと」かな。
これはとんでもない能力だ。俺はアビリティ・デバイスを静かにポケットに仕舞った。
「びっくりしたなぁ!」
本田が驚いていた。たしかに! 食堂利用初日からびっくりである。
「幸い、定食は無事だ。お前らの弁当は問題ないか?」
意外にも気を使ってくれているのか!? 俺は弁当の包みを開いた。
「あ、やっぱり! そっちにフォークが2つになってた!」
横でアルノが騒ぎ出した。たしかにフォークは2つあるが。
「朝、入れ間違えたみたい。私の方にスプーンが2つ入ってたよ」
アルノが俺のフォークとスプーンを1個入れ替えた。
「ちょっ、待てよ! 雄大、その弁当まさか……」
しまった。いきなりバレた。この弁当は今朝アルノが作ってくれたものだ。
「S級美少女に弁当作ってもらえるとか、雄大勝組だな!」
2000年前後に「S級」って表現があっただろうか。スマホゲームから始まったと思っていたけど、思い起こせばマンガにも出てきた。
この世界観は「作者」的には面倒くさいんじゃないのかよ!
「ほら、よく見たら弁当のおかずが一緒だ! くーっ! 羨ましいぜ! 俺の弁当も作ってくれよ! アルノちゃん!」
「ブー、ダメー。雄大は幼馴染特権だから」
いつから幼馴染は特権階級になったというのか。
テレくさすぎて俺からは言葉がでない。
実は、昨日の夜に携帯にメールが来たのだ。ちなみに、スマホはまだない。ガラケーに近い端末をみんな持っているようだ。
俺の記憶では赤外線通信ができるようになったとか、写真を撮ってメールに添付する「写メール」ができるようになったころか。
なんとか別のことを考えて、真っ赤になったであろう俺の顔の色を戻そうと試みた。
「くーーーっ、アルノちゃんの弁当! 羨ましいぜーーー!」
本田がめちゃくちゃ見てくる。いや、食べにくいから!
「ふふふふふ、私のアビリティは『料理』だから! レシピを見たら再現度高くその料理を作ることができるの。だから、味と見た目は保証するよ!」
すごい自信だ。
「うまい!」
それでも食べてみたら確かに美味い!
「でしょー? かわいい幼馴染を褒めてもいいよん」
「アルノが幼馴染で嬉しいよ」
「えへ、そう? ほんとにそう思ってる?」
「ああ、ほんとに」
「えへ、ほんと? えへへ」
アルノが真っ赤になってしまった。テレまくってくねくねしてる。
「鈴木、俺達は何を見せられているんだ」
「本田、俺は定食を前になぜか目から汁が……」
ふと、俺の手には新しいデバイスがあった。アルノの「料理」か。
「ところで、本田と鈴木のアビリティってなんだ?」
「俺は『スピード』。普通の1.5倍の速さで動けるぜ。バスケにはかなり役に立つぜ」
1.5倍の速さで動けるってのはかなりすごいな。100メートル走ったら何秒になるか試したい。俺は「スピード」のデバイスもポケットに仕舞った。
「俺は『ダッシュ』。動き始めが速い。バスケはほとんどが短い動きの連続だから、ボールのカットとかキャッチからドリブルとかオールマイティに役に立つ」
「それはすごいな」
さすがアビリティ学園なのか、すごいアビリティ持ちがごろごろいるみたいだ。
「雄大、お前は?」
「あぁ、聞いといてなんだけど、俺のアビリティはまだよく分かってないんだ。アビリティがあることだけは分かってるんだけど……」
「そうなのか。珍しいな。アビリティは目覚めたらその瞬間に、なんか分かるってか」
そうなのか。確かに俺の場合は手の中にデバイスが現れるから、それを手に入れたことは分かった。
「まあ、能力試験のときとか分かるかもね」
鈴木が言うように、俺の知ってる「従来世界」とはその辺りが違うようだ。身体測定や健康診断みたいに「アビリティ能力測定」があるのだとか。
それでもこの食堂でいくつかのことが分かった。生徒会長、光岡さんのアビリティは「完全記憶」。名前は分からないけど、野球部らしい暴れ熊は「突撃」。
そして、俺は本人からアビリティについて聞くとその能力をコピーできるらしい。そうなると、その能力がどの程度コピーできたか知りたくなるな。本人が100として、コピー能力がそこまでいくのか。
そもそも、他人のアビリティをコピーしたものが使えるのかもある。
本人以上に高められるのか……。俺は放課後に試すことにした。