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第11話:アビリティ実験と白衣の少女

 放課後、俺は一人で体育館に来た。入学した直後ってこともあるのか、上級生も部活で使ってはいないようだった。


「好都合だな」


 俺が見た限り首の後ろにあるデバイス・リーダーにアビリティ・デバイスをインストールすることで各人の能力を数倍に引き上げるんだ。


「そして、俺のアビリティは他人のアビリティのコピー……」


 まずは、「スピード」くらいから始めてみるか。


 体育館内に100メートル走用のラインが引いてある。俺はスタート地点に立った。


 特に準備はしていないので俺は制服のままだ。その上、両手を地面につけた状態でスタートする姿勢

 クラウチングスタートではなく、立ったままのスタンディングスタートの構えをした。


 手にはストップウォッチを持っている。


「よーい……」


 俺はスタートのポーズをとった。


「ドン!」


 自分の掛け声と同時に走り出した。


「ゴール!」


 俺はゴールと同時にストップウォッチのストップボタンを押した。


「13秒2……」


 事前に調べていた高校1年生の100メートル走の平均タイムは12秒前後。そして、最高タイムは10秒26だったか。


「まあまあだな」


 俺はどっちかって言うと、走るのは苦手だ。特に速くもない。


 ゴール地点からくるりと振り返り、スタート地点を見た。ゴールからスタートに向かっても100メートルだ。


 手には「スピード」のアビリティを持っている。それをうなじに近づける。


「アビリティ……インストール」


 別に掛け声は要らないけれど、俺の持っていたアビリティ・デバイスは首に吸い込まれた。


「よーい……ドン!」


 再び自分の掛け声と共にスタートした。


「ゴール」


 さっきとは全然違った。体感が全然違う。身体が軽かった。羽根のようだった。


「3秒12……」


 さっきの最高速度はノーアビリティの人のタイム。確か、世界最速は2秒台らしい。この世界は俺のいた「従来世界」とは全然違う。100メートル2秒とか、時速にしたら180キロ……。確か、普通の新幹線の最高時速が260キロから285キロだったはず。令和では。


 その速さはめちゃくちゃだ。正直、ちゃんと止まれるか自信が無かったので手加減もしていた。まだまだいける気はしてる。


「アビリティ……インストール」


 次は、「ダッシュ」のアビリティ・デバイスをインストールした。


「ダッシュ!」


 今度は体育館を端から端までZの字に何度も往復した。体育館の壁までダッシュして、ギリギリで急停止、くるりと反転して反対側の壁まで再度ダッシュ。


 驚いたことに全然疲れてない。身体はすごく軽かった。


 寝たきりになる前の俺でも階段を上ったら膝が痛くなったりしてたし、これだけ走れば息切れも不可避だった。それどころか、酸欠気味になって二酸化炭素のニオイがしてた。伝わる? 酸欠まで走ったり、泳いだりしたら独特のニオイがすること。


 まあ、走ればそれなりに汗はかく。カバンからタオルを取り出した時だった。


(パチパチパチパチ)どこからか拍手の音が聞こえてきた。しまった。俺の「実験」が見られている。


「誰だ!?」


 俺は体育館の中を見渡した。


「ごめん、ごめん。すごいじゃないか、きみ。興味がわいたぞ」


 2階の通路……確か、猫走りとかって言ったな。そこから一人の少女が姿を現した。


「ちょっと待て」


 そう言うと少女は姿を消した。どうやら2階から降りて来るみたいだ。その少女は少し奇妙だった。制服を着ていたので生徒には違いが無いのだろうが、その上に白衣をまとっていたのだ。


「……」

「……」

「……」


 しばらく待つが、中々降りてこない。


「遅いなぁ!」

「す、すまない……ぜー、ぜー」


 体育館のステージに姿を現したその少女は虫の息だった。恐らく、体力が無いのだろう。階段を全力疾走してきたのかもしれない。


「普段、運動を……しない……ので……」


 本当に虫の息じゃないか。


「分かったから、とりあえず落ち着け」


 目の前にやっと問題の少女が現れたが、這いつくばってぜーぜー言ってる。しかし、害はなさそうだ。


「ふっ、きみは新入生だな?」


 ぜーぜー白衣少女は急にすっくと立ち上がりキメ顔で言った。ジョジョ立ちだし。


「そうですけど……」


 俺はヤバい場面を見られている。何を言い出すのか警戒心マックスだった。


「そのスロットが見えないデバイス・リーダーも気になるし、アビリティ・デバイスの小ささも気になる! この世にまだ存在しないサイズじゃないか!? しかも、デバイスを2個同時使用したようにも見えた! 複数アビリティを使える人間なんて初めて見たぞ! きみ、私の実験台……もとい、モルモット……もとい、私とアビリティ・デバイスの最高の形を目指してみないか!?」


 急にその少女が俺の首筋に飛びついて、饒舌に早口でまくし立てた。


 想像以上にヤバい人に見られてしまったと思い、その人を引き剥がし放り投げた。


(ドザーーー)なんの抵抗もなく少女は床に転げ滑った。


「私のアビリティは『研究』。体力的、肉体的にはきみには遠く及ばない。しかし、分析力と開発力はきみには負けないだろう。私と協力体制を組まないか?」


 手のひらに新しいデバイスの存在を感じていた。恐らく、この少女の「研究」のアビリティ・デバイスだろう。


 その能力が手に入った以上、いよいよ彼女と手を組むメリットは俺にはない。


「悪いですけど……」

「待て! もしかしたら、きみは相当な能力持ちかもしれないが、分析力は経験値。私の考察力は必ず役に立つ! 客観的な評価を必要としてるんじゃないのかい!?」


 中々良いところをついてくる。さっきの100メートル走だってストップウォッチ係がいたほうがより正確だっただろう。


「しかしなあ……」

「待て! 私が提供できるものなら何でも差し出そう! 私の身体なら自由にしていい! 思春期の男子ならパトスがオーバードーズしているだろう! 全部受け止める!」 


 あーーー、益々ヤバい人だった。


「よし、カシオ計算機ポケコンPB-100だってプレゼントしよう!」

「うっ……」


 ポケコンは1982年に発売されたポケットに入る……かどうかは微妙なサイズだけど、とにかく小さいコンピュータの先駆けだ。


 俺の時代ではもう手に入らなかったんだ。……ほしい。すごく欲しいわけじゃないけど、ちょっとほしい。


「それに、100メートル走みたいに単純動作ならまだ問題ないが、バスケやバレーボールみたいに速いだけでは成り立たない動きはどうするつもりかな?」

「う……」


 俺自身運動がほとんどできないから考えてなかった。確かにドリブルとかほとんどやったことがない。バレーに至ってはルールすら知らない。


 単純に「走る」みたいな動きなら「ダッシュ」とかのアビリティで実現できる。でも、「バスケ」だとドリブル、パス、シュートなど動きは複雑化する。周囲との連携も必要そうだ。


 そもそも、アビリティがあればそれで最上ではないからこのアビリティ第一学園があるんだ。アビリティと個人の能力を組み合わせてその人の実力か。


 そういう意味ではこの人を引き入れるのは悪くない。たくさんの人に現状を知られるのは得策じゃない。バレてしまったこの人までにするのだ。


「じょ、条件があります……」

「なんだ? 言ってみろ。胸か? そんなに無いけれど、揉むことくらいはできるぞ? 見るか? 見てから決めるか?」


 少女が制服のブラウスに手をかけた。


「脱がなくていいですから!」


 俺はその手を急いで止めた。


「なんだ、着たままがいいのか。マニアックだな。でも、大丈夫だ。受け入れるから」

「そうでなくて!」


 この人は変態暴走機関車か!?


「俺の能力のことは絶対に秘密です」

「それはもちろんだ。今見ただけでも、世の中に出たら全部がひっくり返ってもおかしくない事象だ」


 うーん……、目を見たら本当のことを言っているみたいだ。信じていいのか……。


「じゃあ、私の全裸写真でも撮っておくか? 万が一私がしゃべったら、それを校内にばら撒けば……」

「いいですから! 全裸は!」


 またブラウスに手をかけようとしていたので慌てて止めた。


「先に写ルンですを買ってくるか?」


 商品名「写ルンです」は使い捨てカメラだ。この頃にはデジカメとか皆無だったしなぁ。


「だから、写真は大丈夫ですって」

「なんだ、すぐに見るのか。いや、触るのか?」


 目の前の少女が俺の手を掴んで自分の胸に当てようとしている。10代だった俺だったら慌てまくっている事象だろう。40代だった俺からしたら、別の意味で慌てている。結局、慌てているじゃないか!


「分かった! ポケコンで手を打ちます。その代わり、絶対に秘密で!」

「分かった!」


 なんとかワチャワチャのうちに押し切られてしまった。普通の物語だったら、こんな秘密は物語の後半まで誰にもバレないものなのに……。まったく……。


「私は大発(おおはつ)ミラ。2年生だ」


 やっとまともに自己紹介のくたりになるらしい。


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